第8話 2
魔物の体の周りを、具現化した魔力が禍々しいドス黒い色をして、炎のように揺らいでいる。
かなりの魔力が備わっている証拠だ。
この森には時々魔物が出ると言っていたが、こいつは異端だろう。
こんなのがこの森に何匹も生息していたら普通の人間には一溜りもない。
しかし、所詮獣は獣。もしかすると魔力を上手く扱えないのかもしれない。
不意に魔物は大きく跳躍し、襲いかかってきた。
魔物の体の周囲から、鋭く光った針のようなものが、勢いよくいくつも飛び出した。
魔力を放出したものだろう。
それらは全て私に一直線に襲いかかった。
先程の出してそのままにしていた魔法陣から、また砂嵐を起こし、針を全て撃ち落とした。
砂嵐の中を抜けて、お構い無しに魔物が飛びかかるが、辛うじて避けた。
魔物の殺意は完全に私に向いている。もうマルク達のことなんて眼中にないだろう。
私は魔法陣と共に剣を消し、両手を魔物に向けて伸ばし、手のひらを向けた。
剣を消したのに大した理由はない。邪魔だっただけだ。
「ただの魔物ではなさそうですが、私には及びません。さあ、暗夜の前に消え去るがいい」
胸の前て柏手を打ち、力を込める。
先程より大きな魔法陣を展開し、中央から黒い衝撃波を放出した。
衝撃波によって発生した煙に包まれた魔物が姿を現すと、身体を覆っていた魔力は消え去り、私に対する敵意も消え、丸く穏やかな目をしていた。
今の魔法は、相手の魔力を打ち消すことの出来るものだ。
体力の消費は激しいし、格下にしか成功しないが、これが決まればほとんど必ず勝てる。
魔力が消えたことにより、魔物はただの狼に戻った。
軽くこちらを睨んでいるが、恐らくはあまり動けないだろう。
狼は私から顔を逸らすと、やってきた方へ帰っていってしまった。
「やれやれ⋯⋯ほんとやれやれです⋯⋯やれやれ」
どういう理由かは分からないが、本来ならなんの魔力も持たない狼が、それなりの魔力を持っていたようだ。
魔力を剥がしたことで判明したが、一体誰がどんな目的で動物に魔力を与えたのか、検討もつかない。
「さて、マルクは何処まで行ったか」
私は地面に残った足跡を辿りながら、マルクを追いかけ始めた。
かなり急いだようで、地面が蹴られ、土が深く掘られていた。
まあ実際、マルク1人で先程の魔物に出くわしていたら間違いなく死んでいたので、この逃げ足の速さは強みでもある。
それにしても随分逃げたようで、進んでも進んでもマルクの気配がしない。
しばらく進んでいると、前方に大きく光がさした。それでもマルクの姿はどこにもない。足跡だけが残っている。
そのまま森を抜けると、眼前にレンガ造りの建造物が立ち並ぶ町が見えた。
恐らくマルクの言っていた大きな町だろう。
平地に建物が立ち並んだ姿は確かに圧巻で、こうして見ても立派であった。
足跡は草で途切れ途切れになっているが、確かに町に続いているようだ。
「シュナク!」
歩きながら足跡を目で辿っていくと、声とともに誰かの足下が目に映った。
顔を上げると、マルクと肩車されたコロンがこっちを見ていた。
「よかった。無事で」
マルクが駆け寄ってきたが、それよりも真顔で私を見ているコロンが気になって仕方がない。
私はこの子にどこか似た者を知っているはずだが、なんだか脳が思い出すことを拒否しているようだ。
「ああ、あれくらい平気ですよ」
「凄いよ。さすがは選ばれし魔法使いだ」
それで言うなら君は選ばれし勇者のはずですが、と言いたい気持ちを押し殺し、再会を喜んだ。
街に入った私達はコロンの身内を探すため、そこらじゅうを歩いた。
町中を歩き回り、コロンのことを知っている人を探したが、誰一人知らないという。
コロンに両親の特徴や、どこから来たのか尋ねても、答えなかった。
何か、思い出すのを恐れているのか、それとも全く覚えていないのかもしれない。
しかし幼い女の子が1人でそれほど遠くから森へ来たとは考えにくい。
漁村の子であればマルクが気づくはずだ。
マルクが知らないとなると、この街の住民である可能性が高いはずだ。
「あぁー疲れた」
我々3人は、街のベンチに腰かけた。
町の中央に見える時計台の時刻は既に昼を指していた。
コロンは真ん中に座り、マルクが買い与えたジュースを1人飲んでいる。
コロンの黄色い髪が太陽で照らされ、艶めいている。
服装は随分汚れているというのに、髪はとても綺麗だ。
コロンを挟んだ先でマルクは背中を反りながら天を仰いでいる。
物体形成の魔法を使えば食べ物も生み出せることは黙っていた。
別にマルクを疑っている訳では無いが、口の軽そうな彼から人々に漏れたら面倒なのだ。
「なあコロン。お母さんはどんな人なんだい」
マルクが先程と同じことを点を仰ぎながら聞いたが、コロンは黙っている。
この男は既にひと仕事した気になっているようだ。
「この街は知ってるか?」
「知らない⋯⋯」
コロンは首を横に振った。
「え、知らないのか」
マルクは反っていた身体を戻し、私に目を向けた。
どうやら私達は先入観に基づく、間違った推理をしていたようだ。
「最初に聞けばよかったな」
マルクはそう言って頭を掻いたが、後悔してももう遅い。
コロンの身内が見つからない以上、1人にする訳には行かない。
最弱勇者だけでも面倒なのに、何とも肩が凝る。
しかし、出会った子供が見た目からして腹が立つような生意気小僧ではなく、コロンのような大人しい幼女で良かったと思う。
