第4話 認める殺し屋

 俺と娘はカジノホールの裏に連れていかれた。

 控室のようで、そこそこ広い部屋だ。

 娘は椅子に座り、俺はその真横に立つ。


 イカサマをしたディーラーと、俺を怒鳴りつけた大男が正面に立ち、こちらを睨みつけている。

 娘の様子を伺うと、恐怖や焦りはなく、表情や呼吸は全く乱れてない。

 十七、八歳にしか見えないのに、この度胸は何なんだ。


「オーナー!」


 オーナーと呼ばれる男が部屋に入ってきた。

 白いスーツに小綺麗な身だしなみ。

 髪型はオールバック。

 痩せ型で長身、眼光は鋭く、左頬に刀傷。

 俺には分かるが、何人も殺している空気を纏っていた。


 資料通りの容姿だ。

 こいつが今回のターゲットで間違いない。

 資料によると、マフィアの幹部でもあるそうだ。


「こんな子供がイカサマを?」

「はい! カードを操作していました!」


 返事をしたディーラーは、かなり緊張している様子だ。

 オーナーを恐れているのだろう。

 このオーナーはナイフ使いで、相当な実力者だと分かる。

 指先に見えるナイフ使い特有のタコが、それを証明していた。


 娘が大きな溜め息をつく。


「先にイカサマをしたのはそちらよ? しかも子供だましの内容。あまりに幼稚で驚いちゃったわ」


 捕まってなお煽る娘。

 この胆力には俺も感心する。


「ふ、ふざけんな! バカにするんじゃねーぞ!」


 その言葉を聞いたディーラーが、予想通り激昂した。

 だが、オーナーが手を挙げて制する。


「待て。声を荒げるな。相手は子供だぞ? 適当なことを言ってるだけだ」

「適当って……。はあ、やだやだ、ちゃんと見たわよ。カードに特殊な塗料を塗ってたでしょ?」

「ほう……お嬢ちゃん証拠は?」

「証拠はないわね。どうせもう片づけてるでしょう?」

「わっはっは。証拠もなくイカサマと騒ぐのはいけないな、お嬢ちゃん」


 オーナーは笑いながらも、冷酷な視線で娘を睨む。

 だが娘は意に介さず、なぜか横に立つ俺の顔を見上げていた。

 そして、俺に片目を閉じる娘。

 合図を出しているつもりだろうか?

