第4話 2

「あなたが⋯⋯本当に勇者なのですか」


 爽やかオーラを放つマルクの気を悪くしないよう、恐る恐る尋ねる。


「そうだ。マルクこそがミヨ婆の告げる伝説の勇者だ」


 スキンヘッド男性は手で占い老婆を示した。


「そうじゃよ。マルクは神に選ばれた勇者じゃよ」


 さっきまで静観していた占い老婆が口を開き、青年が勇者だと言った。

 相変わらず水晶玉に手をかざしているが、一体何が見えているのだろうか。

 私の視点からは、ただこの部屋が歪んで映っているだけだ。


 老婆は言うが、残念ながらマルクからは強さを全く感じない。

 普通、強い者は魔物であっても人間であっても、立っているだけで何となく予想がつく。

 もちろん例外はいるが、大抵は見ただけで強さが分かる。


 しかしマルクの立ち姿からは全く強く思えない。

 もしかしたら、伝説の勇者と呼ばれるだけあって、普段は強さを隠しているのではと考えた。


「あの」


 私はマルクの強さを確かめるため、まずはその足がかりとして勇者の警戒を解くことにした。


「私は⋯⋯」


 自己紹介しようとすると、マルクは左手を前に突き出したので、思わず黙ってしまった。


「言う必要はありません」


 マルクは私が喋るのを静止した。


「あなたがここへ来ることはミヨ婆に教えられましたシュナク」


「な、なぜ私の名を」


 突然呼ばれた自分の名に驚き、思わず背筋が伸びた。

 

「シュナク、あなたはこの世界を救うため、遠い国から僕に会いに来た。そうでしょう? 全てはミヨ婆の占いの通りです」


 爽やかオーラ満載で自慢げに話すマルクから目を逸らし、ミヨ婆と呼ばれる占い師に目を向けた。


 一体この老婆は何者なのだろうか。

 私がここへ来ることはおろか、私の名前まで知っている。

 しかし私が魔界から来た魔物ということまでは把握していないようである。

 それでも、大概恐ろしい占い師だし、この人なら魔王が何の力も持たないお飾りなことも、今は働かない遊び人だということを知っていても良さそうだ。


「全てお見通しとは⋯⋯その通りです。私は世界を救うため、伝説の勇者を求めてここへ来たのです」


 我ながら芝居が上手い。

 本当は今ここで飛び上がるくらい驚いているが、少し驚いた素振りを見せつつ、できる限り冷静に話を展開する。

 なかなかできることでは無い、と思いたい。


「だから1つお願いがあります」


 そう言うと、勇者は一瞬目を見開いた。


「なんでしょう」


「あなたが本当の勇者様か確かめるため、お手合わせ願います」


 頭を下げ、マルクの返事を待った。

 今の彼からは全く強さが見えないが、手合わせすれば彼が勇者だという理由が分かるかもしれない。

 数億分の1を引き当てるような幸運の持ち主でなければ、私の名とここへ来ることを言い当てたあのミヨ婆という占い老婆が告げた勇者が間違いなわけないし、弱いわけが無い。


 徐々に頭をあげると、マルクはやはり私を見ながら微笑んでいた。


「いいですよ。ではついてきてください」


 そう言って勇者は建物から出ていった。

 私はスキンヘッド男性に礼を言い、勇者のあとを追った。


 追いかけ、外へ出ると勇者は黙って歩いていた。

 隣に並ぶと、マルクと目が合った。

 彼の茶色い瞳を見ていると、マカライポの瞳とは違った意味で吸い込まれそうになる。


 いかんいかんと首を振り、マルクに尋ねた。


「勇者様は魔法はあつかわれますか?」


 マルクは顔を進行方向へ向けた。


「いえ、僕は魔法はからっきしです。ところでシュナク、勇者様などと堅苦しい呼び方はやめてください。マルクでいい。僕達は同じ志を持った仲間なんだから。もっと軽くいきましょう」


