第5話 絡まれる殺し屋
俺はカジノから暗殺者ギルドへ戻った。
俺を出迎える隻腕の仲介人リヒター。
リヒターは元殺し屋で、引退して仲介人となった。
ギルド所属の暗殺者は、古の呪術である『血の誓約』によりギルドを辞めることができない。
そのため引退すると、ギルドの職員になるのが通例だ。
「ヴァン、お前早すぎるぞ? まさか当日中にやるとは思わなかった」
「ああ、ちょっとトラブルに巻き込まれて、すぐに殺さなければならなかったんだ」
「相変わらず運がないな。とはいえ、今回は運が良かったのか?」
「いや……」
またしても人との遭遇が邪魔をした。
本当に俺は不運だ。
もう人に関わりたくない。
「まあ今日はゆっくり休め、さすがに連日仕事ばかりで疲れただろう?」
「ああ、そうだな。しばらくゆっくりするよ」
報酬の金貨を受け取り、俺はギルドを出た。
下水道から地上へ戻ると、広い街道で乗合馬車に飛び乗る。
車掌に銅貨を一枚渡す。
馬車はいつでも好きな時に乗り降り可能だ。
しばらく進み、中級から下級労働者が多く住む第十街区で降りた。
馬車を降りた場所から自宅までは、まだかなりの距離があるが、職業柄追跡されることがあるので、俺はいつも帰宅ルートを変えていた。
「おい! 貴様何してる!」
怒鳴りながら、街の巡回兵が近づいてきた。
俺はただ歩いていただけなのだが、すぐこういうことになる。
「貴様、怪しいな」
「ここら辺は初めて来た。食堂を探してる」
俺は銅貨を五枚取り出し、兵士にだけ見えるように手のひらに乗せる。
「くくく。よく分かってるな。この先に美味い魚の店があるぞ」
握手しながら、兵士に銅貨を握らせた。
兵士とのトラブルは避けたい。
潔白を証明できれば問題ないのだが、俺の場合は不運が重なり間違いなくトラブルに発展する。
であれば、とっとと金を渡した方が早い。
兵士が指差した方向へ進むと、一軒の食堂があった。
「せっかくだ。飯を食っていこう」
味覚はなくとも、食事を取る必要はある。
「いらっしゃいませ!」
若い女性店員が席に案内してくれた。
「今日のお勧めは牡蠣です。良い大きさのものが入ったんですよ」
「鯛のカルパッチョと、牡蠣の網焼きを頼む」
「かしこまりました! このメニューに合うワインがあるんてす! 美味しいですよ! いかがですか?」
この女性店員はなかなか商売上手だ。
俺でも味わってみたいと思わせる。
「そうだな、一緒にもらおうか」
「ありがとうございます!」
店内には俺しかいない。
さすがに注文を忘れられることはないだろう。
しばらくすると鯛のカルパッチョと、焼かれた牡蠣が煙を立てながら運ばれてきた。
香ばしい匂いが店内に広がる。
「牡蠣は熱いので、お気をつけくださいね」
「ああ、ありがとう」
テーブルでワインを一杯注いでくれた。
ワインを飲み、鯛の刺し身をつまみ、熱いままの牡蠣を口に運ぶ。
味は分からない。
だが、きっと美味いのだろう。
「ん? つけられたか?」
食べ終わる頃に、店外で不穏な気配を感じた。
俺を待ち伏せしているようだが、あまりに未熟だ。
「ふむ、三人か」
俺は大きな牡蠣の貝殻を一枚抜き取った。
そして、右手を挙げ店員の若い女性を呼ぶ。
「会計を頼む」
「かしこまりました! お味はいかがでした?」
「ん? ああ、美味かったよ」
味覚がなくとも、社交辞令くらいわきまえている。
「ありがとうございます! お兄さん、また絶対来てくださね!」
支払いを済ませ店の外へ出ると、三人の若い男が俺を囲んだ。
「おい、おっさん。さっき兵士に金渡しただろ。俺らにも金くれよ。へへへ」
「何のことだ?」
「見てたんだよ!」
どうやら先程のやり取りを見られた模様。
「おい! 三人分出せ!」
「大人しくしないと怪我すんぞ!」
三人ともナイフを持っている。
だが、持ち方も構え方も未熟だ。
俺は辺りを見渡す。
巡回兵はおらず、ちょうど通行人が途切れた。
「分かった。あの路地で渡す。他に見られたくない」
「へへへ。物分りのいいおっさんだぜ」
俺は裏路地に入った。
男たちもついてきている。
「おい、おっさん! どこまで行くんだよ! 早く出せ! 殺すぞ!」
「ここら辺でいいか」
俺は振り返りながら、牡蠣の殻で、一人の喉を切り裂く。
飛び散る鮮血。
「ぎゃっ!」
喉を押さえながら倒れる男。
「な、何だ!」
「ひいぃぃぃぃ!」
俺はそのまま独楽のように回転しながら、残り二人の喉も切り裂いた。
裏路地に倒れる三人。
「偽装しておくか」
三人が持っているナイフを一人ずつ喉に刺す。
そして銅貨を六枚地面に転がし、男たちが喧嘩して殺し合ったように偽装。
「あんたも運がなかったな」
俺の不運で絡まれてしまったが、男たちにとっても不運な結果となった。
――
「すっかり遅くなった」
絡まれたこともあり、今日はいつもより複雑なルートを使い、時間をかけて帰路につく。
日が暮れた頃、第七街区の高級住宅街に入った。
俺の自宅は高級住宅街の、さらに高級集合住宅にある。
貧困街では不運な出来事が起こりやすく、窃盗、盗難、空き巣の可能性が高い。
先程のように兵士も信用ならないし、ごろつき共にも絡まれる。
その点、高級住宅街は治安が良く、盗難等の心配はほとんどない。
物乞いもおらず街は綺麗だ。
家賃は高いが、仕事しかない三十五歳。
金は持っている。
金のかかる趣味なんてないし、そもそも欲がない。
俺の人生は殺しだけだ。
自室に入り、棚にある大きな壺へ無造作に金貨を落とす。
美しい金属音が鳴り響き、積み重なっていく金貨。
増える金貨が俺の生きている証だ。
何に使うわけでもなく、ただ増えることだけに意味を見出していた。
「空気を操る娘か」
俺の脳裏に、カジノであった娘の顔が浮かんだ。
娘が使っていた不思議な力。
あれは間違いなく魔術だ。
俺には魔力がなく魔術のことは分からない。
だが、あの力は信じられないほどの脅威だった。
「またね、か。もう会いたくないがな」
手に持つ最後の金貨を壺に投げ入れ、ソファーに座り目を閉じる。
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