第7話 つけられた殺し屋

 このところ仕事が続いていたため、今日は久しぶりの休みとした。

 近頃の王国は情勢が不安定とはいえ、俺も経験したことがないほど忙しい。

 毎日誰かが誰かを殺したいと思っている。

 この世は恨みや憎しみで溢れているのだろう。


 人の闇に触れる俺の仕事だが、人間嫌いの俺は依頼内容や依頼者を詮索しないし、そこに感情などない。

 ただ仕事を全うするだけだ。


「ここら辺だと思うが」


 俺は王都ロデリーで最大の商店街がある第八街区を歩く。

 最近評判のレストランへ行くためだ。

 

 味覚がない俺の夢は、いつか美味いものを食べること。

 それは叶わぬ夢だと知っている。

 だから、せめて美味いと評判の店で食べることが俺の趣味だ。


「つけられてるな」


 先程から感じる追跡の気配。

 しかも、これは訓練された者の追跡だ。 

 何度か振り切ろうとするも、辛うじてついてくる。


「腕は良いようだ」


 俺は狭い裏通りへ進み、角を曲がり、一瞬だけ姿を消す。

 その隙に二階建ての屋根に飛び乗り、気配を消した。

 追跡者が急いで追ってくる。


「ああもう! 私の追跡をまくなんて信じられない」


 呟く女の背後に降り立ち、頭部を掴む。


「ま、待って、ヴァン!」


 頭を捻って首を折ろうとしたが、聞き覚えのある声だったため手を止めた。


「お前は、メアリーか」

「ヴァン、ごめんなさい」

「なぜ俺をつける? 返答次第では殺す」

「違うの! 待って! お願い!」


 俺をつけていたのは、暗殺者ギルドのメアリーだった。

 二十代と若く、妖艶で美人と評判の二級暗殺者だ。


 長く伸びた手足に、豊満な胸。

 その胸を強調するかのように、胸元が大きく開いたシャツ。

 雪のようなきめ細かい白い肌。

 金色の長髪を髪留めで巻き上げている。


 暗殺者ギルドは、殺し以外にも諜報活動を行う。

 メアリーは殺しより、スパイとしての評価が高い。


「ヴァンの姿を見つけて、嬉しくてついてきちゃったの」

「嬉しくて追跡だと? 頭おかしいのか」

「ねえ、どこへ行くの?」

「人の話を聞かない女だ」


 メアリーが腕を組んできた。

 胸を押しつけてくるが、俺は全く興味がない。

 腕を振りほどく。


「関係ないだろう」

「私も今日は休みなの」

「私も? なぜ俺が休みだと知ってる」

「私の元には色々と情報が入ってくるのよ」

「ちっ。もういい。消えろ」

「ねえ、これから食事へ行かない? 美味しい店があるのよ。あなたの趣味、知ってるわよ?」


 これからレストランへ行くなんて伝えれば、絶対についてくるだろう。


「ふう、仕方がない」

「うふふふ、やったね」

「帰る」

「なんでよ!」


 俺は表通りへ戻ろうと、メアリーに背を向けた。


「ねえ、最近評判のレストランへ行くんじゃないの?」

「お前、初めから知っていて、つけてきたのだろう? どこで知った?」

「企業秘密よ。ほら、行きましょう」


 メアリーが俺の腕を掴み、歩き始めた。


「ご馳走するから」

「いらん」


 メアリーに引っ張られ、強引に店へ連れて行かれた。


 ――


 目的だった第八街区のレストランへ入店。


 広いホールに並ぶ丸デーブルには、純白のテーブルクロスが敷かれている。

 これは東方の国から輸入している高級シルクだ。

 天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、生演奏されているチェンバロの音色が響く。

 壁際には高級な調度品が飾られ、数百本のワインが保管されている。


「ね、私がいて良かったでしょう。ここは一人で来るようなところじゃないのよ」

「俺は一人でも来る」

「あのねえ。大人なんだから状況を考えなきゃだめよ? あなたが良くても、店や周りの客から見たら不審に思うのよ」

「説教しに来たのか? 帰るぞ」

「うふふふ、ごめんなさい。そうよね、食事を楽しみましょう。コースで良いわよね」


 注文するメアリーは手慣れていた。

 スパイが本職だ。

 こういった場所を多く経験しているのだろう。


 さっそくワインが運ばれてきた。


「このワインは西方の国で生産されたものよ。味は重厚で濃厚。余韻は長く程よい渋み。今日のコースに合うわよ」

「詳しいな」

「職業柄ね」


 給仕がワインをグラスに注ぐと、薔薇のような香りが広がった。


「確かに匂いは良い」

「そうでしょう? 香りの王様と呼ばれているワインだもの。あなた、嗅覚はあるでしょう? だからこれにしたのよ」


 その後も提供される料理の味を細かく説明するメアリー。