「え、えぇマルク。そうですね。私ももっと砕けてもらった方が落ち着きます」


「ならこれでいくよシュナク」


 がらりと話し方を変えると、マルクはまた私に向かって微笑みかけた。

 マルクの顔の良さにも驚きだが、性格も良さそうだし、既に私を仲間だと認識していることにもっと驚いた。


 私自身を信じているのか、それともあのミヨ婆の占いを信じているのか、おそらく後者だろうが、かなり気が楽になった。


 あくまで私の目的はメルスのパワーアップを待ち、2人が対峙するのを遅らせること。

 そうして今のように世界の均衡を保つことが使命だが、彼が傷つくところは見たくないように思えてしまう。


「ここでいいかな」


 そうこうしていると、村から少し離れた砂浜に着いた。

 近くには人はいないようで、転けても痛くないので、手合わせするのにちょうど良さそうだ。


 マルクは私から少し離れ、向かい合った。


「マルクはいつもその剣で?」


「そうだよ」


「じゃあ⋯⋯」


 私は膝をつき、手を地面にかざした。

 魔力を込めると、魔法陣が描がかれ、更にそこから2つの剣を型どったものを召喚した。

 単純な物質形成魔法だ。訓練すれば大抵の者は習得できる。

 その剣を1本マルクに投げた。

 

「これなら怪我の心配はありません。人体にダメージを与えられない剣です」


 手に持った剣を、マルクは撫で回すように触りながら見ている。


「すごい。何も無いところから剣が。これが魔法⋯⋯」

 

 初めて魔法を目の当たりにしたかのような様子だが、すぐにマルクは剣を構えた。


「じゃあいくよ」


 マルクが剣を上段に振り上げ、迫ってくる。

 間合いまで接近してきたマルクは剣を振り下ろした。


「嘘でしょ⋯⋯」


 私はとりあえずマルクの一撃を剣で受け止めたが、いきなり彼が弱い事が露見してしまった。

 まず動きが遅い。多少の手加減はしているのかもしれないが、魔物の子供にも劣る速度だ。

 そして力がない。武器を振り上げて向かってくるだけで明らかに辛そうだし、攻撃の速度も遅いし、力が弱い。

 別にこの剣は重たくはない。平均的な重さのはずだ。女の人でも扱える。


 マルクは1度距離を取り、再度斬りかかって来たが、遅いので簡単に避けられた。


「やるねシュナク」


 なぜ彼は情けない姿を晒しながらも爽やかなのだろうか。

 その後も彼は何度も攻撃を仕掛けてきたが、全て見切るのに苦労はなかった。

 すぐに体力の切れたマルクの足を引っ掛けて転ばせるのは簡単だった。


「マルク、あなたの強さはわかりました」


 砂浜にうつ伏せになったマルクの背中を見ながら、私は言った。

 よくよく見て見たら彼は剣を背負ったまま戦っていたが、多分なくても変わらないだろう。

 マルクは腕を頭の横に置き、小刻みに震えている。


「失望したかい?」


 小さく力のない声が聞こえてきた。

 私は彼の姿を見てなんて答えたらいいのか分からなかった。


「わかってるんだ。自分がその辺の子供より弱いことなんて」


 彼が自分でもそこまで自覚していたと思うと、なんだかとても胸が締め付けられた気がした。


「でもやらなきゃいけないんだ。勇者だから。勇者に選ばれたから」


 そう言いながらマルクは立ち上がった。

 私を見つめる瞳には熱い輝きが滲み出ている。

 たったこれだけのことでここまで熱くなるとは、案外激情型なのかもしれない。

 しかし、自分の能力以上のことを求められても、前向きに受け止める彼に、私は確実に惹かれ始めていた。


「マルク⋯⋯」


 彼を傷つけたくないという思いが、自分の中で確信に変わっていった。

 天性ともいえる爽やかオーラ満載の彼のオーラを失ってはいけない。

 彼のオーラはそれこそ世界を救えるかもしれない。  

 

