夢女と王子様

富田 りん

第1話 始まり

 月曜日。梅雨が明け、夏の始まりに相応しい快晴だ。

 しかし、私の心は曇っていた。

 近藤さんが結婚するそうだ。

 出勤すると、その話でもちきりだった。特に女性社員達の間で。

 私の4歳上なので、今年で30歳になる近藤遼介こんどうりょうすけさんは、シゴデキイケメンである。

 多くの女性社員が、彼に憧れていた。私もその1人。

 ただし、恐らく理由は他の誰とも異なるだろう。

 私が近藤さんを良いなと思ったのは、十年来恋をしている、漫画のキャラクターに似ているからだ。

 似ていると言っても顔だけで、性格は全く違う。

 近藤さんは、誰にでも優しく、ノリも良い、所謂『陽キャ』である。

 一方、私の好きなキャラはというと、頭は切れるが、無愛想で協調性など皆無、思ったことはハッキリ言う。そして、人を揶揄って楽しむという、意地悪な所もある。

 本当に、共通点は顔だけ。

 まあ、そんなクールでSっ気のあるところが好きなのだけれど。

 それにしても、近藤さんから自分への好意を感じていたのだが、勘違いだったのか。優しくされたのを、好意だと思い違いをしていたらしい。

 好きなキャラに似ている人を、リアルで見つけられるだけでも奇跡なのに、もしかしたらその人と付き合えるかも?!なんて考えていたことは、墓場まで持っていこう。

 しかし、自分がイタイことは知っていたが、ここまでとは。恋愛経験の乏しさが露呈してしまう。

 やはり、私は三次元の恋愛とは無縁なのだ。取り立てて綺麗なわけでもなく、性格も良くない。秀でた才能もない。現実世界で、誰がこんな私を好きになってくれるだろう。誰もいないから、今まで彼氏ができなかったのだ。

 潔く、二次元の妄想へ戻ろう。夢の中では、才色兼備なのを鼻にかけず、人望厚いキャリアウーマンなのだから。


 メールのチェックをしていると、部長が誰かを連れ、フロアへ入ってくるのが横目に映った。


「本日から配属になる、中途入社の社員を紹介する。」


 そういえば、先週そんなことを言っていたっけ。

 開いていたメールを閉じ、立ち上がろうとすると、女性社員達がざわつき始めた。

 何事かと、部長達の方へ視線を向けた。


朝倉理人あさくらりひとです。よろしくお願いします。」


 思わず、眼鏡のブリッジを押し上げる。

 部長の隣に立つ男性は、近藤さんと似ていると言った、漫画のキャラクターそのものだった。

 シゴデキイケメンの近藤さんと似ている彼も、もちろんイケメンである。女性社員達が色めき立った理由はそこだろう。

 私はというと、無意識に自分の頬を抓っていた。痛い。となると、これは夢ではないということだ。

 彼は『朝倉理人』と名乗った。そのキャラと同姓同名。顔だけでなく、フルネームまで一緒だ。これが偶然なわけがない。だから、きっと本人で間違いない。

 他の社員は、彼が漫画のキャラクターだと気づいていない様子。

 その漫画が、短期連載かつ単行本も今や絶版(要するに、あまり人気がなかった)だから、仕方がないかもしれない。

 状況処理が追いつかないでいると、隣のデスクに理人が座った。


(まさかの隣ですか?!)


 このために、隣はずっと空席だったのか。

 こちらから挨拶するべきか。でも、顔が赤くなりそうだ。目も泳ぎそうだし、自分の名前すら噛んでしまうかも。

 そんなことを考えていたら、あちらから、よろしくと声をかけてくれた。

「よろしくお願いします!たちばなひゃ…遥花はるかです。」

 案の定、噛んだ。そしてやっぱり、顔に熱が集まってきた。

 目も合わせられずにいたら、フッという声が聞こえた。笑われた。しかも鼻で。

 私は俯いたまま着席し、静かに足で床を蹴って椅子を回転させ、パソコンに向き直った。

 それからは特に会話することなく、黙々と仕事に取り組んだ。

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