第10話 拾われた殺し屋
「ちょ、ちょっと……。信じられない……あの一瞬で七人も殺したの……」
「ちっ! 貴様のせいか」
「殺さないって約束でしょ!」
「殺さないとは言ってない」
標的の商人を殺すためには、まず娘を殺すしかない。
だが、娘の魔術には敵わないだろう。
これほどの魔術は見たことがない。
噂に聞く、帝国の聖女のようだ。
「あなた、不運のヴァンでしょ?」
娘が俺の名を口にした。
その瞬間、俺は手に持つ剣を投げる。
「きゃっ!」
娘の前でまたもや剣が落ちた。
周りの空気を操っているのだろう。
「あ、あなた! 商人を!」
俺は剣を投げつけた隙に、商人の眼球に煙管を突き刺した。
「さて、どうしたものか」
依頼は達成した。
あとはこの場を離れるだけだ。
だが娘は、このまま逃してくれないだろう。
三階から飛び降りるしかない。
俺は飛び降り自殺をしても、不運が重なり死ねない。
この場合は分からないが、やってみる価値はあるだろう。
もし死んだらそれまでだし、むしろ死ねるならそれはそれでいい。
俺は窓に視線を向ける。
すると、娘が大きく溜め息をついた。
「もういいわ。正直に言うわね。私は国家情報庁の捜査員なのよ」
「国家情報庁?」
「そうよ。特級暗殺者のヴァンさん」
「くそっ」
特級までばれているとは思わなかった。
俺は窓から飛び降りようと足に力を入れる。
「待って! 敵じゃないわ!」
娘が両手を体の正面に出して、手のひらを広げ大きく腕を振り回す。
「どいうことだ?」
「お願い! まずは話を聞いて! 私はあなたが必要なのよ!」
「何を言っている?」
娘が俺の前に立つ。
右手で右頬を触り、俺を舐め回すように凝視している。
「それにしても、本当に強力な呪術ね。この術式を解析して分解。三重? いや四重? こんな強力なの初めて……」
何やら呟いていた。
「あなたの呪術を解く。でも、あなたは私の所有物になるけどいい? つまり私が拾うの」
「何を言ってる?」
「だから、あなたの心臓に刺さってる古の呪術を解いてあげるわよ」
「何だと!」
「暗殺者ギルドの呪術をかけられると、口を割ることも裏切りも脱退もできないんでしょう? あ、何も答えなくていいわ。答えるとあなた死ぬから」
「貴様、何者だ?」
暗殺者ギルドの血の誓約まで知っているとは驚いた。
娘の言う通り、この誓約がある限りギルドへの裏切り行為は一切できない。
「呪術を解いたら全部話すわ。というか、解かないと話せないのよ」
娘が椅子に座る。
しかし、なぜこんなに余裕なのだろうか。
部屋には死体が八体あるというのに。
「一応説明するわね。さっきも言った通り、あなたの呪術、血の誓約と呼ぶのかしら。それを解く。いいえ、正確には上書きするの。誓約の上書きね」
「誓約の上書き?」
「ええ、あなたの命をギルドから私のものにする。一度かけられた誓約はね、上書きしかできないのよ」
「つまり……俺の命を貴様に渡すということか? それでは今と何も変わらん」
娘はテーブルに両手で頰杖をついている。
「このまま暗殺者として生きていくか、血の誓約を解いて私に仕えるか。どちらがいいかは明白でしょ?」
「なるほど。確かにそうだな」
「ふふふ、そうこなくっちゃ。じゃあ、さっそく契約しましょう」
「契約?」
「ええ、私があなたを拾う。あなたは私のものになるという契約よ」
「そうだな。悪くはないな」
俺は窓へ向かって走った。
誰かに縛られるのはうんざりだ。
もう死なせて欲しい。
これまで数多の人間を殺してきた。
その罰を今受ける。
「三階から飛び降りるつもり? さ、させないわ!」
窓ガラスを破る直前で、空気の壁にぶつかった。
俺は大きく弾き返され、娘の足元まで滑り転がる。
「ぐっ……」
「し、信じられない! 私の誘いを断るなんて!」
「貴様に仕えるくらいなら、殺し屋として生きる」
「う、嘘でしょう……。こ、これも誓約のせいだわ。そうよ、きっと誓約のせいでこう言ってるのよ。私の誘いを断る男なんていないわ」
娘の顔がひきつっていた。
俺は立ち上がり、服の埃を手で払う。
「違うさ。俺は殺ししか知らない男だ。他のことは何もできない。だから運命を受け入れ、殺し屋として一生懸命真面目に生きると決めたんだ。だがな……誓約を解くと言ってくれたことは嬉しかったよ。……ありがとう」
娘の頬が紅潮していた。
目を見開き、口を開けて俺の顔を見つめている。
「はっ! やだ、私ったら」
娘は自分の頬を両手で叩いた。
「何が運命よっ! そんなくだらない運命なんて捨てなさいっ!」
「な、何をする!」
「決まった運命なんて! そんなもの! ないのよっ!」
「ぐっ!」
突然、体が動かなくなった。
それと同時に、娘の体が光を帯びる。
「あなたはね! 望めば! 何だって! できるのよ!」
「やめろ!」
「まだ三十五歳でしょ! あなたの人生は! これからよ!」
娘の髪がゆっくりと逆立つ。
そして、体が青白く光り輝いた。
「ぐ、ぐぐぐ……。や……めろ」
「古キ契約、血ト心臓ノ鎖解カン。新タナ盟約締結ス」
「ぐああああああ」
心臓が熱くなり、激しい痛みに襲われた。
これまで数々の拷問訓練をしてきたが、どの拷問よりも苦痛だ。
これが血の誓約の効果か。
確かにこの世の全ての苦しみを超えている。
「あなたはっ! 私が拾ったのっ! 私にっ! 仕えなさいっ!」
「ぐああああああ」
俺の意識が徐々に遠のく。
「恐ろしい誓約だったわ。さすがに強固だったけど、力を全て使ったから、もう大丈……」
娘の声が遠くに聞こえる。
目の前が真っ暗になり、俺の意識なくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます