第9話 約束を破る殺し屋
一旦自宅へ戻り、夜まで待機。
「そろそろ行くか」
今夜は新月だ。
月のない夜は最も暗殺に向いている。
乗合馬車で商人の屋敷へ移動。
俺は闇に乗じ外壁を乗り越えた。
身長の二倍以上ある壁だが、これくらいなら簡単に登ることができる。
庭に入り、間取り図を思い出す。
「見張りを避けていくか」
俺は別に殺人鬼ではないので、不要な殺人はしない。
狙いはターゲットだけだ。
邪魔されなければだが。
間取り図によると、商人の部屋は三階だ。
俺は屋敷の外壁に手をかけた。
無駄に豪華な装飾は、登るのにちょうど良い足場となる。
信心のない俺は神の像を踏みつけ、女神の像に手をかけ壁をよじ登った。
「俺に信じる神などいないよ」
装飾は二階の外壁までしかなく、三階までは登れない。
そのため、二階から侵入する予定だ。
「ん? 窓が開いてる?」
二階の窓が開いていた。
夜風を取り入れているのだろうか。
俺は窓から侵入し、階段の踊り場に出る。
廊下は暗闇につ包まれており、使用人の姿もない。
このまま階段で三階へ行っても問題ないだろう。
俺は眼球に薬品を注入されているため、常人よりも遥かに夜目が利く。
気配を消し、足音を立てず階段を上る。
その時、人の気配を感じた。
「ひひひ、乱交乱交、酒池肉林。収まんねーぞ。朝までやるぞ。ひひひ」
いかれた鼻歌を口ずさみながら、右手に蝋燭台を持って歩く大男。
あいつは昼間、警備の指示を出していた二級冒険者だ。
俺はとっさに階段の手すりを飛び越え、ぶら下がった。
このまま素通りしてくれれば見つからない。
「あ? なんか気配がしねーか」
まさか、俺の気配が悟られた?
確かに二級冒険者は上位の凄腕だが、俺の気配を感じる取ることはできないはずだ。
もしかしたら、こいつは恐ろしく腕がいいのかもしれない。
俺はぶら下がりながら体を揺らし、体を回転させ大きくジャンプ。
冒険者の背後に音を立てず着地。
そのまま、首をへし折ろうと手をかける瞬間、冒険者は前に走り出してしまった。
「なんだ! 誰かいるのか!」
叫ぶ冒険者。
なんとかしないと当直の兵が来てしまう。
だが、どういうことだ。
こいつの言う通り、確かに俺と冒険者以外の気配がする。
何者かに邪魔されたようだ。
信じられんが、これも俺の不運ならあり得る。
しかし、このまま大声を出されるのはまずい。
「おい! 誰かい……」
突然冒険者の声が聞こえなくなった。
「もう大きな声出さないでよ」
代わりに聞こえる女の声。
「き、貴様は! カジノの娘!」
「こ、殺し屋のおじさん?」
俺はまず冒険者に接近し、首をへし折った。
そして、冒険者の腰から剣を抜き、そのまま娘へ投げつける。
それと同時に、娘に向かって走り出す。
「ちょちょちょ、ちょっと!」
娘の体の前で、剣が何かに当たったかのように突然落ちた。
魔術だろう。
どうせ効かないと思っていたため、俺は娘の喉に向かって手刀を放つ。
「ぐっ!」
殺したと思った瞬間、俺は床に押しつぶされていた。
「もう! バカバカバカ!」
娘が大声を上げた。
この状況で大声を出すなんて狂っている。
「ぐっ。お、大声を出すな」
「声が漏れないようにしてる。大丈夫よ」
「こ、この化け物め」
なんとか声を振り絞るが、体は全く動かない。
「それよりあなたね! 今本当に危なかったわよ! この私が死ぬところだったのよ!」
「殺すつもりだった」
「信じられない!」
体が押しつぶされ起き上がれない。
娘の魔術で完全に抑えられてる。
さらに呼吸も荒くなってきた。
顔の周りの空気が薄くなっているような感覚だ。
俺はかなり長い時間呼吸を止めることが可能なため、ひたすら耐える。
だが、体に重くのしかかる空気の影響で、そう長くは持たなそうだ。
「死……か……」
俺はもう死ぬだろう。
最後は失敗して終わりなんて、殺し屋らしくて悪くない。
