第6話 運命を受け入れる殺し屋

 暗殺者ギルドという組織がある。

 ロデリック王国の地下深くで活動している非合法組織だ。

 その存在を知るものは少なく、一般人が接触することは不可能に近い。


 名前の通り、依頼を受けて殺人を行う。

 個人的な恨みから、国家的な暗殺まで何でもだ。

 殺人以外に諜報活動や陰謀も行う。


 似たような組織でいうと、冒険者ギルドが有名だろう。

 だが、華やかな冒険者ギルドと違い、暗殺者ギルドには重い掟がある。

 ギルドへ登録する際に行う『血の誓約』と呼ばれるものだ。

 それはギルドに伝わる古の呪術だという。


 血の誓約の内容は三つ。

 口を割らない、裏切らない、ギルドを辞めない。

 これを破ると誓約が発動し、心臓が停止する。

 実は心臓というものは、止まってもすぐには死なない。

 苦しみだけが残る。

 俺は拷問訓練で心臓を止められた経験を持つが、本当に苦しい。

 その上、血の誓約の罰が加わり、地獄のような苦痛の末に死んでいく。

 実際に過去何人も血の誓約で死んでいる。

 その姿はもがき苦しみ、世にも恐ろしい形相だった。


 暗殺者ギルドに身を置けば、血の誓約で一生抜けることはできない。

 抜ける時は死ぬ時だ。

 だが、俺は死んでも良いと思っているし、死ねるものなら死にたい。


 俺は親に捨てられている。

 生まれてからずっと父親の恐ろしい暴力を受け、母親の執拗なまでの誹謗中傷に晒されて生きてきた。

 肉体的にも精神的にも地獄の毎日。

 それほど自分の子供が憎い存在であれば、なぜ殺さなかったのだろう。

 殺された方がマシだった。


 その地獄は六歳で終わる。

 六歳で山に捨てられた。

 実際に六歳だったか分からないが、親が発した最後の言葉で「このガキのせいで六年間……」だけは聞き取れたから六歳なのだろう。

 誕生日なんて知る由もない。


 捨てられた後は、山を彷徨い空腹と寒さで倒れたところを助けられた。

 そこで偶然出会ったのは貴族だったなんて、物語のようにいくわけがない。


 俺を拾ったのは人買いだ。

 奴らはタダで人を拾ったと、大喜びしていた。

 そこから新しい地獄が始まる。

 劣悪な環境での集団生活。

 だが、それもすぐに終わった。


 暗殺者専門の育成機関が俺を購入。

 拾った子供、誘拐した子供、買ってきた子供を暗殺者として育てる機関だ。


 俺はそこで厳しい訓練と、様々な知識を叩き込まれた。

 数学、科学、言語、医療、歴史や社会情勢など様々な学問、そして人を殺す技。


 食事は必ず毒が入っており、毒の成分、色、味など全てを身体で覚えさせられた。

 結局、行き過ぎた毒訓練のせいで、味覚なんてとうに失われている。

 毒の味を覚えるために味覚が失われたなんて、笑い話にもならない。


 生まれてから親に与えられた食事は、残飯や腐ったものだけ。

 人買いの食事には、泥や汚物が混ざっていた。

 育成機関では毒入りの食事。


 俺は人生で一度もまともな食事をしたことがない。

 今はこうして金を稼ぎ、好きなものを食べられるようになったが、味覚がないので何を食べても一緒だ。

 美味いという感覚が分からない。

 一度で良いから美味い食事を味わってみたかった。

 もう二度と叶わない俺の夢。


 育成機関の訓練は壮絶だった。

 生まれてからずっと地獄だったが、本当の地獄は育成機関の拷問訓練だ。

 それまでの地獄が生ぬるいと感じるほど。


 体中に、おぞましい傷が刻まれる。

 暗殺者には不要ということで、生殖器まで切られた。

 しかも拷問訓練を兼ねているので、麻酔なんかあるわけがない。

 この訓練は、十人中一人か二人が生き残ればいい方だった。

 あまりに壮絶で死亡率が高すぎるため、今では生殖器の切断は廃止されている。


 毎日が地獄で、死んだ方がマシだった。

 実際、何度も死のうとしたが、運悪く必ず失敗する。

 毒は効かないし、首吊りしてもロープが切れ、飛び降りると何かに引っかかる。

 結局死ねず、バレて教官から恐ろしいほどの折檻を受けるのだ。


 そのうち俺は死すら諦める。

 そこから優秀な成績を収めるようになった。

 だが、当然のように嫉妬され邪魔をされる。

 酷いイジメ、裏切り、嘘や流言に足を引っ張られ、教官から折檻を受ける日々。


 俺は本当に運というものがない。

 特に人との出会いに関しては絶望的だ。

 俺が出会った人間で、まともな奴なんていなかった。

 人なんて最も関わりたくない。


 そんな地獄も十八歳で終了。

 育成機関の卒業と、暗殺者ギルドへの登録だ。

 しかし、そこで血の誓約が行われ、暗殺者から足を洗うことができなくなった。


 俺は一生この不運という呪いから逃れられない。

 本当は死にたい。

 だが不運ゆえに、俺の願望は受け入れられない。


「生きるしかない」


 俺は運命を受け入れ、一生懸命真面目に生きていくことにした。


 そう、殺し屋として。

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