第四章 罪業の魔術師

第32話 戦う殺し屋

 旅にフェルリートが加わってから一ヶ月が経過。

 本格的な夏に入っていた。


「それにしても暑いわね。汗かいちゃったわ。フェルリートは平気?」

「うん。大丈夫だよ」

「前の街で服を買って正解だったわね」


 エルザは半袖の白いワンピース姿で、右手にバッグを持ち、左手で日傘を差している。

 フェルリートは白いシャツに薄茶色のベストを重ね、動きやすそうな同じ色のショートパンツを履く。

 エルザが選んだ服だ。

 年頃の女の子はファッションも大事だと言っていたが、俺にはよく分からない。


「でも、ヴァンは長袖だよ?」

「いいのよ。殺し屋は皆頭がおかしいから」


 フェリートには全てを伝えていた。


 この旅はエルザを帝国に送り届けることが目的。

 俺はエルザの護衛をしている。

 そして、俺が殺し屋ということも。


「ヴァンはヴァンだよ!」


 俺の顔を見つめながら、フェルリートが笑っていた。

 俺には相変わらず美的感覚がない。

 だが、この笑顔を見ていると心が落ち着くような気がする。

 こういった感覚は初めてだ。


「次の街が王国最後だ。ついに国境を越えるぞ」


 長かったエルザの護衛も、国境を越えれば終わりだ。

 ここまで苦難の連続だった。


 少女二人を守りながら、国家情報庁の諜報員たちの相手をする。

 特に魔術諜報員は厄介だった。

 そして暗殺者ギルドに関しては、以前マルヴェスが言っていたように仲介が解かれた。

 俺にかけられた莫大な報酬目当てに、幾人もの暗殺者が襲ってくる。

 二級や一級暗殺者の中でも、特に腕の立つ二つ名を持つ暗殺者も含まれていた。


 狂犬のギョーム。

 腕折りのトロメオ。

 殺人医師ヤルコブ。

 毒王子メルール。

 血染めのタルキニオ。

 祈りのカッチーニ。


 何度も絶望的な危機に直面しながら、返り討ちにした。

 だがその中に、首落としと呼ばれる最強の暗殺者マルヴェスの姿はなかった。


「あれがルツァーノよ! やっと着いたわ」


 エルザが安堵の声を上げる。

 ようやく国境の街ルツァーノに到着だ。

 さっそく宿へ向かい受付を済ませた。


「二人とも、悪いが今日は同じ部屋に泊まるぞ」

「え? なんで?」


 いつもはエルザとフェルリートで一部屋、俺は隣の部屋に泊まっていた。


「最後の街だ。なりふり構っていられないだろう」

「それって、襲ってくるってこと?」

「そうだ。常に動けるようにしておけ」

「え? 泊まらないの?」

「今日は新月だ。宿泊したと思わせ、闇に乗じて国境を越える」

「わ、分かったわ」

「早めに夕食を済ませる。二人は仮眠しろ。深夜に出発する」


 ◇◇◇


「なんで暗殺者ギルドと手を組まなきゃならんのだ」

「それはこっちの台詞だ。国家の犬め」


 お互い言いたいことはあるが、利害が一致している。


 ヴァンが宿泊している宿を諜報員と暗殺者が囲む。

 百人はいるだろう。


「絶対に逃してはならん。エルザはここで殺す」

「ヴァンもここで仕留める」


 ついに国家情報庁と暗殺者ギルドが手を組んだ。


 ◇◇◇


 深夜を迎え、俺たちは宿を出た。

 エルザとフェルリートを先行させ、俺が背後を守る。

 それにしても、感じる気配が尋常ではない。


「ちっ! 追ってきている。十人や二十人ではないぞ」

「そ、そんなに!」

「想定以上だ」

「国境さえ越えれば安心よ!」

「お前たちは走れ! 振り返るな!」

「ヴァンは?」

「最後の仕事だ!」

「ごめんなさい! 死なないで!」

「ああ、美味い料理を食べるまでは死なんよ」

「ええ、たくさん食べさせてあげるから!」


 二人を走らせ、俺は振り返り立ち止まった。

 暗視ができる俺の眼球が、約百人の追跡者を姿を捉えた。

 

