第3話 巻き込まれる殺し屋
ロデリック王国の王都ロデリー。
巨大都市の第十三街区の地下を、迷路のように流れる下水道。
その奥深くに存在する暗殺者ギルドの本部。
「ヴァン。これが今回のターゲットだ」
ギルドの一室で、仲介人のリヒターから書類を受け取った。
「カジノのオーナー?」
「そうだ。このカジノで破産者が続出しているらしい。イカサマがあるようだ」
「パスだ。ギャンブルはやらん」
「お前がやるわけではないだろ?」
「ギャンブルには関わりたくない」
「まあ確かにお前は不運だけどさ……」
俺はとにかく運がない。
三十五年の人生を振り返って、良いことは何一つなかった。
ギャンブルなんて一度も勝ったことがない。
そもそも、二択の選択肢すら一度も当たったことがない。
二択を外し続ける方が、奇跡的な確率になるというのに。
俺の人生は全て悪い方向へ進む。
必ずだ。
「破産するまでギャンブルをやる方が悪い」
「ぐっ、殺し屋のくせに正論を」
「俺は帰る」
前回の娼婦暗殺の報酬を受け取り、出口に向かって歩く。
「ま、待てって! 報酬は金貨三枚。追加でさらに二枚払う! どうだ!」
俺は人生に目的や欲がなく、ただ生きてるだけの存在だ。
美味いと評判の店へ行くことが唯一の趣味ではあるが、別に行かなくても構わない。
全ての欲がない俺にとって、金貨が増えていくことだけが生きている証だと思うようになっていた。
金を貯めて何か欲しい物があるわけでもない。
増えるということだけに興味がある。
「分かった。今回だけだぞ」
「やってくれるか! ありがとう! 依頼書はどうする?」
「内容は覚えた。燃やしていいぞ」
「はは、さすがだな。じゃあ頼んだぞ。不運の殺し屋ヴァン」
俺は調査のために、目的のカジノへ向かった。
一般的な暗殺の方法は、単純な襲撃や待ち伏せ、毒殺、不幸な事故に見せるなど様々だ。
魔術や呪術なんかもあるが、術式から術師が特定されるため使用者はほぼいない。
もし使うとしても、補助的な使用に留めるのが常識だった。
俺は武器や道具を持たず、手ぶらで行き素手か現場にある物で殺す。
運のなさから、入念に準備すればするほど失敗するからだ。
道具を用意すれば壊れる。
計画は絶対に失敗する。
だから俺はパートナーを持たず、他者と連携もしない。
常に単独行動だ
人なんて最も信用できない。
必ず裏切る。
「ここか」
繁華街に到着。
カジノの入口へ進むと、屈強なセキュリティが立っていた。
「ボディチェックだ」
「ああ、構わんよ」
こういう場所はボディチェックがあるし、俺は街で必ずと言っていいほど警備の巡回兵に声をかけられる。
そういった理由もあり、武器を携帯しない。
「よし、入場料は銀貨一枚だ」
銀貨を払いホールへ進む。
「ん? なんだあれは?」
カードのテーブルに、人だかりができていた。
俺はギャンブルをやらないとはいえ、その種類やルールは知っている。
暗殺者ギルドで様々な教育を受けていた。
「また勝ったぞ!」
「イカサマか?」
どうやら、勝ちまくってる客がいるようだ。
覗いてみると、人垣の隙間からテーブルに座る一人の女が見えた。
「ずいぶんと若いな。まだ娘じゃないか」
カードのディーラーが変わった。
負けたことで交代させられたのだろう。
カジノではよくあることだ。
ディーラーが変わった瞬間、娘が負け始める。
「やっぱり、運が良かっただけか」
「あのディーラーはこのカジノのエースだからな」
「解散解散」
人だかりは消えていった。
だが、俺の目はごまかせない。
ディーラーはイカサマをしている。
まあ、それも含めてのギャンブルだ。
見抜けない方が悪い。
娘が大きな溜め息をつく。
「ねえ、あなたイカサマしてるでしょう?」
「いるんですよね。勝てなくなると、途端にイカサマだと言い出すお客様が」
「現にあなたはイカサマをやってるもの」
「証拠は?」
「証拠ねえ……。そのメガネ、貸してくださらない?」
娘がディーラーに向かって手を出す。
「ほう、あれに気づくのか」
俺は感心して、小さく呟く。
あのカードには特殊な塗料が塗られている。
通常では見えないが、あのメガネをかけることで見える薬品があるのだ。
子供だましのようなトリックだが、効果は絶大。
俺は眼球に薬を注入されているので、メガネがなくとも見えている。
「困りましたね。このメガネがないと、何も見えなくなってしまうのですよ」
「それじゃあ仕方がないわね。いいわよ。最後にもう一度だけやりましょう。それで終わりにするわ」
「かしこまりました」
ディーラーがカードを配る。
すると、突然ディーラーがテーブルを叩いた。
「な、何をした!」
「何のこと?」
「しらばっくれるな! イカサマしやがって!」
「やってたのはあなたでしょう?」
近くにいた一人の大男が娘に近づく。
店の用心棒だろう。
「お嬢ちゃん、舐めちゃいけないよ。ちょっとこっちへ来てもらうおう」
大男が娘の腕を掴み、椅子から立ち上がらせる。
「ねえ、あの人も共犯なんだけど」
突然、娘が俺に向かって指を差した。
「んだと! おっさん! おめーもだ!」
いきなり巻き込まれてしまった。
だが、俺にとってこういったトラブルは日常茶飯事だ。
「はあ、いつもこうなる」
「ぶつぶつ言ってねーでこっち来い!」
俺はテーブルに近寄り、カードを数枚抜き取った。
慣れているとはいえ、この運のなさにはうんざりだ。
どうしてこうも巻き込まれるのか。
俺は自分の不運を呪った。
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