第3話 ずるい
やられた……。
鏡を見ながら、赤い頬を隠す様に、素早くファンデーションを塗っていく。
今朝は、アラームとは違う電子音に起こされた。
着信だ。
ディスプレイをしっかり確認せず、通話ボタンを押した。
「ふぁい…。」
「おはよう。」
私の寝ぼけた声とは正反対の、爽やかな低音が電話口から聞こえた。
一気に目が覚める。
「理人?!」
「ご名答。」
タオルケットが宙を舞いそうな勢いで、上体を起こした。
「今起きたのか?
時間大丈夫かよ?」
そう言われ時計を確認する。いつもの起床時間を20分オーバーしていた。
「やばっ…!」
設定していた時間に作動したアラーム。スヌーズボタンを押して、もう少しだけ寝よう思った。それがどうやら、押したのは停止ボタンだったらしい。
とりあえず、朝食を諦めれば、始業に充分間に合う。
「遅刻すんなよ。
じゃ、また会社でな。」
「え?何か用事だったんじゃないの?」
「いや、何も?」
「じゃあ、何で電話してきたの?」
「寝坊してんじゃないかと思って。」
揶揄いを含んだ声だ。
「悪かったわね。」
「…ってのは冗談。
声が聞きたくなっただけだよ。」
一転して、優しい声色になる。
ドキドキせずにいられようか。
「ちょっとはときめいただろ?
こういうのに弱いもんな、お前。」
言われてから、そんな妄想をしたことがあったと思い出した。
しかも、理人相手の妄想で、だ。
「俺も準備するから、切るな。」
私の返事を待たず、電話は切れてしまった。
これが、ほんの30分前の出来事。
理人は、私の好きなシチュエーションを知っている。ずるい。
こんなことをされ続けたら、私はどうなってしまうのだろう。
「…っ!もう出なきゃ!」
考え事をしていると、行動がゆっくりになってしまう癖がある。
玄関に置いたままだった鞄を引っ掴み、ローヒールパンプスのストラップを急いで留め、家を出た。
夢女と王子様 富田 りん @rin-tomita
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