第36話 返還された殺し屋

「以上がベルベスト様の……出生の秘密でございます」


 話し終えたルディ。

 瞳には涙を浮かべ、膝の上に置いた手を強く握っている。


「その赤子が俺だと?」

「左様でございます、ベルベスト様。貴方様はロデリック王国現国王の御子でございます」

「俺が国王の子だと?」

「左様でございます」

「馬鹿げた話だ」

「信じられないかもしれませんが、全て真実でございます」


 ルディの瞳を観察するように凝視したが、嘘をついているようには見えない。

 そもそも、こんな嘘をつく必要がない。


「当時の私は宮廷魔術師の一人でした。マリアーナ様は私の師匠でございます」

「そのマリアーナという女が、俺の母親だというのか?」

「左様でございます」

「なぜ貴様はロデリック王国ではなく、グレリリオ帝国にいる? ロデリック王国の宮廷魔術師じゃないのか?」

「国を出ました」

「なぜだ?」

「タスティがマリアーナ様を……あ、あ、暗殺したためです」

「暗殺だと?」

「左様でございます。暗殺者ギルドを使い、自らの手を汚さずに、マリアーナ様を……」

「それはいつだ?」

「ベルベスト様誕生から数日で……」


 噛み締めた唇から血が滲むルディ。

 今さら母親のことを聞かされても、俺には何の感情も湧かない。


「貴様が俺にかけた誓約を説明しろ」

「はい。私がベルベスト様に……」

「やめろ。ヴァンと呼べ。俺はベルベストではない」

「かしこまりました。私がヴァン様に施した誓約は『運命の誓約』と申します。死に直面しても絶対に死にません。ただし二つの力を消費します」

「二つの力? 力とはなんだ?」

「生まれ持った膨大な魔力と幸運です」

「幸運? つまり、俺の不運は貴様の誓約のせいというわけか」

「さ、左様でございます。生きてさえれば、いつか運命は開かれると考えておりました」

「皮肉だな。俺は常に死にたかった」

「そ! そ、そんな……。た、大変申しわけございません」


 今さら過去のことを言っても仕方がないし、ルディに対して怒りはない。

 時間は戻らないのだ。

 苦悶の表情を浮かべているルディ

 ルディの表情や仕草、そして声色などから判断しても嘘はない。

 全て正直に話しているのだろう。

 俺はルディの話を信じる気になった。


「俺に誓約をかけた後はどうしたんだ?」

「ある地方貴族に預けました。ヴァン様が十歳になったら引き取ることを告げ、十年間の生活費を渡しました。そして十年後、密かにヴァン様をお迎えに上がったのですが……。地方貴族はヴァン様を引き取った途端、凋落していたそうです。さらには六歳になった頃、山に捨てたと……。私は激昂し貴族を殺しました。それから二十五年間、ヴァン様を探し続けました。片時もヴァン様のことを忘れたことはございません」


 ルディがソファーから下り、床に正座し平伏した。

 そして、頭を床に擦りつける。


「ヴァン様、私めを殺してください」

「貴様を殺してどうなる? 時間は戻らんし過去は変わらん。それに俺は意味のない殺しはしない」

「で、ですが……」

「まずは俺にかかってる全ての誓約の状況を教えろ」

「かしこまりました」

「ソファーに座れ」


 ルディがソファーに座り説明した。


 ◇◇◇


 俺にかかっている最大の誓約が運命の誓約。

 絶対に死なない代わりに、魔力と運を消費する。

 おれの不運の元凶だ。


 次に暗殺者ギルドがかけた血の誓約。

 誓約相手に対し裏切り行為を行うと死ぬ。

 これはエルザが上書きして、エルザが主となっている。


 なお、運命の制約と血の制約が同時に発動した場合は、運命の制約が勝つ。

 ただし、血の制約である心臓の痛みは発動するので、結局のところ死んだ方がましな程の苦しみが待っているそうだ。


 ◇◇◇


 全ての状況を理解した。


「分かった。貴様を信じよう」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げるルディ。


「誓約は全て解けるのか?」

「はい、可能です。血の制約は上書きではなく、完全に解除できます」

「そうか。では運命の制約はどうだ?」

「これも解除可能です。……ですが」

「なんだ?」

「これまで死なずに済んだ反動が来ます」

「反動?」

「左様でございます。古い暗殺者はギルドの拷問訓練があったかと思いますが、それらも全て運命の誓約で死にませんでした」

「要点だけを言え」

「かしこまりました。本来は死を迎えたであろう事故、怪我、病気など含めて、全ての痛みが発生します」

「それを耐えたらどうなる?」

「体は元に戻ります」

「俺は味覚を失っている。戻るのか?」

「はい。味覚も、欠損した体すらも戻ります。さらには魔力の器も復活します」

「分かった。誓約を解け」

「で、ですが、想像を絶する痛みが……」

「それで死んでも構わん。俺は自由を得る。味覚を戻す。それが俺の夢だ」

「ヴァン様の夢……。か、かしこまりました。誓約を解きます」


 ルディが立ち上がった。

 

「お部屋を移動します。地下室へ行き、そこで解除します。この世の全ての苦しみを超えた激痛が発生します」

「構わん。誰も部屋に近づけるな」

「かしこまりました」

「それでは……解除を行います」


 ◇◇◇


 地下室へ移動し、ルディが誓約解除を行う。

 エルザが上書きした血の制約は簡単に解除完了。

 さすがは千年に一人の天才だ。

 そして自身がかけた運命の誓約解除に取りかかった。


「ヴァン様。どれほど時間がかかるか分かりません。ですが、必ず生きて、生きてください」


 そう言い残しルディが部屋を出た。


「ぐ、ぐぐ。ぐう。ぐうううう」


 まさに想像を絶する痛みがヴァンを襲う。

 床に倒れるヴァン。


「ぐおおおおおおお」


 数々の暗殺者が耐えられずに死んでいった拷問訓練の痛み。

 当時でも失神するほどの痛みだったが、それを超えた部分がヴァンの体に返還された。


 毒訓練の痛み、教官の折檻、人買いの暴力、親だと思っていた地方貴族の虐待。


「ぐおおおおおおおおおおおお」


 三十五年間の痛みだ。


 全身の骨が折れ、内蔵に衝撃が走る。

 肌はただれ、爪は剥がれ、体中から血が流れ、体液が漏れる。

 あまりの痛みに、白髪となった髪は全て抜け落ち、食いしばった歯は全て砕けた。


 痛みの返還は一週間では終わらず、二週間後が経過。

 そこで返還は終了した。

 声すら出せず、床に倒れる一人の老人。

 体を動かすことができず、そのまま死ぬと思われた。

 

 だが痛みの返還が終わると、体の修復が始まる。

 全ての傷が治っていく。

 床に倒れたヴァンが光りに包まれた。

 まさに祝福の光だ。


 修復は二週間かけて行われた。

 体の修復と同時に、巨大な器に三十五年分の魔力が注がれ始めた。

 あまりに膨大な魔力は器を満たし溢れ出す。

 溢れた魔力は偶然にも幸運に変換。

 強烈な幸運によって奇跡が発生し、ヴァンの時間を戻し始める。

 失われた時間がヴァンに与えられた。


 それは十七年の時間。


 十八歳の姿に戻っていたヴァン。

 三十五歳だったヴァンの面影はない。


 流れる黒髪。

 切れ長の瞳に整った顔立ち。

 長い手足に、鍛え抜かれた引き締まった体。


 気品と美しさは、母親であるマリアーナと瓜二つだった。


 ◇◇◇

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