「やっ……と……死ね……る」
俺の不運の人生がようやく終わる。
「殺される気持ちが分かった?」
「ひゅー、ひゅー」
突然、息が吸えるようになった。
「さっきの私もね! 死ぬって思ったのよ!」
「ふう、ふう、ふう」
死を望む俺は死ねない。
俺にとって最大の不運だ。
「あら、もう呼吸が戻ってきたの? さすがね」
「で、どういうことなんだ?」
「なんでそんなに冷静なのよ! これだから殺し屋って嫌だわ!」
床にうつ伏せになる俺の横で、娘が座り込む。
「私はね、とある捜査でこの屋敷に来たの」
「捜査?」
「私なら一人でも大丈夫だったのに。あなたが邪魔するから、こんなことになっちゃったじゃない!」
「貴様は気配を悟られただろう?」
「うるさいわね!」
娘が咳払いをする。
「とにかく、私は商人の部屋へ行くのよ。邪魔しないで」
「俺も商人がターゲットだ」
「あなた殺すんでしょ?」
「そうだ。殺し屋だからな」
「困ったわね。いいわ。今回だけ協力しましょう。商人は私が拘束する」
「だめだ。殺す」
「殺しはだめ! 言うこと聞かないと、あなたをこのまま拘束するわよ? 私の力忘れたの?」
娘の力は知っている。
ここは一旦引くしかない。
「分かった。商人の部屋へ行こう」
「ええ、よろしくてよ。はい、動けるようにしたわ」
三階に上がり部屋の前へ行くと、部屋から複数の男女の声が漏れている。
尋常ではない喘ぎ声だ。
そういえば、さっきの冒険者が歌ってた言葉に乱交やら酒池肉林があった。
「なるほど。こういう会か。しかし異常な声だな」
恐らく、麻薬から精製した媚薬を使っていると思われる。
先日暗殺した娼婦が使っていたものと同じだろう。
ふと横を見ると、娘は耳を塞ぎ顔を真っ赤にしていた。
「子供だな。無理するな」
「な! こんなの平気に決まってるでしょ!」
「気配を消せ」
だがその注意は遅く、部屋の扉が開いた。
「やっと来たか! 遅かったな! 待ってたぞ! さあ宴だ!」
扉に寄りかかっていた娘が、そのまま部屋に転がり込んでしまう。
「きゃっ!」
「な、何だ! 冒険者って聞いてたけど、少女が来たぞ?」
ドアを開けた男は、布切れ一枚ない姿だった。
俺は瞬時に部屋の中を確認。
入口に立つこの男、ソファーで交わる男女が二人、裸のまま窓際で煙管を吸う女二人。
ベッドで横になる男にまたがり腰を振る女、その男の顔にまたがっている女がいる。
「八人か」
俺はさっきの冒険者の剣を拾っていた。
まず目の前の男の首を切る。
走って部屋に入り、ソファーの男女を切りつけ、窓際へジャンプし女二人を切り捨てた。
手に持つ剣をベッドに投げつけ、男の腰にまたがる女の喉に突き刺す。
そこで落ちていた煙管を拾い、ベッドへジャンプし、もう一人の女の眼球に煙管を突き刺した。
残りはベッドに横になる男一人。
こいつが商人だ。
「は? し、死んでる? は? な、なんじゃ! なんじゃ!」
「声を上げるな」
「ここここ、殺し屋か! わわわわ、分かったから! 分かったから殺さないでくれ!」
自分の状況を理解しているようだ。
悪事を働いている者は大体察してくれる。
俺は倒れている女の喉から、投げつけた剣を引き抜く。
「声を上げるな」
「ま、麻薬か? 横領か? 賄賂か? ひ、ひ、人買いだろ! め、命令なんだ! このシマを荒らすつもりはなかったんだ! は、話を聞いてくれ! お願いだ! お願いだ!」
「俺は詮索しない。ただ殺すだけだ」
商人は裸のままベッドで土下座をし、命乞いを始めた。
体中から、汁という汁を流している。
「た、助けてくれ! お願いだ! 金なら払う!」
「あんたも運がなかったな」
俺は命乞いを無視して、剣を振り下ろす。
だが、男を切ることはできなかった。
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