第14話 人は虫を食べないと知る殺し屋

 ◇◇◇


 ロデリック王国。

 広大な王都ロデリーの第十三街区。

 その地下にある暗殺者ギルド本部。


 最も荘厳な部屋に、五人の老人が集まる。

 ギルドの長老会と呼ばれる最高決定機関だ。

 全員元暗殺者で、血の誓約をかけられているため、暗殺者ギルドを抜けることができない。

 長老会といえども、血の誓約を解くことは不可能だった。


「ヴァンと連絡が取れなくなったそうじゃな」

「しかも、ヴァンにかけておった血の誓約が解けたようなのじゃ」

「な、なんじゃと! 死んだのか!」

「彼奴が死ぬとは考えにくい」

「じゃが、死以外で血の誓約を解くことは不可能じゃろう?」


 五人の老人は特級暗殺者ヴァンを話題にしていた。

 血の誓約を解く方法はたった一つ。

 心臓を止めること。

 すなわち死を迎えた時だ。


「ヴァンの最後の任務は誰が担当した?」

「仲介人のリヒターじゃ」

「あの隻腕の仲介人か」

「確か採用試験だったな」

「リヒターを呼べ」


 暗殺者ギルドに所属する者は、幼少期の頃から養成所で訓練した純粋な暗殺者と、採用試験で所属した者がいる。

 仲介人リヒターの正体は帝国魔術団のハルシール・グレトリ。

 当然ながら採用試験で潜入していた。


 長老会に呼ばれたリヒターが跪く。


「お呼びでしょうか?」

「ヴァンについてじゃ。お主の仲介案件後、ヴァンと連絡が途絶えた」

「はい。私もヴァンと連絡が取れなくなり、困惑しております」

「最後の任務はどうなったのじゃ?」

「商人の暗殺でした。ヴァンが潜入したと思われる日にターゲットは自殺。恐らく自殺に見せかけた暗殺かと思われます。しかし、その後連絡が取れなくなりました。ヴァンは報酬も受け取ってません」

「ヴァンが金を受け取らないじゃと? 金を増やすことだけが唯一の生きがいじゃったはず」

「仰る通りです。ですので任務達成後に、何らかの事件に巻き込まれたのかもしれません」

「事件と言っても、あのヴァンが巻き込まれるわけなかろう」


 長老会でも中心的人物バハート翁が、跪くリヒターに視線を落とす。


「調査のために暗殺者を派遣する。リヒター、貴様が仲介せよ」

「かしこまりました」


 リヒターは跪きながら、深く頭を下げる。

 その表情には安堵が広がっていた。


 ◇◇◇


「良い景色。ねえヴァン。あの山は何ていう名前なの?」

「マルグート山だ。この地方で最も高い山だ」

「へえ、マルグート山ね。ヴァンは何でも知ってるのね」


 丘陸地帯を通る、のどかな街道を進む。

 初夏の日差しは強いものの、時折吹く風が心地良さを運んでくれる。


 出発後から一週間は、特に問題なく進んでいた。

 毎日宿に泊まり、食事ができる環境のため、エルザは旅を楽しんでいる様子だ。

 だが、旅は楽しさだけではない。


「エルザ。ここからが大変だ」

「どういうこと?」

「あのマルグート山を越える。峠道はきつく、徒歩だと三、四日はかかるだろう。山中に小さな村はあるが、山の反対側だ」

「その村までは野営するってこと?」

「そうだ。嫌なら危険を承知で馬車に乗る。それなら一日で越えられるぞ」

「馬車は襲撃の可能性があるんでしょ?」

「そうだ。それに、ついに暗殺者ギルドが動き始めたようだ。時折、暗殺者の気配を感じることがある」


 今は調査の段階だろう。

 恐らく、仲介人として潜伏しているハルシールが、調査を担当しているはずだ。

 実力のない下級暗殺者を使うことで、俺に分かるように手配しているのだろう。

 だが、程々にしないとばれる。

 ハルシールの身が危険だ。


「歩きましょう。季節は初夏だから野営でもいいわよ」

「平気か?」

「いいじゃない。楽しそう」

「そうか。楽しめるといいな」


 夏の野営は過酷だ。

 動物や虫が多い。

 それに、マルグート山にはモンスターが生息していることをエルザは知らないのだろう。

 まあ知らない方が幸せなこともある。


「買い物をする。かなりの量になるぞ」

「分かったわ」


 峠の入り口にある宿場町で、必要な食料を買い込む。

 念のために五日分の食料と水を用意。

 そして、エルザのために小さなテントを購入した。


 俺は捕獲した動物や虫も食えるが、ムカデの素焼きなんか出したらエルザは激怒するだろう。

 この一週間で、エルザの好みがそれとなく分かってきた。

 エルザは清潔を好み、虫を食べない。


「ちゃんと食料を買ってくれて良かったわ。あなた、虫とか食べさせようとするでしょう?」

「俺一人ならそうする」

「虫なんて出されたら、あなたを一生恨むわ」

「まあ別に恨まれても構わんが」

「何でよ! こんな美少女に恨まれたくないでしょ!」


 文句を言いながらも、エルザは風の魔術で荷物を軽くしてくれた。


「助かる」

「あなたがお礼?」

「旅の荷物は体力を削られるからな」

「ふふふ、いつも素直だと嬉しいわ」


 エルザは笑っていた。

 俺は小さく溜め息をつく。


 そもそも、俺の荷物はほどんどない。

 エルザの荷物ばかりなのだが、それを指摘するとまた面倒になることを知っている。

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