「この人数……」


 俺は二本のナイフを取り出した。

 これは以前殺したメアリーが使っていたナイフだ。


「正面から攻撃なんて、もはや暗殺ではないな」

「そうなんだよ。もう暗殺とか言ってられねーんだよ」


 背後から声が聞こえた。

 俺に気配を感じさせない暗殺者は一人しか考えられない。


「貴様! マルディス!」

「長老会の命令でね。わりーけどヴァン、死んでくれ」

「お前が死ね」

「あははは。お前、本当におもしれーな」


 首落としのマルディス。

 糸と呼ばれる武器で、周囲の人間の首を切り落とす。

 さらに魔力持ちと発覚した。

 中間距離では無敵を誇る糸は接近戦に弱い。

 だが、接近しても魔力で自在に糸を操る。

 ギルド最強の暗殺者だ。


「さて、おっ始めようぜ!」

「ちっ!」


 糸には油が有効だが、今は持っていない。

 正面から迫る百人の諜報員と暗殺者。

 そして、背後には最強の殺し屋、首落としのマルディス。


「俺は死なん」

「お前、マジで人変わったな。あんなに死にたがってたのに、よっ!」

「くっ!」

「まーた避けやがった」


 マルディスが繰り出す糸を最小限の動きで避ける。

 上半身のいたる所に裂傷が生れ、鮮血が飛ぶ。


「くそ!」

「どうだ! 魔力を込めた糸の威力は!」

「ぐっ!」

「ほらほら、どうした! 攻撃範囲を広めるぞ!」


 正面から来た諜報員たちの攻撃も始まった。

 マルヴェスの糸を避けつつ、右手のナイフで諜報員の首筋を切る。


「ぐはっ!」


 左手に持つ黒塗りの影ナイフでもう一人の首を切る。


「ぐうっ!」


 だが、諜報員たちは怯まず俺を囲う。


「ぎゃっ!」

「ぐっ!」

「は?」


 俺に辿り着いた三人の諜報員たちが短い悲鳴を上げると、次の瞬間には首が落ちていた。


「おいおい、てめーら! 俺の周りに来るんじゃねーよ! 死ぬぞ!」

「貴様、マルディスか! 仲間を殺すな!」


 暗殺者の一人が怒鳴り声を上げた。

 あいつは一級暗殺者のジルモンドだ。

 軍師ジルモンドと呼ばれ、計画的な行動に秀でている。


「ジルモンドか! お前らが勝手に死ぬんだろうが! 俺に殺されるな! ヴァンを殺せ!」

「ちっ! お前ら同期か! 裏切ったか!」

「できるわけねーだろ! 誓約があるだろうが!」


 そう言いつつも、マルディスの周りで次々に首が落ちていく。


「あいつ。裏切らずに、俺を本気で殺すつもりで周りを巻き込んでるのか」

「マルディス! 貴様!」


 叫ぶジルモンドに、俺は投げナイフを投げつけた。

 だが、さすがは一級暗殺者だ。

 マンゴーシュで華麗に捌く。


「がはっ!」


 しかし、二投目の影ナイフには気づかなかったようだ。

 ジルモンドの眉間に突き刺さる影ナイフ。


「ひゅー! えげつないねー!」

「お前の方こそな」

「って、あのナイフ。メアリーの投げナイフじゃね?」

「そうだ。使ってやろうと思ってな」

「お前、いいとこあんじゃん。殺したのお前だけど」

「追悼だ」

「あははは、おもしれーやつ!」


 俺はマルディスと激しい攻防を繰り返す。

 その戦いに巻き込まれた諜報員と暗殺者。

 いつの間にか百人の諜報員を殺害。

 死体の六割が首を失っている。


「俺の方が多いな! ヴァンに勝ったぜ!」

「最後に笑うのは俺だ」

「え? お前、笑ったことないだろ?」


 軽口を叩きながらも、糸を繰り出すマルヴェス。

 俺はメアリーのナイフで対抗しつつ、国境側へマルヴェスと体入れ替えた。


「貴様とはもう二度と会うことはないだろう」

「は? 逃すわけねーだろ」


 マルヴェスが話し終える前に、俺は国境へ走り出した。


「人の話を聞け!」


 マルヴェスが追ってくる。


「くそ、昔から足の速さは敵わねーんだよ」


 マルヴェスの声が聞こえたが、俺は振り返らずに全速力で走った。


 ◇◇◇


「くそー、マジか。逃げられちまった! さすがに俺も国境は越えられねー」


 心底悔しがるマルディス。

 国境を越えたヴァンの後ろ姿を眺めることしかできなかった。


「次は殺す。ってか、長老会になんて言い訳すっかな。やべーな」


 右手で後頭部を掻きむしるマルヴェス。


「しかし……、あいつ変わったな」


 その口元は僅かに緩んでいた。


 ◇◇◇

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