第11話 真実を知る殺し屋

 目が覚めると、俺はベッドの上に横たわっていた。


「ここは?」

「やっと起きたのね」

「貴様は……娘?」

「そうよ」


 俺は上半身を起こし部屋を見渡す。

 俺の自宅だ。


 ベッドの横で椅子に座っている娘の長髪が、窓から入る優しい風になびいている。

 心地良い風だ。

 いや、自分で風を起こしているのだろうか。

 この娘は分からん。


「ヴァン。あなたの血の誓約は完全に解けたわ。もう暗殺者ギルドのことで死ぬことはないわよ。安心して」


 娘が水を入れてくれた。

 それを受け取り、一気に飲み干す。

 どれくらい寝ていたのか分からないが、喉が渇いているということは相当寝ていたのだろう。


「俺はどれくらい寝ていた? 仕事はどうなった?」

「丸一日よ」


 思ったより時間が経っていなくて安心した。


「あの館はね、国家情報庁にも捜査の依頼が来てたのよ。あの後調べたら、犯罪の資料や脱税の帳簿が出てきたの。あの部屋では麻薬も吸われていたから、発狂した商人が殺人を犯し、自殺したことにしておいたわ」

「俺は暗殺者ギルドの仕事を失敗したことになる。それに血の誓約が解かれたのであれば、ギルドから狙われるだろう」


 その時、キッチンから人の気配を感じた。


「誰だ!」

「そのことなんだが……」


 男の声が聞こえた。

 しかも知った顔がこちらに歩いてくる。


「お前は! 仲介人のリヒター!」

「ヴァン。体は大丈夫か?」

「お前、何でここに?」

「俺がお前を運んできたんだよ」

「お前が? お前は片腕がないだろう? どうやって」


 リヒターがマントの下から、ガントレットを装着した腕を出す。


「腕が?」

「これは義手だ。魔術で動かせるのさ」


 リヒターが義手の指を動かす。

 鉄が擦れる音をかき鳴らし、生身の人間の様に動いている。


「お前、魔術師なのか?」

「ああ、実はな」

「待て! 殺し屋じゃないのか?」

「そうだ。元殺し屋……ということになっている」


 すると、リヒターが娘に向かって跪いた。

 左手を床につけ、右手を握り左胸に押し当てる。

 これは最上位の敬礼だ。


「その最敬礼は……グレリリオ帝国式か?」

「よく分かったわね。あなた、やっぱり超一流の殺し屋よ。何でも知ってるもの」


 グレリリオ帝国は、このロデリック王国の隣国だ。

 魔術が盛んな国家として知られている。


「私の本名はエルフリーゼ・アルレッド」

「エルフリーゼだと? 風の魔術……。もしかして……貴様、グレリリオ帝国の聖女か!」

「よく知ってるわね」

「風を操る……風の聖女はず」


 魔術が盛んなグレリリオ帝国には、特に強力な魔術を使う女魔術師が存在し、聖女と呼ばれていた。

 聖女は四人。

 風、火、土、水の聖女だ。


「貴様が風の聖女だと?」

「ねえ、貴様ってやめて。エルザって呼びなさい」

「……風の聖女は死んだはずだ」

「死んだ……ということにされてるのよ」


 エルザは立ち上がり、窓枠に手をかけ外の景色を眺めていた。

 風が金色の長髪を揺らす。


「私は帝国のスパイなのよ」

「なんだと!」

「王国は数年前から軍事力を強化したのよ。騎士団を拡大して、魔術や呪術の研究を進め、禁呪にも手を染め始めた。そのため私は、一年前から潜入して調査と報告を命じられたの」

「だからといって、聖女を殺したことにしてまで潜入させるのか?」

「聖女の力ってあまりに強力すぎて、帝国内でも忌み嫌ってる人がいるのよ。今の皇帝陛下は特にその傾向が強くてね。私はそういう運命なの」

「運命か……」


 エルザは俺に運命を説いていたが、自分自身が大きな鎖で縛られている。

 窓の外を向く表情は見えないが、声は若干震えていた。


「おいたわしや」


 横でリヒターが涙を流している。

 この娘、エルザのことは分かった。

 だが、リヒターは暗殺者ギルドの職員だ。


「で、仲介人お前の正体は?」

「私はハルシール・グレトリ。帝国魔術団の風の師団で師団長をやっていた」

「お前も帝国人か。しかもエリートの師団長様が自ら潜入か」

「エルフリーゼ様が命を捧げているのだ。当たり前だろう」


 聖女を守る魔術師団は、主である聖女と強固な絆で結ばれていると聞いたことがある。


「ハルシールといったか。貴様はどうやって暗殺者ギルドに入った?」

「採用試験を受けた。そして、私はあらかじめエルフリーゼ様に高度な防御結界を張っていただき、血の誓約を受けた振りをした」

「なるほど。俺に近づいた理由は?」

「お前が特級だからだ。現在の暗殺者ギルドで特級はお前しかいない。いや、お前はギルド最高の暗殺者だ。私はギルドの情報を常にエルフリーゼ様にお渡ししていた」


 エルザとハルシールの話に、矛盾な点は感じられない。

 とはいえ、それを証明する証拠は皆無だ。

 二人の話だけで信じるわけにはいかない。


「最近になって、俺がエルザと遭遇するようになったのはなぜだ?」

「偶然……と言いたいところだけど、あなたと接触できるようにハルシールが調整したのよ。私はグレリリオ帝国へ帰国するから」

「それと俺の接触に何の関係があるんだ?」

「私の警護をあなたにやってもらいたいのよ」

「なぜだ? 仲介人……そこのハルシールがいるだろう?」


 エルザの隣に立つハルシールが俺に笑いかけた。


「私はこの国に残る。可能な限り情報を集めるんだ」

「死ぬ気か?」

「これが私の任務だ」


 いつばれてもおかしくない。

 その時は地獄の拷問の上に、必ず殺される。


 エルザの表情が硬い。

 責任を感じているのだろう。


「先日のカジノのオーナーや昨日の商人は、武器や奴隷を他国から輸入していたの。その代金を少しのお金と、麻薬で支払っていたのよ」

「なるほど。武器を輸入し麻薬を輸出することで、自国を強化し、他国の国力を下げるのか」

「ええ、そうよ。この国は戦争を始める。相手はグレリリオ帝国。だから私は帰国して、その詳細を伝えるの」

「情報の伝達なんて鷹を飛ばせば良いだろう?」

「今は無理ね。国境の結界が厳しいもの」

「魔術で伝達はどうなんだ?」

「魔術では帝国まで届かない。それに結界に引っかかったら解析されるもの」

「他にもスパイなんて山ほどいるだろう? そいつらに伝達させれば良いのでは?」

「もちろん他にもスパイはいるけど、私が帰ることに意味があるのよ」

「どういうことだ?」

「私は大きな戦力になる」

「なるほど……。確かにな」

「以前からあなたのことはハルシールに聞いていた。隠密行動ができて、戦闘能力は最高。知識や経験が豊富で、とっさの判断力も優れている。全てにおいてあなたを超える人材はいなかった。だからあなたに接触して、血の誓約を上書きするって決めたのよ」


 俺はそこで思い出した。

 呑気にベッドで寝てる場合じゃない。

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