第8話 偵察する殺し屋

「ヴァン。待ってたぞ。お前に依頼だ」


 ギルドに顔を出すと、仲介人のリヒターが待ち構えていた。

 リヒターから書類を受け取り、内容を確認。


「今回は商人か」

「表の顔は商人なんだか、こいつの裏の顔は人身売買、つまり人買いだ」

「人買いだと?」

「そうだが、どうした?」

「いや……。俺は詮索しない。ただ依頼通り殺すだけだ」

「ははは、さすがだな。ただ、ちょっと難易度が高いんだ」


 リヒターが別の書類を差し出した。

 ターゲットの詳細が記載されている。


「この屋敷は知っている。相当警備されているぞ。確か冒険者ギルドへ警護クエストを出していたはず」

「よく知ってるな」

「職業柄、冒険者ギルドのクエストは定期的に調べている」

「難易度は高いが、その分報酬は高いぞ。金貨七枚だ。どうだ? やるか?」

「七枚か。分かった。いいだろう」

「助かる。だがよ、不運だけには気をつけろよ。不運の殺し屋ヴァン」


 ――


 乗合馬車に乗り、第六街区の住宅街にある商人の自宅へ向かう。


「まずは偵察だ」


 三階建ての豪邸の前に来た。

 外壁は石造りで、重厚な彫刻が施されている。

 家の周囲は、人の身長の二倍はあろう外壁に囲まれており、門の前には守衛が二人。

 さらにもう一人の大男が、守衛に何やら話しかけていた。

 指示を出しているのだろう。


「あいつは……確か二級冒険者だったはず」


 冒険者ギルドの階級は五級から一級まである。

 二級は冒険者の中では上位で、相当な強さを持つ。

 かなりの手練れだ。


「警備がきついな。確か図書館にこの屋敷の間取り図があったはずだ」


 俺は門の前を素通りした。

 その足で第十三街区の繁華街へ戻り、一軒の酒場へ入る。


「いらっしゃい」


 カウンターで一枚の赤いコインを出す。


「今日は良い酒が入ったか?」

「ああ、奥にあるよ」


 そのまま通路を進み、隠し扉から地下の階段を下りる。

 地下はワイン倉庫を改装した広大な資料館で、図書館と呼ばれる暗殺者ギルドの施設だった。


「なんじゃ、ヴァンか」


 受付に座る老人は資料館の館長で、元殺し屋だ。


「爺さん。屋敷の間取り図が欲しい」

「どこのじゃ?」


 今回の目的である屋敷を伝える。


「ふむ、あそこは難易度が高い。大丈夫か?」


 爺さんが棚から一枚の紙を取り出し、机に広げた。

 俺はその間取り図を凝視。


「一階……。二階……。三階……。屋上もある。外壁は……」


 ここの資料は持ち出し禁止だ。

 持ち出した者は、容赦なく殺される。


「ふむ、分かったよ」

「もう覚えたのか?」

「ああ、家くらいならすぐ覚える」

「家と言っても豪邸じゃぞ?」

「城じゃなければ大丈夫さ」

「ふぉふぉふぉ、お主の才能は凄まじいのう」

「殺しの才能なんて……いらんよ」

「まあそう言うな。お主は暗殺者ギルドで唯一の特級なんじゃから」


 暗殺者ギルドの赤いコインは、特級の印だ。

 この赤いコインがあれば、ギルドの全ての施設が使用できる。


「そうじゃヴァンよ。開発局から新しい暗殺用の武器が届いた。使ってみるか? お主ならただでやるぞ。その代わり感想を聞かせてもらうがの」

「いらんよ。俺は武器を持たない」

「全く……。お主は特級じゃぞ? もっと開発に協力せんか」

「自分で用意した武器を持つとトラブルになる」

「不運のヴァンか。確かに昔はナイフが折れたり、ロープが切れたりしておったの」

「不運の可能性を排除したいんだ」


 爺さんがコーヒーを淹れた。

 この爺さんも味覚はなく、おぞましい拷問訓練を経験している。

 古い暗殺者は全員そうだ。


 現在の暗殺者訓練は相変わらず厳しいものの、毒耐性訓練や拷問訓練は昔ほど厳しくない。

 俺よりも下の世代は、味覚も残っているし、生殖器もそのままだ。


「ヴァンよ。長老会はお主に期待しておるのじゃ」

「……分かっている」

「ギルド最高傑作と呼ばれるお主じゃ。ギルドの将来はお主にかかっていると言っても過言ではない」

「暗殺者の将来か……」

「余計なことを考えるのではない! 誓約が発動する!」


 俺がコーヒーを口に含むと、爺さんは大きく溜め息をつき肩を竦めていた。


「新武器の件は強要せん。好きなようにするがいい」

「すまんな」

「それにしても、手ぶらで行って殺しを成功させるなんて、お前だけじゃぞ? この間もお前に憧れた若手が真似して死んでおった。馬鹿なやつじゃて」

「俺の真似? やめさせろ」

「ああ、人事局へ言っておく」

「じゃあ行くよ」


 俺は熱いコーヒを一気に飲み干し、カップをテーブルに置いた。


「……爺さん」

「なんじゃ?」

「コーヒー美味かったよ」

「ふぉふぉふぉ、そうか! 美味かったか!」


 爺さんが手を叩いて笑う。


「次回までにもっと味を極めておくぞ! ふぉふぉふぉ」


 俺は図書館を出た。


 ◇◇◇


 王都ロデリーの中心地、第一街区には国家を運営する主要機関が立ち並ぶ。

 その内の一つ、国家情報庁の一室に、美しい金色の長髪をなびかせた少女と、マントを羽織り人の良い笑顔を浮かべる壮年男性の姿があった。


 初夏にもかかわらず、窓を閉め切った室内。

 だが、少女の髪は揺らいでいる。


「実際にヴァンを見て、いかがでしたか?」

「恐ろしいほどの実力ね。目の前であっという間に三人を殺したわ」

「暗殺者ギルドの最高傑作と呼ばれている殺し屋です。ギルドで唯一の特級で、歴代最高の実力を持っております」

「私も殺されれそうになったもの」

「な、なんですと! あいつ、やり過ぎだ」

「でも、あの人じゃないと無理よ。全てにおいて、あの人を超える人材はいないわ」


 二人の会話は国家情報庁で話す内容ではないが、外に漏れることは絶対にない。


「血の誓約の解除はいかがでしょうか?」

「恐らく解除はできると思う。だけどあの人、それ以上に呪術がかけられてるような気がするの」

「え? 呪術ですか?」

「そうね。私に解けるか分からないほどのものよ。だから、血の誓約の解除に全力を注ぐわ」

「かしこまりました。それではヴァンが現在受けている依頼についてお伝えします」


 二人の会話は、どんなに大声を出しても外へ漏れない。

 それは少女の魔術によるものだった。


 ◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る