第5話 3


 大人達の歌や踊り、更には小さな子供達から激励を受けながら、夜が更けていった。

 海で取れた魚をツマミに、皆は酒を浴びるように流し込んだ。

 子供達は母親に連れられ家へ帰っていき、残った大人達も大半が酔いつぶれ、焚き火の火も小さくなっている。


 私は1人ボトルに入った酒を嗜みながら、海を眺めていた。

 この宴会の間も、神からの返事が来ることは無かった。

 いらない時は繋がるのに、必要な時に繋がらない神様なんて必要なのだろうか。

 そんなことを考えながら、干したイカを肴に酒を飲んだ。

 少し甘く、それなりに美味しかった。

 人間界も魔界と食べ物はそれほど変わらないようだ。


「となりいい?」


 ボトルを置くと、その反対にエマが腰を下ろした。


「どうしました?」


 エマに顔を向けると、彼女と目が合った。


「ちょっとシュナクさんのこと知りたくて」


「それは⋯⋯つまり⋯⋯」


 少し彼女の言葉に思わず狼狽えてしまい、言葉が続かなかった。


「マルクのパートナーだから、色々気になります」


「あ、そういうことですか」


 安堵と共に、少しガッカリとしてしまった。

 大体、会ってすぐそんな事が起きるなんてまず無いし、それに私は既婚者だ。

 

「シュナクさんは何処からやってきたの」


「シュナクでいいですよ。私は⋯⋯ここから遠い地で魔法の力でこの村へ来ました」


「ま、魔法が使えるの!」


「え、ええ⋯⋯」


 エマは私が魔法を使えると知った途端、目の色を変えて食いついた。


「凄いのねシュナクさ⋯⋯シュナクは」


「いやあ、魔法なんて魔物なら誰でも」


「え、魔物?」


「あっ⋯⋯」


 思わず格好つけたくて自分の正体を曝け出すようなことを口走ってしまった。


「えっと、私の住んでいた場所は魔物が近くて、よく魔法を使う魔物を見ていたんですよ。それでですね、魔物ってかなり弱い部類の者でも簡単な攻撃魔法とか治癒魔法とか扱えちゃうんですよ」


「なるほど、そういうことなのね」


 必死の誤魔化しが成功したようで、エマは頷きながら納得したようだ。

 

「そんな魔物たちの親玉を倒すなんて、マルクに出来るのかしら⋯⋯」


 どうやらエマはマルクの身を案じているらしく、穏やかな波のさざめく海を眺めながら言った。

 エマの心配はかなり当たっている、というより完璧だ。

 今のマルクでは野良魔物の末端にも勝てないだろう。


「あの、もし良かったら私も旅に連れて行ってくれませんか」


 エマはまた私に顔を向けて言った。

 エマの手が私の手に重なっているが、気にしないように努力した。

 人肌というのは、それだけで暖かい。

 特に、海辺の夜風に当たっている今だと、それが鮮明に感じられる。


「え?」


「心配なんですマルクのことが。私、村に居ても全然魚取れないし、でも料理なら出来るから少しは2人の役に立てるかなって」


 考えることも無く、私の答えは決まっていた。


「駄目だよ、」


「な、なんで」


 エマは訴えるような目で私を見つめているが、考えは変わらない。


「君からは強さを感じない、最低限戦える人間ならまだしも、君じゃ足手まといになるだけだ」


 そう言うと、彼女は俯いて肩を落とした。

 実際、エマから強さを感じないというのは事実だが、別に理由はそうじゃない。

 どうせしばらくはマルクの介護に手を焼くことになるのだから、1人や2人でも大して変わりはしない。

 それどころか、マルクほど戦闘の才能が無さそうな人間も珍しそうなので、彼女の方が早く戦力になる可能性がある。


 しかし彼女を旅に連れていくのは却下だ。

 なぜなら彼女はマルクのことを好きでいるからだ。

 そしておそらくマルクも彼女にそのような感情を抱いている。

 別にジェラシー感じているわけではないが、自分は愛する人と離れ離れになっているのに、近くでイチャイチャされるのは癪に障る。

 それにマルクが弱いことに気が付いてしまう。

 おそらくマルクの中身を知っているのは私とミヨ婆のみ。

 村人達はエマも含めてマルクを勇者と信じきっている。

 好きな人が伝説の勇者と呼ばれているが、実は恐ろしいほど弱い、そんなことを知ったらマルクが振られてしまう可能性がある。

 彼が傷つくようなことはできる限り起きて欲しくない。


「そうですか⋯⋯」


 エマは立ち上がり、大きく深呼吸して海を眺めている。


「じゃあいつか、私が2人の仲間に相応しい人となった時は、私を仲間に入れてくれますか?」


 言い終える直前に彼女は私に顔を向けた。

 なんて清々しい表情と佇まいなのだろうかと、思わず見とれてしまった。


「えぇ⋯⋯その時は頼りにします」


 さすがにそんな姿を見ると拒否することは出来ない。

 

「多分君はすぐにマルクより強くなれますよ」


 心の中で言い、私は砂浜に置いていたボトルの中身を飲み干した。


 その後彼女は去っていき、寝落ちしたマルクを起こしていた。

 マルクは目を覚まし、エマの肩に身を預けながら帰って行った。

 去り際、エマが私に向かって会釈してくれたので、私も軽く返した。

 一人になった私には、ひんやりとした砂浜は妙に心地よく、あっという間に睡魔に負けた。


 ――――


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