第3話 爽やかというのは武器になる

「わかりました」


 渋々、思ってもいないことを口にすると、ネルヴィスとザヌスの口角が上がり、満面の笑みをこちらに向け始めた。

 表情からは分かりにくいが、マカライポも喜んでいるように見える。

 ほんの少し、目の潤いが増している。


「そうかそうか。引き受けてくれるかシュナク」


 ネルヴィスは見るからに上機嫌になり、傍に置いてあった瓢箪に直接口をつけて酒を飲んだ。


「ではシュナクよ。これから私達はあなたを人間界の最北端、モグの村へ飛ばします」


 ザヌスは右手を私に向けてかざし、謎の魔法陣を召喚しながら言った。

 魔法陣はザヌスの右手の前に現れたと思うと、直ぐに同じものが私の足元にも発現した。


「ちょっと待ってください。せめてリディアと話をする時間を」


 了承したとはいえ、いきなり人間界に飛ばされるなんてたまったものじゃない。

 仕事だって溜まってるし、リディアにも説明しなくてはならない。


「心配は無用です。あなたの関係者には我々から申しておきます」


 お構い無しにザヌスは魔法陣に力を込め、そこにさらに顔を赤くしたネルヴィスと真顔のマカライポも手をかざした。


「頼んだぞシュナク。世界の運命はお前に委ねた」


 完全に出来上がったネルヴィスが酒の匂いを充満させながら高らかに言った。


「シュナク⋯⋯頑張ってね⋯⋯信じてる」


 マカライポは瞳で私を捉えながら言った。

 この三神の中では実はマカライポが1番良い奴なのかもしれないと不本意ながら思った。

 誰かひとりと友達になれと言われたら絶対にマカライポを選ぶだろう。


 ザヌスの前にある魔法陣の中心に光が集まり、徐々に大きくなっている。


「いやほんと待ってくださいって。せめて、せめてリディアに挨拶だけでも。って⋯⋯ちょっとぉ!」


 集まった光は私に向かって放たれ、足元の魔法陣に滝のように吸い込まれると、一瞬にして全身が光に包まれた。


「頑張れよシュナク」


 神のエールのようなものを耳にすると、視界から三神が消え、目の前に青い空が広がった。

 それと同時に、自分の体が急降下している感覚に襲われ、辺りを見渡すと私は水に向かって落ちているところだった。


「ちょ、ちょっと、どうなってるんだ!」


 飛ぶことも出来ず、どれだけの高さからか分からないが、物凄い速度で頭から落ち、水飛沫を飛ばし  ながら水の中に落ちた。

 口に入った水がしょっぱい。ここは海のようだ。


「ぷはぁ」


 海面に顔を出すと、目の前に小さな街のようなものが見え、隣にを小型の木船が漂っていた。


「あんた大丈夫か!」


 舟に乗っている1人の男が話しかけてきた。

 逞しい体躯の男は、頭に髪がなく、太陽の光が反射している。


「ほら掴まれ」


 男は私に向かって舵を突き出してきた。

 有難くその舵を掴むと、体が引っ張られ、舟の下に引き寄せられた。


「よっこらせっと」


 スキンヘッドの男と、もう1人若い男の乗組員に手を引かれ、舟の上に引き上げられた。


「これどうぞ」


 若い男が私にタオルを差し出してきたので受け取り、顔を拭いた。

 緊急事態ということもあり、何も考えずなされるがままに行動していたが、2人は紛れもなく人間だった。

 私は神界から一瞬で人間界に到着したようだ。

 それにしても人間界に来ていきなり海に落とされるとは思ってもいなかった。

 三神のことだ、わざとかもしれない。

 腹立たしさから体が熱くなり、熱さで水分が蒸発しているのではないかと思うほどだった。


「それにしてもあんた、どっから海に落ちたんだ」


 若い男の後ろで舟を漕ぐスキンヘッドの恩人に尋ねられたが、一体なんと答えたらいいのだろうか。

 というか、この男達は私を見て驚かないのか。

 私には魔物の証ともいえる羽が生えている。

 人間にはもちろん生えていないが、男達は私を見ても何も気にしていないようだ。

 背中に手を回してみると、羽の感触がなかった。

 なんども背中を確かめたが、羽は完全に消えてしまっていた。


「なんで⋯⋯」


 小声でつぶやくと、突然ちょっとした頭痛に襲われた。

 頭を抑えると、ついさっき耳にしていた声が頭に響いた。


「羽は私達で消しておきました。心配しなくても今のあなたは人間にしか見られません」


 ザヌスの声だ。自称知の神の声が頭に響いてきた。


「な、なんで頭に直接」


「お前、神を舐めるなよ。こんな事朝飯前だ」


 今度はネルヴィスの声が聞こえてきた。

 どうやら三神は神界から私の様子を覗いているらしい。そして直接脳内に話しかけることで会話ができるらしい。

 しまった。これでは不用意に彼らの悪口も言えない。


 残念ながらマカライポの声は聞こえてこなかった。いや、何が残念なのだろう。私はどうやら少し疲れているようだ。


「どうしたんだ? 1人でぼそぼそと」


 神と話す私を不審に思ったのか、スキンヘッドの男が尋ねてきた。


「い、いえ、なんでもありません」


