第35話 この世の幸運を授かった殺し屋
◇◇◇
三十五年。
ロデリック王国で、一人の女が秘密裏に子を生む。
女の名前はマリアーナ。
ロデリック王国の宮廷魔術師だ。
「マリアーナ様! 元気な男の子です!」
「ルディ。ありがとう」
ベッドで横になるマリアーナと、すぐ隣に立つルディ。
喜び合う二人をよそに、出産を手掛けた産婆たちは険しい表情で片づけ始めた。
「マリアーナ。あなたの手伝いをしたことを知られると……」
「ええ。分かってます。皆さん、ありがとうございました」
早々に退室した産婆たち。
部屋にはマリアーナとルディが残る。
「マリアーナ様。お名前をお決めください」
「生まれる前から決めていたわ。ベルベストよ。この世の幸運という意味。この子は全ての幸運を授かった子なの」
「素晴らしいお名前です。それに見てください。この魔力の器。私をも凌駕するほどです」
「千年に一人の天才にそう言わせるなんて。うふふ」
宮廷魔術師マリアーナの弟子であるルディだが、すでにその魔力は王国一と呼び声高い。
それでもルディは尊敬するマリアーナの元を離れず、弟子として日々勉強していた。
「おお! なんという神々しさ! まさに光の御子でございます!」
涙を流し、ベルベストと名付けられた赤子を眺めるルディ。
「将来は王国一、いや世界一の魔術師になることでしょう!」
「うふふ、大げさよ。ルディ」
「あ、今笑いました! かわいいなあ。かわいいなあ」
「もう、あなたの弟みたいね。うふふ」
温かな幸せに包まれた空間。
微笑ましい師弟の光景だった。
……ここまでは。
ついに、運命が扉を叩く。
突然開け放たれた木製の扉。
「マ、マリアーナ……」
「へ、陛下!」
「それが儂の子か?」
「……さ、左様でございます」
「そうか」
部屋に入った男。
その背後には、ひときわ豪華なドレスを着ている女が立っていた。
「き、汚い! 殺しなさい!」
「タ、タスティ様!」
寝屋に入ってきた男はロデリック王国国王サリオル・ロデリック。
背後にいる女は王妃タスティ。
「この泥棒猫が! 怪しげな魔術師の分際で!」
サリオルは額から汗を流すだけで、何も言葉を発さない。
王妃に対して恐怖心すら持つサリオル。
そのため国王という立場にありながら、配下のマリアーナに手を出し、子まで作ってしまった。
「こ、こんな汚い生き物を産ませて!」
「タ、タスティよ……」
辛うじて声を絞り出すサリオル。
「死ね! 死ね!」
タスティは激昂し、赤子に向かって燭台を投げつけた。
子を抱きかかえ庇ったマリアーナの額に直撃。
シーツを赤く染めた。
すぐさま駆けつけるルディ。
「マリアーナ様!」
「い、いいのよ。ルディ」
「手当を!」
手当をしようとするルディを無視し、マリアーナの前に立つタスティ。
「よこせ! 窓から投げ捨てる!」
「お、おやめください!」
「お前がたぶらかしたんだろ! よこせ!」
まるで人と思えぬ形相で赤子を奪おうとするタスティ。
マリアーナの髪を引っ張り、頬に平手打ちする。
その様子を見ても、全く動かない国王サリオル。
たまりかねたルディが、タスティとマリアーナの間に入った。
「わ、私が! 私が! 私が殺します! タスティ様のお手を汚す必要はございません!」
「弟子のお前が? できるのか? あ?」
「できます!」
「ぎゃははは! お前がやれ! やれ! 早くやれ!」
心の底から嫌悪感を抱けるほどの、人間を超えた醜い笑みを浮かべるタスティ。
それとは正反対な、必死な表情を浮かべるマリアーナ。
「ルディ! お願い!」
「お許しください。マリアーナ様。お許しください」
「ルディ! やめて! お願い!」
「お許しください。お許しください」
ルディは赤子を抱きかかえ、窓から投げ捨てた。
「
天才魔術師は小さな声で二言呟く。
「あああああ!」
マリアーナが悲鳴をあげる。
三階から投げ捨てられた赤子。
「陛下! 私は死体を埋葬してきます」
「う、うむ」
ルディはすぐに部屋を出た。
「無事で! 無事でいてくれ!」
タスティの動向が心配だったが、ルディはすぐに赤子を助けに部屋を出る。
庭園へ出ると、大人の膝ほどの位置ほどで、風に守られ宙に浮く赤子の姿が見えた。
何事もなかったように、全く動じず寝ている赤子。
「良かった。良かった」
涙を流し、赤子を抱えるルディ。
「あなた様のお名前はベルベスト様です。この世で最も優れた魔術師の御子。ですが、その名はお捨てください。申し訳ございません。申し訳ございません」
ルディはそっと赤子を地面に寝かせる。
「今から絶対に死なない誓約をおかけします。生きて……必ず生きてください」
ルディは赤子に向けて、持てる魔力の全てを放つ。
「全ての幸運よ! 死を遠ざけよ! ダズ・シッザル・クロプ・アンディ・トゥル! 運命の誓約!」
史上最高の魔術師による、絶対に破られない誓約をかけた。
◇◇
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