第2話 あり得ない
和食の美味しいお店でご飯を食べつつ、理人がここにいる経緯を聞いていた。
彼は、所謂『転生』をしたらしい。
確かに、最終話で、不慮の事故により亡くなった。そこで、私の生きるこの世界に、新たな生を享けたのだと。
「あと、俺は、向こうの世界にいた時から、お前のことを知ってる。」
この時ようやく、何故理人が初めから私にタメ口だったのか分かった。
私が和食派だということを知っていて、この店に連れてきてくれたのも、そのせいか。
「二次元のキャラクター相手に、恋愛を妄想してんのは、さすがにやばいよな。」
嫌味ったらしい笑顔。
そんなことまで知られているのか……
「どうやって、知ったの?」
「夢に出てきた。」
そんなベタな話があるかい、とツッコミたかったが、どうやら本当らしい。会ったこともないのに、何度も夢に見たのだと。私の生活を、上からみている視点だったそうな。
「それで、妄想癖も知った。」
「もう言わないで……」
妄想相手本人に言われるなんて、どんな拷問だ。恥ずかしすぎる。
……いや、私は夢女子であることに誇りを持っている。何も恥じることはない。
そう思い直し、背筋を伸ばした。
私の葛藤など素知らぬ顔で、理人は、転生時の話を続ける。
「死んだ後、大きな門の前で、どこに生まれ変わりたいかって聞かれたんだよ。あれは、閻魔大王だったのか。
でも、女の声だったな。」
実に不思議な話だ。死後の世界というものは、本当にあるのか。
……冥土があるか否かより、目の前で起きるていることのほうが不可思議か。
「それで、夢で見た女が実在するなら会わせてほしい、って話したんだ。」
「そうしたら、本当にいた、と。」
「ああ。
夢のまんまでびっくりした。」
ここからが本題なんだが、と理人は急に真顔になる。
「今、彼氏はいないよな?」
「嫌味ですか?」
「そうじゃない。確認。」
「…いませんけど。」
答えると、理人は目を閉じ、一度深呼吸をした。
私は、鯛の刺身に箸を伸ばす。
「好きだ。俺と付き合ってくれ。」
鯛は口に入る前に、箸から落ちた。
今、なんと?
理人が、私を好き?
しかし、よくよく見ると、口元が少しニヤついている。
そうか、揶揄っているのか。
これにのったら、盛大にバカにされる。
「お断りします。」
丁寧に頭を下げる。
「はあ?!」
思ったよりも大きな声。個室で良かった。そうでなければ、他の客の視線を集めてしまうところだ。
「だってお前、俺のこと好きだろ?!」
やはりそうか。理人は、私が自分との恋愛を妄想していたことも知っているんだ。
あんなものを知られているなんて、目の前の刺身が焼き魚になってしまうくらい、熱くなりそうだ。
だが、今はそれを隠しておかなければならない。表に出したら負けだ。
「いえ違います。好きじゃありません。」
一息に言うと、さっきよりも大きな「はあ?!」が返ってきた。
「本当は、主人公の陽平が好きなんです。」
「そんなの初耳だぞ!
陽平との妄想なんてしてなかっただろ!」
当たり前だ。ハッタリなのだから。
「1秒も逃さず、私のことを見てたとは限らないでしょ?」
というか、いくら個室とはいえ、そんな大音量で『妄想』とか言わないでほしい。
「そもそも、ヒロインの玲奈が好きだったじゃない。玲奈と似ても似つかない私のことを好きだなんて、無理があるでしょ。」
玲奈はヒロインなだけあって、超絶美人だった。なのに性格はサバサバ系。理人が玲奈を好きという公式設定はなかったが、そう思わせる描写がいくつかあったのだ。玲奈はもちろん、主人公の陽平と結ばれているが。
「あれは、好きとかそんなんじゃねえよ!
俺は本気で…!」
「揶揄って楽しんでるだけでしょ。」
被せて言うと、理人から盛大な溜息が。
それから、額に手をやり、黙って何かを考えている。
私は料理をひたすら口に運んだ。焦る気持ちを隠すように。
もちろん、先ほど落とした刺身も、きちんと平らげた。
「わかった。」
何か決意したように、理人が口を開く。
「何が?」
私もいつの間にか、タメ口になっていた。
「クリスマスまでに、俺の気持ちを信じさせてやる。」
思わず逸らしてしまうほどに、その眼は真剣だった。
鼓動も早くなる。
クリスマスまでって、イベントにこだわるなんて、案外ロマンチックだったんだとか、信じさせてやるって、私が理人を好きなことは前提なのねとか、どうでもいい事を考えて、心臓を落ち着かせようと試みる。
「すぐ飽きると思うけど。」
手元を見たまま、食後の熱いお茶を啜る。
飽きねえよ、と呟かれた言葉は、聞こえていないフリをしておいた。
「じゃあ、手始めに。」
そう言うと、彼は自分のスマホを、こちらに差し出す。
何のことか分からないでいると、
「連絡先。」
と続けた。
互いの番号とメッセージアプリのIDを教え合う。
画面を見つめる理人の口元は、また少しニヤついていた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
会計時、俺が出すと聞かなかったが、そういうのは好きじゃないと言うと、渋々割り勘にしてくれた。
店を出て、
「じゃあ、また明日。」
と歩き始めると、腕を掴まれる。
「送っていく。」
遠慮したかったが、これは押し負けてしまい、2人でタクシーに乗り込んだ。
アパート前に着き、自分の分の運賃を理人に渡して降車。
扉の前までは着いて来なかったが、家に入って明かりをつけるまで、タクシーは発車しなかった。
窓からタクシーを見送るとすぐ、スマホから、メッセージの受信を知らせる音が鳴る。
“おやすみ。”
心臓がキュッとした。
カーテンを閉め振り返ると、ソファの背に掛けっぱなしの服や、テーブルの上に散乱している書類が目に入る。昨日掃除機をかけたので、床は比較的きれいだ。
お弁当箱を鞄から取り出し、キッチンへ。
水垢のついたシンクを見て、無意識に顔を顰めていた。
こんな部屋も、見られていたのだろうか。
「だとしたら、やっぱりないない。」
理人が私のことを好きだなんて。
顔が好みなんて、もっとあり得ないだろうし。
洗ったお弁当箱を水切りカゴへ立てかける。
一応、“おやすみなさい。”と返事をし、お風呂場へ向かった。
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