第34話 空漠たる殺し屋

 三日後、俺は城に呼び出された。


「こちらの部屋でお待ち下さい」


 執事に案内され、会議室のような部屋に入る。

 装飾が施された木製の椅子を一つ選び座った。


「ヴァン!」


 扉が開くと、若い女の声が響いた。

 エルザの声だが、白いドレスを着ており見た目ではエルザと分からない。

 旅の間一緒だった、あのうるさいエルザとは思えないほどだ。

 世間ではこれを清楚というのだろう。


「エルザか?」

「そうよ! こんな美少女は私しかいないでしょ!」


 やはりうるさいエルザだった。

 隣にはフェルリートが控えている。

 エルザのお付きを努めているようだ。

 視線が合うと、少しはにかんだ笑顔を浮かべていた。


 そして、一人の老人男性が入室。


「そなたがヴァンか。話は聞いておる。エルフリーゼの護衛ご苦労であった」


 俺に声をかけ、上座に座る老人。


「仕事だ」

「ふぉふぉふぉ、聞いていた通りだな。儂はルディ。グレリリオ帝国の宮廷魔術師だ」


 千年に一人の天才魔術師というルディ。

 齢は六十前後といったところか。

 身長は俺よりも少し低く、背筋は伸びている。

 白く伸びた長い顎髭が特徴だ。


「報酬と合わせて、俺の呪術を解くという話だが?」


 老人が俺の姿を凝視している。

 少し様子がおかしい。

 完全に動きが止まり、瞳孔が開いていた。


「す、すまぬ。そ、そうじゃ。貴様の呪術を解く」

「解けそうか?」

「当然だ。今見て分かった。解析も済んだ」

「なるほど。千年に一人の天才というのは本当か」


 エルザが俺の腕を叩く。


「ちょっとヴァン! 失礼でしょ!」

「構わぬよ、エルフリーゼ」


 白い髭をさするルディ。


「ヴァンとやら、今日は私の屋敷に泊まるが良い。部屋を用意させる」

「いらん」

「呪術を解くのに儂の屋敷で行う必要があるのだ」

「ちっ、分かった」

「後ほど使いを出す。エルフリーゼ護衛の報酬も屋敷で渡す」

「分かった」


 半ば強引に、ルディの屋敷に宿泊することになった。

 危険はないだろう。

 それに以前エルザが俺の血の誓約を解いた時に、俺は意識を失っている。

 呪術を解いたらどうなるか分からない。

 ここは素直に言うことを聞くべきだろう。


「エルフリーゼよ、今日はこのままフェルリートと三人で夕食を取るが良い」

「はい、ルディ先生。お気遣いありがとうございます」


 そう言い残し、ルディは部屋を出た。


「ふふふ。たった三日なのに、随分と久しぶりのような気がするわね」

「毎日一緒にいたからな」

「こんな美少女二人と一緒に旅ができたなんて、ヴァンさんは幸せものね」

「……そうだな」


 反論するのも面倒なので肯定した。

 それを見抜いた様子のフェルリートが笑っている。

 そして城の客室に移動し、三人で夕食を取った。


 ――


 食事を終え宿に戻ると、完全に夜が始まった。

 月が顔を出してしばらく経った頃、宿の扉をノックする音が響く。

 警戒しながら出てみると、一人の執事が立っていた。


「ルディ様の使いの者でございます」


 馬車に揺られ、帝都の一角にある屋敷に到着。

 四階建ての豪邸だ。

 ここがルディの屋敷なのだろう。


 執事に案内され廊下を進み階段を上る。

 三階から四階へ向かうと、執事が立ち止まり頭を下げた。


「ここから先はお一人でお進みください」

「分かった」


 壁には等間隔に蝋燭が並ぶ。

 揺らめく炎が影を作る。

 音はなく静寂に包まれる廊下。

 俺は足音を出さない。


 廊下の最奥にある扉に手をかけた。

 赤い絨毯を歩き、豪華な調度品が並ぶ部屋を進むと、一人の老人が平伏している。


「貴様……ルディか? 何をしている?」


 様子が変だ。

 床に頭をつけ微動だにしない。


「三十五年間、あなたを探しておりました」

「何を言っている?」

「私の罪をお許しください」

「意味が分からん」

「あなたに呪術をかけたのは……私でございます」

「どういうことだ? まず頭を上げろ」


 ルディは動かない。


「頭を上げろ」

「……かしこまりました」


 俺は部屋を見渡し、応接用の三人掛けソファーの真ん中に座った。


「貴様も座れ」

「かしこまりました」


 ルディが正面のソファーに腰掛ける。

 少し前傾姿勢で俯いた状態だ。

 俺の顔を一切見ない。


「状況を説明しろ」

「……かしこまりました」


 ルディは視線を下に向けたまま、声を絞り出した。


「さ、三十五年前の話でございます」

「三十五年? 俺が生まれた年か?」

「さ、左様でございます」


 声が大きく震えている。

 呼吸は荒く、動揺という表現では物足りないほどだ。


「落ち着け。ゆっくりでいい」

「はっ。ありがとうございます」


 ルディは大きく息を吸った。

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