 私は彼にゆっくりと歩み寄り、右手を差し出した。

 右手がマルクの右手に強く握りしめられ、硬い握手を交わした。


「マルク、君なら世界を救える。私にそのお供をさせてください」


「もちろんさ。シュナクの力、頼りにしてるよ」


 波の音が周囲を包む。今私たちの周りにあるのはきらめく海と青い空、そして男達の熱意だけだ。


 どうやら私は彼の爽やかオーラに毒されてしまったようだ。

 と、いいつつもやはり帰りたい欲は私の中で膨らんでいた。




「マルク!」


 村の方から足音とともに1人の少女が、マルクの名を叫びながら走ってやってくるのが目に映った。


「あれは⋯⋯エマか」

 

 マルクは少女の姿に目を向けると、握っていた右手を離し、少女に向かって手を振った。


「紹介するよ、シュナク」


 マルクは隣までやってきた少女を示した。

 髪は黒くて短く肩に少し触れている。目が大きくて瞳が茶色い。 

 いかにも明るそうな少女という印象を持った。


「彼女はエマ、村1番の漁師の子で俺の幼馴染さ」


 そう言うとマルクと少女は目を合わせて頬を染めた。

 全く、こっちは事情も告げないまま配偶者と会えなくなったというのに。さすがに爽やかでも腹が立つ。


「マルク、この人は」


 少女、エマは私の様子を伺うように上下に目を動かしながら言った。


「ああ、彼はシュナク。ミヨ婆が予言した俺の仲間さ」


「ああ、ミヨ婆の」


 ミヨ婆の名が出ると、私を見るエマの目が柔らかくなった。

 あのミヨ婆というのは一体何者なのか、なぜ小さな村にいるのか。

 それでいうなら異常なまでの爽やかオーラを放つマルクの存在も不思議なのだが。


 そんなことはさておき、エマが訪ねてきたのはミヨ婆にマルクを連れてくるように頼まれたからだそうで、私達3人は先程の小屋に向かった。

 小屋に入ると、恩人のスキンヘッド漁師の姿はもう無く、ミヨ婆しかいなかった。


「どうしたのミヨ婆」


 私達を代表してマルクがミヨ婆に話しかけた。

 マルクの隣では、エマがマルクの服の裾を摘み、小刻みに震えている。信用していても、怖いのだろうか。

 震えたくなる気持ちも理解出来る。

 実際私も、ミヨ婆によって暴かれるのか想像すると逃げ出したくなる。


「シュナクがお主の前に姿を現した今こそが旅立ちの時じゃ。神もそう告げておる」


 ミヨ婆が水晶玉に目を向けながらそう言うと、マルクの息を飲む音が聞こえた。

 顔を向けると、首筋に汗が滴っているのがわかる。

 しかし、ミヨ婆が信じる神というのは一体どういう神様なのだろうか。

 きっとあの三神とは比べ物にならない素晴らしい神様なのだろう。


「わかりました。では明日の朝、旅立ちます。シュナクもそれでいいかい」


 マルクに話を振られたが、もちろん私が反対する理由もないので黙って頷いた。

 実際、早々に勇者を発見して旅立てるのは運がいいといえる。あまりにも弱いのは不運だが。


「わかった。話はそれだけじゃ」


 ミヨ婆が水晶玉にかざした手を下ろしながら言うと、マルクとエマは軽くお辞儀し、体を出口に向け、小屋を出た。

 私も続いて出ようとすると、ミヨ婆に呼び止められた。


「シュナク、そなたには話がある」


 私は足を止め、マルクに視線を向けて頷いた。


「どうしましたか」


 ミヨ婆の目の前に立つと、ミヨ婆はフードを脱いだ。

 白くなった髪と皺だらけの顔が顕になり、その容姿からは優しげなおばあちゃんに見えた。

 少なくとも、毒林檎を渡してきたり、怪しげなアクセサリーを高値で売る人間では無さそうだ。


「マルクは弱い。じゃがあの子は正真正銘の救世主じゃ。あの子は神様に選ばれた人類の希望。あの子を頼んだぞ」


 お年寄りとおもえない力強く輝いた目で私を見つめながら、ミヨ婆は言い、頭を下げた。

 ミヨ婆もマルクの力は知っていた。

 それでも、自分の信じる占いで彼が勇者だと出た以上、マルクに託す他ないのだろう。

 

