第2話 決行する殺し屋

 ロデリック王国の王都ロデリー。

 白亜の王城を中心とし、区画や街道が放射状に広がる巨大都市。

 街は第一街区から始まり、第二十四街区まで区切られている。

 俺が所属する暗殺者ギルドは、第十三街区の地下に本部を構えていた。


 ギルドを出た俺は乗合馬車に飛び乗り、第十五街区へ移動。

 この乗合馬車の運賃は銅貨一枚。

 好きな場所で乗り降り可能だ。


 俺は第十五区画の外れにある花街へ向かった。

 まずは偵察だ。

 街外れで乗合馬車を降り、花街の門をくぐる。


「ねえ、お兄さん。寄ってかない?」

「旦那! 良い娘がいますよ!」


 路地を歩くと、何人もの客引きに声をかけられるが、俺は無視して先へ進む。


「なんか不気味な男」

「愛想の悪いやつだぜ」


 背後で陰口を叩かれたが、何を言われようと構わない。


「ここか」


 目的の娼館に到着。

 石造りの館はとても美しく、この周辺では最も豪華な装飾が施されていた。


「荒稼ぎしてるという話だったな」


 美しい薔薇が咲く庭園を進む。

 俺は真紅の薔薇を一輪だけもぎ取り、そっと懐にしまう。

 そして入口の扉に手をかけた。


「あんた初めてかい? どの娘にする?」


 ロビーに入ると老婆が声をかけてきた。

 いきなりターゲットの一人に遭遇。


「金はある。一番人気の女だ」


 老婆の前で見せつけるように、何十枚もの金貨が入った革袋取り出す。

 そこから金貨一枚を渡すと、老婆の目の色が変わった。


「ひっひっひ、あんた運がなかったね。一番の娘は接客中だよ」


 一番人気の娘はターゲットではない。

 そして、今は空いてないことを知っていた。

 初めて入った店で、自然な流れのままターゲットを指名するための芝居だ。


「それは残念だ。じゃあ他所をあたる」

「お待ち。あんた逆に運がいいよ。もっと上玉の、お勧めの娘をつけてあげるよ」


 下人に案内され、ひときわ豪華な部屋に入る。

 ソファーに座りしばらく待つと、扉をノックする音が聞こえた。


「うふふふ。今日はよろしくね」


 この娼婦が今回のターゲットだ。

 上手く誘導できた。


 資料によると年齢は二十五歳で、多額の借金があるとのこと。

 胸元が大きく開いているドレス。

 一般的な感覚だと、容姿は良いのかもしれない。


「お兄さん初めてなんでしょう? サービスするわ」


 娼婦が香を炊き始めた。


「この煙。……なるほどね」


 俺は小さく呟く。


「何か言った?」

「いや、良い香りだな」

「そうでしょう? 特別に配合してるのよ。うふふふ」


 娼婦が炊いた香の原料は、幻覚作用がある植物だ。

 煙を扇子で仰ぎ、香を部屋に広げる娼婦。

 そして、水差しを手に待ち、グラスに水を注ぐ。


「このお水も特別で美味しいのよ」


 娼婦は水を自らの口に含むと、突然俺に抱きつく。

 そして唇を重ね、俺に水を口移しした。


「ねえ、もっと口を開けてよ」


 舌を絡ませる娼婦。

 伸びる唾液。


「朝まで帰さないわよ。楽しみましょ。うふふふ」


 娼婦は俺をベッドに押し倒し、汚い音を立て何度も舌を絡ませた。

 その度に俺は、口移しされた水を飲み込む。


「うふふふ。美味しいでしょ? もっと飲んで」


 この水には、麻薬から精製された媚薬が混入していた。

 俺の味覚は失われているが、麻薬や毒類には反応する。

 この媚薬は人の思考を停止させ、快楽の感覚を数十倍にも跳ね上げる効果を持つ。

 一度摂取すると狂ったように快楽に溺れる上に、依存度も高い。


 僅かな時間で娼婦の顔は紅潮し、息づかいが荒くなっていた。

 この娼婦も、媚薬に支配されているのだろう。


「うふふふ。気持ち良いでしょう?」


 調査に来ただけなのに、いきなり媚薬を盛られた。

 俺は不運ゆえに、必ずと言っていいほど計画通り進まない。


 俺は涎を垂らし、激しく呼吸しながら娼婦に抱きつく。


「もう虜になったのね。うふふふ」


 何度も絡む舌。

 口づけを交わす度に、口移しされる媚薬。

 結局俺は、水差し一本分の媚薬を飲んだ。


「ねえ、まだ意識はあるのかしら?」


 俺は答えず、無言のままベッドで横になる。


「うふふふ。もう完全に支配されたかしら。今回は簡単だったわね」


 娼婦がベルを鳴らすと、扉が軋む音が聞こえ、人の気配を感じた。

 この気配はさっきの老婆だろう。


「一本目から飛ばすんじゃないよ。この薬は下手したら死ぬことだってある。時間をかけてゆっくりやりな」

「うふふふ。良い男だったから、ついね」


 ターゲットの老婆が、新しい水差しとグラスをテーブルに置く。

 そしてベッドの横に立ち、寝そべっている俺を見下ろしていた。

 香の煙を吸わないように、自分の顔の前で扇子を仰ぐ老婆。


「こいつは金貨をたんまり持ってる。今日は程々にして、また来させればいい。この媚薬は絶対に抗えない」

「ええ、そのつもりよ」

「完全に思考能力が飛んだようだね。朝まで寝かせてやりな。搾り取るのは次からでいい。絶対にまた来る。それからが、この男にとって天国のような地獄の始まりだよ。ひっひっひ」

「分かったわ。じゃあ最後にとっておきのことしてあげる」

「……お前も好きだね」


 娼婦が俺の股間に、服の上から手を伸ばす。

 そして、そのまま顔を近づけ股間に唇を当てた。


「え? え? な、ない! え?」


 困惑している娼婦。


「仕方がない。やるか」


 俺は懐から薔薇を取り出し、娼婦の首に横から突き刺す。

 茎は首を貫き、反対側から飛び出した。


「ぐっ! が、が、が……」


 娼婦は茎を抜こうとするも、棘が引っかかり抜けない。

 血を吸ったかのような真紅の花びらが、悲しげに宙を舞う。


 花びらが床に落ちる前に、俺はベッドから飛び出し、老婆から扇子を奪った。

 開いた扇子を大きく横に振り、老婆の首を跳ねる。


「え?」


 首と胴が離れながらも、声を出す老婆。

 その直後、老婆の首元から鮮血が吹き出し、床に溜まる。


「あんたも運がなかったな」


 血溜まりに落ちる薔薇の花びら。


 今回は偵察の予定だったが、ターゲットの二人が揃ったことで実行した。

 予定の変更なんてよくあることだ。

 むしろ計画通り進むことなどない。


 老婆の身体が崩れるように倒れると、懐から金貨が散らばった。


「返してもらおう」


 血がついてない金貨を一枚だけ拾う。


「俺に麻薬は効かない」


 俺は死体に向かって呟き、気配を消して娼館を後にした。

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