第15話 襲撃される殺し屋

 宿場町を出発し、峠に入る。

 この峠は帝国内でも有数の急斜面として知られていた。

 ここを通過する馬車の馬は、手前の宿場町でスピードがある品種から馬力がある品種に変えるほどだ。

 エルザにはきついだろう。


「なかなか……急な……坂ね」

「喋るな。無駄な体力を使う」


 そろそろ今日の野営地に到着だが、街道脇の雑木林から気配を感じた。


「まずいな」

「どう……したの」

「追跡されている。恐らく国家情報庁の諜報員。それも二人」

「え! ど、どうすれば」


 俺は足元に落ちている石を二つ拾った。

 拳ほどの大きさの石を両手に一つずつ持ち、石同士をぶつける。

 金属音のような甲高い音が響くと、綺麗な板状に割れた。

 側面は刃物のように鋭い。


「何してるの?」

「ここには加工しやすい石が落ちている。古代ではナイフや鏃にも使われていた石だ。割って武器にする」


 エルザに説明しながら、俺は薄い板状に割った石を雑木林に向かって投げつけた。


「ぎゃっ!」


 悲鳴のようなうめき声と、草木を倒しながら地面に倒れる音が響く。


「隠れても無駄だ。もう一人いるだろう」


 雑木林に向かって警告を出すと、黒い服を着た人間がゆっくりと姿を現した。

 黒い覆面を被っており顔が見えない。


「対象発見。マルグート峠。護衛に男を連れている。男の腕は立つ。一人殺られた。恐らく冒険者ギルドの者だろう」

「しまった! 魔術の通信よ!」


 エルザが叫ぶと同時に、俺は石板を投げつける。

 だが、諜報員が手をかざすと石板が焼け落ちた。


「気をつけて! 炎の魔術よ!」

「分かった! エルザは離れろ!」


 諜報員がかざしている手のひらの前に、炎の球体が発生していた。

 大きさは人の頭部ほどある。


炎の小球ファチュード!」


 叫びながら、俺に向かって炎の球体を飛ばす諜報員。


 俺は構わず炎に向かって接近。

 衝突寸前で首を捻り、最小限の動きで炎をかわす。


「バカな! 速すぎる!」


 叫ぶ諜報員の側面に立ち、手に持つ石板で諜報員の首を切り裂いた。

 拭き出す鮮血。


「ぐああああ!」


 首の傷を押さえながら、その場に仰向けになって倒れ込む諜報員。


「あんたも運がなかったな」

「貴様たちの……情報は……伝達し……た」


 諜報員は最後の力を振り絞り、エルザがいる方向へ手を伸ばす。

 その手は、まるで手を握るような動きだ。


「まさか……君が本当に……スパイ……だった……とは」


 地面に落ちる腕。

 俺は完全に息絶えた諜報員の覆面を剥ぐ。


「知ってる顔か?」


 諜報員に歩み寄るエルザ。


「ええ、国家情報庁の魔術諜報員よ」

「魔術師の仲間だったのか?」

「……ええ」

「泣くな。お前が選んだ道だろう?」

「……分かってる」


 エルザの頬に伝わる一筋の雫。

 死体となった諜報員の隣で膝をつき、小さな背中を丸め、祈りを捧げている。


「情報が伝達されたんだ。これからもっと増えるぞ」

「分かってる。でも、お願い……今だけは祈らせて」

「好きにしろ。だが、時間はないぞ」


 俺はエルザから少し離れ、地面に置いたバッグから水筒を取り出し、手に付着した血を洗い流す。


「それにしても、魔法諜報員は厄介だ。冒険者ギルドと勘違いしてくれたようだが、ばれるのも時間の問題。それに、今後は暗殺者ギルドからも狙われることになる」


 水を口に含み、そのまま飲み込む。


「急いだ方がいいな」


 俺は祈るエルザに視線を向けた。

 殺し屋として生きてきた俺に、死んだ人間を悲しむ気持ちはない。

 罪悪感もない。

 殺しはただの仕事だ。

 鍛冶屋が剣を打つように、八百屋が野菜を売るように、コックが料理をするように、俺は注文通り殺すだけ。


「祈りか……」


 先を急ぎたいが、今はエルザに声をかけるのはやめておこう。

 俺は雑木林の奥に入り、草木をむしって二人の人間を並べられるスペースを作った。


 エルザの元に戻ると、遺体の隣で膝を両手を組み祈っている。


「エルザ、そろそろ行くぞ」

「ごめんなさい。もう大丈夫」


 少し目が腫れていて、膝が汚れているエルザ。


「友人だったのか?」

「そうね。私はスパイとして潜入していたけど、それなりに交流はしたから」

「もしかして恋人か?」

「そんなんじゃないわ。でも、私はもてるから……」

「そうか。美少女も辛いな」

「そうね」


 いつもなら突っかってくるエルザだが、今はおとなしい。

 金色の長髪をかき上げ、耳にかけるエルザ。

 その瞳には悲しみが溢れていた。


 交流があった人間が死ぬと、こうなるのか。

 俺にはない感情だ。


「エルザ、死体を隠す」

「……ええ、お願い」


 俺は諜報員二人の死体を、先程作った雑木林のスペースに運んだ。

 死体は肉食動物が処理するだろう。

 モンスターが来る可能性もあるが、地面に埋めてる暇はない。


「エルザ、聞きたいことがある。だが、時間がないから歩きながら話すぞ」


 エルザは雑木林に向かって、再度祈りを捧げていた。


「……エルザ、行くぞ」

「ええ、行きましょう」


 俺たちはその場を離れ、峠を歩き始めた。

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