「頭をお上げください。私にもマルクの力が必要ですから。彼の事は必ず私が、真の勇者へと導いてみせます」


 マルクに感化されたのだろうか、すらすらと自分らしくない言葉が溢れ出てくる。

 

「そうか、頼んだぞ」


 ミヨ婆は頭を上げ、私の顔を見上げた。


「魔王の力は強大で、果てしなく強い。かつて神に敗れたというがその力は人間の及ぶところにあらず。しかし神に選ばれしマルクとお主なら必ずやってくれる」


 ミヨ婆の言葉に自分の耳を疑った。

 私達魔物にとって、魔王なんて大した存在ではないが、人間はそれほど恐怖に感じているというのが不思議だ。

 まあたしかに、今のメルスでもマルクくらいなら片手で倒せる。だがそれなりに強い人間なら、ひとりでは厳しくても数人で共闘すれば、彼を倒すことくらいできるはずだ。

 それにかつて神に敗れたというが、魔王は代々、あの三神達によって選ばれている。

 もし神に逆らいでもして討伐されたのであれば、魔王なんて役職、今は存在しないはずだ。


「お任せ下さい⋯⋯」


 考えても分からないし、下手なことを聞けば私の正体に疑いを持つかもしれない。

 幸い、ミヨ婆は優れた占い師だが、完璧ではない。

 情報が間違っていると自分の中で結論付け、ひとまずミヨ婆に一礼し、小屋を出た。


 小屋を出ると、目の前にマルクが立っていた。


「ミヨ婆と何を話したんだ?」


「ただ君を頼むって」


 あまり彼を不安にするようなことは言わず、簡潔に伝えた。


「そっか。ありがとうシュナク」


 また爽やかオーラを溢れさせながら、彼は言う。


「今夜、村の皆が旅立ちを祝ってくれるそうだ。夜に浜辺に来るといいよ」


「わかりました」


 軽く返事をし、私は1人になるため、浜辺に沿って歩き出した。

 さっきマルクと手合わせした反対方向を進むと、小さな岩陰を見つけた。

 誰も周りにいないことを確認し、岩陰に身を隠した。


「あのー、誰か」


 誰もいない岩陰で、はるか遠くにいる三神に向かって語りかけた。


「あのー」


 しかし声をかけても返事はなく、それから数時間待っても返事は来なかった。

 彼らはまた寝ているか、遊んでいるのか、何度声をかけても反応がない。

 日が暮れ、三神への苛立ちを全く手応えのない海にぶつけ、その場を後にした。

 

 浜辺には、いつの間にか大きな日が灯っていて、人々の大きな声が巻き上がっている。


「あれが、歓迎会かな」


 人々の中に向かうと、何人かと酒を飲んでいるマルクの姿があった。

 既に瓶を何本もあけ、酔い潰れている者もいるが、マルクの顔は昼間と変わらずにいる。


 マルクは私に気づくと手招きをした。

 彼の元まで駆け寄ると、彼は村人達を集めた。


「皆、彼が私の仲間のシュナクだ」


 彼が私を皆に紹介すると、惜しみない拍手があちこちから巻き起こった。

 歓迎されるのは悪い気はしない。それが魔物であっても人であっても。

 彼らにとって魔物は恨む存在かもしれないが、私にとってはそうでは無い。

 私は彼らから渡された杯を片手に、注がれた酒を飲んだ。

 久しぶりの酒の味は決して悪くはなかった。


 






 

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