 しかしさっきの質問に対する答えが浮かんでこない。

 突然何も無いところから海に落ちた事をなんと誤魔化したらいいのだろうか。

 そんな事案の誤魔化し方は存在するのだろうか。


「しかし不思議ですねお兄さん。突然空から落ちてくるなんて」


 若い男が今度は口を開いた。

 頬にソバカスがあり、顔がかなり日焼けしている。

 男の傍には網が置いてある。

 おそらくこの2人は漁師なのだろう。

 残念ながら今は獲物は1匹も見当たらない。


「あはは⋯⋯本当自分でも驚きました」


 誤魔化すように笑いながら言ったが、誤魔化しきれていない。


「突然空から落ちてくるなんて、もしかして神様か何かなのかなって」


「いやいや、神様じゃないです私は」


 ソバカス船員の疑問に手を振りながら否定した。


「じゃあなにか、あんた魔物か」


 スキンヘッドの男の発言に、嫌な汗が滲み出た。

 先程までの友好的な目付きとは一転し、懐疑的な目で私を見ている。

 顔の堀が深いせいか、妙に眼力があった。

 おそらく、三神の言っていた人間の魔物に対する憎悪が、彼の心にも宿っているせいだろう。


 嘘をついても見抜かれそうな気がしたので、ある程度正直に話すことにした。


「私は勇者と呼ばれる御方に出会うため、モグの村を目指していました。魔法でモグの村へ向かおうとしましたが失敗してこの場所に来たのです」


 我ながらよく言ったと思う。

 程よく誤魔化しながら真実も伝える。

 魔王城で鍛えられた話術が役に立った。

 といっても大した発言をしたとは言えないが。

 

「へぇ、お兄さん魔法が使えるんですか。珍しいですね」


 ソバカス青年が感心したように言った。

 信じてもらえたようで、その後ろのスキンヘッド男性の目も穏やかなものに変化している。

 

「なら良かったなここはモグの村の海だぞ」


 舟を漕ぎつつ、スキンヘッド男性が言った。


「そ、そうですか。よかった」


 やはりあの三神は失敗したかと思いきや、どうやら目的地の傍には転送されていたようだ。


「お前、私たちを信じてなかったのか」


 また頭痛と共にネルヴィスの声が頭に響いた。

 正直に信じていなかったと言ってやりたい思いだが、そんなことしたら報復が怖い。


「い、いえ、信じてましたよ」


 やつらには小声でも通じるだろうと、小さな声で呟いた。

 返事はなく、私は少しの間舟にゆられていた。


 舟は港に到着し、船をおりると小さな漁村だった。

 帰ってくる舟を待っていたのか、村人達が港へ押し寄せている。

 しかし帰ってきたのは私達だけだったので、人々はまだ海の向こうを見つめている。

 時々、不思議そうに私を見る視線を感じるが、それだけだ。


 私が乗っていた舟の2人は、誰かと話しながら溜息をつき、首を横に振っていた。

 恐らくは獲物が取れなかったことを話していたのだろう。

 私のせいで漁を終了したのだとしたら心苦しい。

 そんなことを考えていると、スキンヘッド男性が近づいてきた。


「あんた勇者を探してるんだってな。ついてきな」


 どうやら本当に勇者と呼ばれる者がこの村に居るようで、勇者の元へ案内してくれるらしい。


 男についていき、少し歩いたところに笑でできた小さな建物があった。

 入口に掛けられた紫の布を潜る男の後ろをゆっくりと進むと、目の前には背中に剣を背負った青年と、その向いに黒いローブを頭から被り、腕にブレスレットや指輪をいくつも身につけ、目の前の台に置いた水晶玉に手をかざした、いかにも占い師といった老婆が存在していた。

 

 青年は顔が整っていて、背も高い。

 爽やかな黒髪と顔は男の私が見ても見とれるものがあった。

 しかし、袖のない下着にしか見えない青い服と青いズボンは見た目が悪く、男には不似合いであった。

 しかしそのマイナス部分を差し引いても、青年の爽やかさは素晴らしかった。

 スキンヘッド男性と占い老婆という、なんとも言えない2人がいる空間だと思えないくらい、爽やかで心地の良い空気が漂っている。


 スキンヘッド男性は軽くいかにもな老婆に一礼し、青年の隣に立った。


「マルク、この男がお前に会いに来たようだ」


 スキンヘッド男性がそう言うと、マルクと呼ばれた青年は私に向かって頭を下げた。

 私も頭を下げ、顔を上げると青年は微笑んでいた。


「僕になにか御用が?」


 聞き心地の良い声が耳を通り過ぎてゆく。


「あ、あなたが勇者様でしゅか」


 思わず噛んでしまうほど、目の前の青年の爽やかオーラは凄まじかった。


「はい。僕が勇者です」


 はっきりと青年は自らが勇者だと口にした。

 やはり爽やかで二枚目な男は自分に自信があるのだろう。


 しかし、そんな爽やかオーラ満載の明らかな好青年勇者にひとつ懸念があった。


 彼からは全く強さを感じないのである。

 




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