「なあシュナク」
マルクが困り顔で私を見ている。
「どうしました」
「この子⋯⋯どうする」
「どうするって⋯⋯そりゃあ連れていきますよ親が見つかるまで」
「だよな。そう言ってくれて安心した」
「それに少し、コロンについては気になることがあります」
「なんだそれは」
「今は上手く言えないので、言語化出来るようになったらいいますよ」
「そうか。なら待ってるよ」
マルクは白い歯を見せたが、実際困ったものだ。
「保護対象2人連れての旅は少し⋯⋯」
「ほ、保護って俺とコロンか?」
「それ以外他に誰がいます?」
今度は歯痒そうに歯軋りを鳴らしている。
まさか自覚がないわけではなかろうと。
「まあ確かに⋯⋯シュナクの言う通りか。俺も早く強くならないとな」
マルクはコロンの頭を撫でた。
急に触られて嫌がることも無く、コロンはマルクの手を受け入れている。
その光景はとても微笑ましいものだった。
「こうして思うと世界はそこそこ平和だよな」
マルクが不意にそんなことを言ったので、私は思わず目を見開いた。
心を落ち着かせ、息を吐いた。
「そのそこそこじゃ耐えられない人達が勇者を求めたのかもしれませんね」
私の脳裏に、ミヨ婆の言っていた魔王像が思い浮かんだ。
神に敗れたとは、一体どういうことなのか。
「おいシュナク」
突然脳内で女性の声が響いた。
間違いない、ネルヴィスのものだ。
ちょうど都合のいい時に声が聞けたのは幸いだ。
「すみません。ちょっと席を離れます」
ベンチから腰を上げ、公園をでて路地裏へ入った。
表の往来を人々が歩いているが、私を不審がる人はいない。
「なんですか」
1人誰もいないところで声を出す。もし見られたなら狂人と思われるだろう。
「どうだ。旅は順調か」
「順調も何もまだ人間界に来て2日ですよ」
「そうかそうか。それは大儀な」
「なんですかそれ」
「褒めてるんだ」
「それはそうとひとつ」
軽く流しつつ、1番確かめたいことを聞くことにした。
「どうした?」
「人間界に私が来るのを予見していた方がいまして」
「なんだって。何者だそいつは」
姿は見えないが、声を荒らげていることからかなり驚いているのだとわかる。
「占い師の老婆ですが。かなりの腕の持ち主で。さすがに私の、正体には気がついていない見たいですが」
「人間にも面白いやつがいるんだな」
「そして本題ですが。その方が言うには魔王は過去に神に敗れたというんです」
少し返事が返ってこなかった。
その間に周りを見渡すと、小さな男の子が立ち止まってこちらを見ていたが、すぐさま母親に手を引かれていった。
「何かの間違いじゃないか。少なくとも私の知っている系列の魔王に神に敗れたものはおろか、戦ったものすら存在しない。第一その人間も完璧では無いのだろう」
魔王に系列なんてあるのかと思いつつも、話を続けた。
「ええまあ。しかしミヨ婆⋯⋯あの方の能力には目を見張るところがあります」
「お前の危惧する訳も理解出来る。だが今は勇者が魔界に来るまでの時間を稼ぐことに専念しろ」
「あ、それについては大丈夫です」
勇者が人間でも最弱クラスなことは今は言わないでおこう。しかしすぐに知られるだろう。
「そうか、とにかく今は任務に集中しろ。じゃあな。おい、それは私の酒だぞ。シュナクの⋯⋯」
最後に何か気になるような事が聞こえたが、連絡は完全に遮断された。
ネルヴィスが知らないというならば、ミヨ婆の杞憂の可能性もある。
とにかく今はマルクの事、そしてコロンをどうするか考えることに重きを置くことにした。
日はまだ少し高いところにある。
長い1日な気がするが、したことといえば幼女と出会って村から街に来た事くらいだ。まだ明るくて当然といえば当然だ。
公園に戻り、まだベンチに座る2人を横から見ていると、コロンからまた奇妙な気配を感じ取った。
上手く言えないのだが、なにか人間とは違う雰囲気を漂わせている。
悪意のある魔物のものでは無い。
それは初めて見た時も、そして今も感じ取れる、感じたことの無い気配だ。
「おーシュナク、どこいってたんだ」
2人の側まで戻り、コロンの隣に腰掛けた。
「ちょっと用を足しに」
理由を誤魔化し、首を伸ばすと気持ちのいい音が鳴った。
随分首も肩も凝っているみたいだ。
「どうするシュナク。この街で探すか、この街を出るか」
マルクの言葉を耳に入れ、コロンに目を向けると随分眠たそうに瞬きをしている。
動くにしても動かないにしても、コロンが寝たところでマルクに背負わせれば問題は無いだろう。
「ここから日没までに行ける街はありますか」
「すぐ南東に小さな町があるはずだが⋯⋯」
「なにか?」
「いや、確かかなり小さな所だから泊まるところがあるかどうか」
「それは困ります。野宿は魔物や獣が⋯⋯」
「そうだな。じゃあ今日はこの街で安く泊まるところを探すか」
マルクは旅立つ前、それなりの額の金銭を受け取っていたが、それでも贅沢はできない。
いずれは自分達で稼ぐ必要があるだろう。
そうと決まればと、マルクはコロンをおんぶし、コロンは身を預けて眠り出した。
「寝たか」
「ええ」
寝息を立てるコロンを起こさないよう、ゆっくりと私達は歩き出した。
魔王の側近ですが最弱勇者を鍛えて魔王と戦います 姫之尊 @mikoto117117
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