第33話 変貌を遂げる殺し屋
暗殺者たちを振り切り、ロデリック王国の国境を越えグレリリオ帝国に入った。
国境さえ越えれば容易に手出しはできない。
「はあ、はあ」
「ごほっ、ごほっ」
エルザとフェルリートは完全に息が切れている。
「二人とも水を飲め」
俺は水筒を手渡す。
その瞬間、複数人の気配を感じた。
ナイフを構え、迎撃体制を取る。
「ちっ! グレリリオ帝国に潜伏していたのか」
「はあ、はあ。ヴァ、ヴァン。大丈夫よ」
エルザが呼吸を整えながら、小さく呟いた。
「エルフリーゼ様! エルフリーゼ様!」
「ルキオル!」
若い男がエルザに近づく。
俺は警戒したが、エルザが右手を挙げ制した。
「そろそろだと思い、数日前から待機しておりました」
「ありがとう。もう安全かしら?」
「ハッ! もちろんでございます!」
ルキオルと呼ばれた男が跪くと、背後にいた三十人の鎧の者たちも一斉に跪く。
「我ら風の師団一同、エルフリーゼ様のご帰還を心よりお待ちしておりました」
「ありがとう」
「ハッ!」
ルキオルが深く頭を下げる。
中には涙を流す者もいた。
フェルリートが俺の隣に立ち、そっと俺のシャツの裾を掴む。
「ヴァン……」
「大丈夫だ。エルザの配下……風の師団の者だ」
「ねえヴァン。帝都に着いたら私たちはどうなるの?」
「自由になる。フェルリートも好きなことをしろ」
「私の好きなこと?」
「そうだ。エルザに仕えても良いだろうし、薬師になるのものいい。好きに生きろ」
「ヴァンはどうするの?」
「俺はエルザの誓約を解かれ……。正確には上書きされ自由を得る」
「王国に帰るの?」
「いや、帰れんだろう。俺は一生暗殺者ギルドに狙われる」
「じゃあ、どうするの?」
「俺一人ならどうとでもなる」
「好きなことか……」
フェルリートは俺のシャツの裾を離さず、エルザたちの様子を眺めていた。
◇◇◇
エルザの正面に跪くルキオル。
瞳には涙を貯めている。
「一年間の潜入と帰還。ご無事で何よりです」
「ええ、全てヴァンのおかげよ」
エルザがヴァンに視線を向けた。
その表情は信頼に満ち溢れている。
ルキオルも同じように、ヴァンに視線を向けた。
「あ、あの者は何者ですか?」
「私とハルシールで選んだ最強の護衛よ」
「護衛ですか?」
「ええ、そうよ」
「その割には、血の匂いを纏いすぎている……」
「だって殺し屋だもの」
「な、なんですって!」
「大丈夫よ。ハルシールが最も信頼する者だから」
「そうだ! ハルシール師団長は!」
「今も潜入している」
「し、師団長……。何とかご無事で……」
「報告が終わったら、すぐにハルシールを助け出すわよ」
「ハッ!」
師団の騎士たちが、慌ただしく出発の準備を行う。
ヴァンの元へ歩み寄るエルザ。
「ヴァン、フェルリート。私は今後の話があるから一緒の馬車に乗れないの。ごめんなさい」
「構わない」
「すぐに帝都へ向かうわ。五日間かかるから毎日宿場町で宿泊よ。一緒にご飯を食べましょう」
「分かった」
ルキオルの案内で、ひときわ豪華な装飾をされた馬車に乗車するエルザ。
扉には風の師団の紋章が貼りつけられている。
ヴァンとフェルリートは別の馬車に乗った。
◇◇◇
五日後、特にトラブルもなく帝都へ入都。
これまでの旅が嘘だったかのような平穏ぶりだった。
エルザは毎日忙しそうにしており、フェルリートはそんなエルザを尊敬の眼差しで見つめていた。
俺はただひたすら馬車に揺られ、人生で初めて安全というものを味わう日々。
馬車は風の師団の旗が掲げられた建物の前に到着。
ここが風の師団の本拠地だろう。
俺とフェルリートは馬車を下りた。
「ヴァン、ここまで本当にありがとう。あなたのおかげで無事に帰ることができたわ」
エルザがスカートの裾を持ち優雅に一礼した。
「仕事だ」
「ふふふ、あなたは変わらないわね。でも、本当に感謝しているわ」
続いてフェルリートへ視線を向けるエルザ。
「フェルリート。あなたさえ良ければ、私の元へ来ない?」
「え?」
「以前あなたに伝えた通り、今の聖女は徒弟制ではないのよ。だけど、身の回りの世話をする者たちは必要なの。それに、あなたには特別に魔術を教えるわ」
「え? い、いいの?」
「もちろんよ。あなたは聖女の元で修行するのよ」
「うん! あ、はい! お願いいたします!」
「ふふふ。今まで通りでいいわよ」
エルザがフェルリートを抱きしめた。
旅の間、姉妹のような関係性になっていた二人。
フェルリートにエルザのやかましさが伝染らないことを祈るばかりだ。
「ヴァン、まずは帝都でゆっくりして。宿を手配したわ。こちらが落ち着いたら連絡する」
「分かった」
「あなたには報酬を支払うし、誓約に関してもルディ様に見てもらう」
そう言いながら、エルザが姿勢を正す。
そして、帝国式の礼式を行った。
「本当にありがとうございました。あなたのおかげで、無事に帰ってくることができました」
「何だ。改まって」
「も、もう! 素直に感謝してるのよ!」
エルザが俺の胸に抱きついてきた。
「お、おい。部下が見てるぞ」
「いいのよ。ヴァン、本当にありがとう」
両手を俺の背中に回し、胸に頬を当て目を閉じているエルザ。
俺はそんなエルザの頭を撫でる。
特に意味はないのだが、なぜか体が動いた。
「え?」
驚いた表情で俺の顔を見上げるエルザ。
「ふふふ。嬉しい」
少し笑うと、また俺の胸に頬を当てた。
「ヴァン! ありがとう!」
今度はフェルリートが背中から抱きついてきた。
「やれやれ。だが……俺の子守もこれでようやく終わりだ」
「まだ子供扱いしてるのね。まったく。ふふふ」
「私はまだ子供だもん」
俺から離れない二人。
「さあ、お前たちはもう行くんだ。俺は宿へ向かう」
「……分かったわ」
俺は膝をつき、フェルリートに視線を合わせた。
「フェルリート、お前はここで夢を叶えろ」
「う、うん」
「幸せに暮らすんだ」
「ヴァン、ヴァン、本当にありがとう」
大粒の涙を流すフェルリート。
俺は心からフェルリートの幸せを願っていた。
他人に関心をもつのは初めてだ。
それほどフェルリートは不幸だった。
「……ヴァンも一緒に」
「俺は殺し屋だ。お前たちとは住む世界が違う」
「で、でも……」
「いいんだ」
俺はフェルリートの肩に両手を置いた。
そして立ち上がり、エルザに視線を向ける。
「エルザ、フェルリートを頼んだぞ」
「ええ、もちろんよ。私の大切な妹ですもの。それにしても、あなたは本当に変わったわね」
「そうか? もしそうだとしたら、それは……」
「何?」
「いや、なんでもない」
「ふふふ、変なヴァン」
エルザがフェルリートの手を握った。
「それじゃあ行くわよ。フェルリート」
「うん」
二人と別れ、俺は宿へ向かった。
帝都の街道を進みながら、俺が飲み込んだ言葉を思い出す。
「それは……エルザの影響だ」
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