 俺は一度も美味いものを食べたことがないため、説明されても味のイメージは湧かない。

 だが、味を感じながら食べているような気分になった。


「どう? 味わってるように感じるでしょう?」

「そうだな」

「あなたの役に立てて良かった」

「で、見返りは何を求めてる?」

「え? そんなものないわよ。愛する人と食事をしたかっただけよ」


 片手にワイングラスを持ち、微笑むメアリー。


「嘘をつくな。あの窓際の男だろう?」

「もう……さすがね。そうよ。私が受けた任務のターゲットだった」

「あれは……。第三街区の司教か? 聖職者がターゲットだったのか?」

「よく知ってるわね。裏の顔があるのよ。あいつは快楽殺人者。貧困層を狙い、神の教えと称して殺人を繰り返す」

「他人に興味はない」

「目的の情報はもう手に入れたわ。だけど本当に変態だった。任務は終わったのだけど、知れば知るほど世に放ってはいけない男だと思ってね。始末したかったのよ」

「それを俺にやれと?」


 メアリーがグラスに口をつけた後、舌で唇を舐めた。

 妖艶と言われる仕草の一つだ。


「質問したいだけよ。何かいい方法はないかしら?」

「自分で考えろ」

「お願い。諜報は得意だけど、殺しは不得意で……」


 俺はワインを口に含む。

 メアリーの嘘に呆れながら。


「嘘を言うな。お前、普段はナイフを使うだろう? 双艶のメアリー」


 実力のある暗殺者の中には異名を持つ者がいる。

 メアリーはその妖艶さと、二本のナイフを使うことからそう呼ばれていた。 

 二本のナイフ使いは恐ろしく厄介な存在だ。

 ナタリーも達人の域に入ると聞いている。


「あら、私のこと知ってくれてるのね。嬉しい。もしかして、私のこと好きなの?」

「帰るぞ」

「ごめんなさい。怒らないでよ」

「呆れてるだけだ」

「暗殺の成功率を上げたいの」

蛇印草ライパンの毒をナイフに塗れ」

「え? 蛇印草ライパン? 青剣花セミュウじゃなくて?」


 蛇印草ライパン青剣花セミュウは、猛毒を持つ植物だ。

 両方とも、初夏から夏にかけて山林で繁殖する。


 青剣花セミュウの毒は即効性があり、効果は絶大だ。

 だが、あまり知られてないが、金属に触れると稀に毒素が弱まることがある。

 その点、蛇印草ライパンは毒性も高く、ナイフに塗っても効果は持続する。


「現在は青剣花セミュウの毒が主流だが、ナイフに塗るなら蛇印草ライパンの方が良い」

「へえ、そうなのね。ありがとう」


 両手で頬杖をつき、真っ直ぐ俺を見つめているメアリー。


「ねえ、あなたには効くの?」

「俺に毒は効かん」

「やっぱり古い暗殺者は怖いわね」


 メアリーの視線が窓際の男に移った。


「あ、トイレに立ったわよ」

「ちっ、それが目的か」

「うふふふ、ここはご馳走するわ」


 俺は席を立ち、フォークを手のひらに隠す。

 そして、トイレへ向かった。


 席に戻るとワインのボトルが追加されていた。


「早かったわね。本当に凄いんだから」

「大したことはしてない」

「ワインを注文しておいたわ。凄く良いワインよ。せっかくだし飲みましょう」


 しばらくすると、騒然となった店内。

 俺たちはワインを飲み干し、自然な立ち振舞で店を出る。


「すっかり暗くなったわね」


 街灯に火を灯す点灯夫が仕事を終えていた。

 街道まで出ると、歩幅を広げたメアリーが俺の前に立つ。


「美味しかったわね」

「お前、始めから全て仕組んでいただろう?」

「うふふふ、ありがとうヴァン。大好きよ」

「二度と俺に近づくな」

「食事楽しかったわね。また行きましょう」

「人の話を聞かない女だ」


 最後に唇を重ねてきたメアリー。

 無理やり舌を絡めてくる。


「やめろ」

「じゃあ、またね。愛してるわ、ヴァン」


 メアリーが姿を消した。

 それと同時に、俺の背後に五人の男の気配を察知。


「ちっ。メアリーのやつ、ここまで仕組んでいたのか」


 振り返ると、全員ナイフを握っていた。


「おい! あの女はボスのものだ! 手を出すんじゃねえ!」

「裏通りへ連れて行け!」


 今日だけでメアリーの処理が二件分で六人だ。

 食事代なんかじゃ割に合わない。

 だから人に関わりたくない。

 裏切り、策略、陰謀、うんざりだ。


「ろくでもない一日だった」

「何言ってる! 早く来い!」


 俺は点灯夫が置いていった点火棒を拾い上げる。


 ――


「あんたも運がなかったな」


 裏通りには、五人の男の死体が転がっていた。

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