 俺がカードを抜き取ったことを知っているようだ。


「ちっ、仕方がない」


 小声で呟きながらも、娘の希望に沿うことにした。


「証拠ならあるぞ」


 俺はオーナーに向かって、先程持ち出したカードを掲げる。


「塗料が塗られたカードだ」

「お前らがあらかじめ準備したカードだろうが」

「テーブルから持ってきた物だ」

「うちのカードって証明できるのか?」


 言いがかりもいいところだが、相手はマフィアだ。

 まともに話が通じるわけがない。


「ふうう。結局こうなるか……」


 俺は手に持つカードで、正面に立つディーラーの首を切り、そのままカードを大男に向かって投げた。


「ぐがっ! が、が、ひゅー、ひゅー」


 喉にカードが突き刺さり、両手でもがいている大男。

 呼吸の度に喉から漏れ出す空気。

 そのまま前のめりで倒れた。

 その横では、首から鮮血が吹き出し痙攣しているディーラー。


 俺は一気に二人を殺し、オーナーに接近する。


「き、貴様! どこのもんだ!」


 オーナーのナイフが俺の喉を狙う。

 この鋭さはさすがだ。

 俺以外なら一瞬で頸動脈を切られていただろう。

 だが俺は攻撃をかわしながら、ナイフを持つオーナーの右手指を三本、カードで切り落とした。


「ぐわああああ!」


 叫ぶと同時にナイフを落とすオーナー。

 もうナイフは持てないだろう。

 片膝をつき左手で右手の傷口を抑えている。


 俺は拾ったナイフをオーナーの首筋に軽く当てた。


「ぐ、ぐうう。ま、待て! 俺に手を出すとどうなるか分かってんのか!」

「俺には関係ない」

「や、雇われの殺し屋か? まさか暗殺者ギルドか? そ、その腕なら倍出す! いや、三倍出すぞ!」


 命乞いする者は、全員同じ言葉を口にする。


「あんたも運がなかったな」


 ナイフで首を切り任務完了。


 俺は椅子に座る娘に視線を落とす。

 殺すべきか。


「いや、やめておこう」


 大口を叩くが娘だが、どうせ何もできないだろう。

 むしろ関わると面倒だ。


「待ちなさいよ! あなた暗殺者ギルドの殺し屋でしょ?」


 俺の正体を言い当てからには殺す。

 意味のない殺しはしないが、正体がばれるのは避けたい。

 俺は無言で、娘の喉をナイフで切りつけた。


「なっ!」


 頸動脈を切ったと思った瞬間、ナイフごと手が弾かれてしまった。


「ど、どういうことだ?」

「い、いきなり殺す? 信じられない!」


 娘は椅子に座ったまま、俺を睨みつけている。


「私みたいな可愛くてか弱い美少女を躊躇なく殺す? あなた頭おかしいんじゃないの?」


 どうやったのかは分からないが、ナイフのせいかもしれない。

 やはり運がない。

 俺はナイフを捨て、手刀で娘の喉を狙う。


「やめなさい!」

「ぐっ! か、体が……」


 体が動かない。

 さらに呼吸もままならない。


「い、息が……」

「苦しいでしょう? 少しだけ呼吸させてあげるわね」

「な、何だと?」

「あなた、本来なら今ここで私に殺されたのよ? 感謝しなさい」


 拷問器具に縛りつけられたかのように、俺の全身が何かに拘束されている。

 指先すら動かすことができない。

 辛うじて呼吸ができる程度だ。

 それも、この娘に許されているから呼吸できる様子。


「ぐぅぅ」

「無理よ。絶対に動かないわ」

「ぐぐぅぅ」

「ねえ、私に逆らっても無駄なの分かった?」


 俺は必死に体を揺らすも、全く動かない。


「強情ね。このままここに放置してもいいのよ?」

「わ、分か……った」


 これはもう認めるしかない。

 この娘の力は絶大だ。


「ふふふ。やっと認めた」


 突然、身体が軽くなり、呼吸ができるようになった。


「はあ、はあ」

「私の力は分かったかしら?」

「で、何をした?」

「はあ? いきなり冷静になる? あれほどのことをされたのに。全く……これだから殺し屋は……」

「質問に答えろ」

「はいはい。私は空気を操るのよ」

「空気を?」


 俺は大きく息を吸う。

 肺一杯に空気を入れ、呼吸ができなくなった時に備える。


「もう何もしないわよ。安心して」


 笑顔を見せる娘。

 油断はしないが、その言葉を信じることにした。

 この娘がその気になれば俺を殺せるからだ。


「あなた、これは貸しにしておくわ」

「貴様が俺を巻き込んだのだろう?」

「貴様ですって? まあいいわ。ここの処理は私がしてあげるわよ。殺し屋さん」

「別に頼んでないが?」

「もう強情ね。いいわ。私とあなたは会っていない。あなたの任務は成功。これで満足?」


 俺の選択肢としては、この娘の言うことを聞くしかない。

 小さく頷く。


「ふふふ。素直ね。じゃあ、普通に出ていっていいわよ。ここは私が適当にやっておくから」


 俺は扉へ歩き始めたが、確認したいことがあり振り返った。


「一つ聞いていいか?」

「何かしら?」

「なぜカードのイカサマが分かった?」

「空気を調整して、光の角度を変えたの。そうすると見えるのよ」

「貴様の存在がイカサマのようなものだな」

「酷い言われようね」

「礼は言わない」

「別にいいわよ。じゃあまたね。殺し屋さん」


 俺は扉のノブを掴み、無言で部屋を出た。

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