束縛彼女

地球平面説クルマエビ

石言葉は「危険な愛情」

 草木も眠る丑三つ時。暗闇に包まれた真夜中のこの時間帯に、とあるアパートの一室には未だ光が灯されている。窓には桃色の可愛らしいカーテンが掛けられており、その隙間から光が漏れ出ているようであった。

 その一室で、乾いた音が一つ響いた。

 衝撃も相まって、怯んだように少女は一歩後ずさる。寒さからか、痛みからか、あるいは恐怖からかふるふると体を震わせている少女に、女は再び同じ位置――自身の座っているその前にまた呼び戻した。

「ほんっとうに使えない。せっかくお前みたいな奴の面倒見てあげてるんだから、ちゃんと言われたことくらいやれよ、愚図」

「……ごめん、なさい」

「声が小さいなあ。そんなんじゃ何言ってるのか聞こえないよ。……なあに、その顔。生意気なんだけど」

「……、っ」

 その言葉の直後、再び部屋の中に乾いた音が響いた。張り手の衝撃で倒れ伏した少女は、二度と叩かれた頬を押さえながら床に手を着いた。少女は丈の短い黒のスリップを身に着けており、磁器のように白い太ももは半ばから、そのまま爪先までが露出している。二本の細い肩ひもがスリップを支えていて、鎖骨の辺りから上も脚と同様に露出が大きい恰好である。肩甲骨の下まで伸びた黒髪は傷んでいて、僅かながらに艶やかで美しかったであろう面影は感じられるが、それが一層と髪質の劣化を強調していた。暗く澱んだ瞳はマラカイト石を彷彿とさせる緑色をしていて、大層綺麗な物であった。

 その少女を睥睨するのは、少女にその恰好を強要した一人の女だ。下ろした長い髪が素直に重力に従っていて、柔らかな質感が視覚からでも感じ取れる。ルームパンツにTシャツというカジュアルな部屋着は無防備であり、目の前の少女が自身を害すなどとはこれっぽっちも疑っていない。そんな見目麗しい女が真冬であるにも関わらず少女に格好をさせているのはただの気まぐれであり、今日はそんな少女の姿が見たかったのだ。

 お使いから帰って来た少女に服を脱がせて薄い布一枚のみにさせた女は、足を組んだまま、少女に向かって再び口を開く。

「次はちゃんと買ってきてね。ほら、さっさと行けよ」

 返事をするのに、少女は一息の間を要した。女を満足させるに至らなかった不出来を挽回するチャンスであるが、女の要求を満たすには少女の風貌は幼すぎたのだ。

 二人は同い年であり、大学に入学している一端の大人であるが、二十歳を超えてはいなかった。その上に幼い風貌の少女では当然のように年齢確認に引っかかり、二十歳に至らない身分証を提示するわけにもいかずにおちおちと帰ってくる羽目となった。

 上手く言い訳をせねば、酷い目に遭わされる。それを知っているからこそ必死に理由もとい言い訳をせんと、意を決して口を開く。

「で、でも、お酒は年齢確認受けちゃうから……ひっ」

「……はあ、もういいよ。いつまで経ってもお前は使えないね」

「ご、ごめ、なさ……っ」

 酷く冷めた眼差しであった。少女に期待など僅かたりとも抱いていないことを否応なく理解させられてしまう、冷たい視線。仕置きをされる焦燥や女の要求を満たせなかったことへの悲愴、何よりも自分が捨てられてしまうのではないかという恐怖が沸き上がり、ゾクリとした感覚には背中に氷塊を差し込まれたのではないかと考えてしまう。

 そんな少女の怯えた様を見て一転、途端に満足そうな表情となった女はにこりと笑みを浮かべ、少女に優しく声をかけた。

「仕方がないから許してあげる。悪気はないんだもんね」

「……!」

「でも、何も無しなんてねえ? そうは問屋が卸さないって、そう思わない?」

「んうっ」

 女が少女の耳元でぽそりと囁きながら、少女の臀部に手を回した。こそばゆい感触が走ったのか、少女からか細い声が漏れる。それが愉快で堪らない女はするりとあくまで軽く、ゆっくりとしたペースで臀部を撫で続ける。

 骨のように白い艶やかかな手、そこから伸びる指はすらりと長く、人形のように美しかった。それが流れる度に反応を漏らし、時折身体がぴくりと小さく跳ねる。矮小な愛玩動物はなされるがまま、それを受け入れていた。

「お前は役立たずだけど、本当に可愛いね。可愛い所は大好きだよ」

「ん、う……」

「せっかくだからベッド行こっか。最近は虐めてばっかりだったから、たまには甘やかしてあげないとだもんね」

 少女の愛らしい姿を堪能した女は満足そうに臀部から手を離すと、膝の力が抜けて来ていた少女の腕を強引に引き、少女の部屋に足を運んだ。少女を乱暴にベッドに放り投げ、服を脱ぐように指示を下す。薄い布一枚で隠されていた肢体を晒せば、白い肌の上で黒くなった青痣が綺麗に咲いていた。へその横、胸の下、座骨、背中、脇腹、古いものも含めると数えるのも億劫になるほどの傷痕があった。

 自身もベッドに上がれば、身振り手振りだけで少女を呼んだ。全裸の少女に後ろを向かせて、自身を背もたれにするように寝かせた。少し高い位置に頭がある膝枕のような姿勢である。

「あっ……」

 部屋にか細い声が響いた。女は優しい手付きで少女の肌に手を滑らせる。仕置きとして押し当てた煙草による根性焼きの痕、鎖骨のそれをそっとなぞると今度は脇下、乳房の横に投げた包丁が当たって付いた切り傷を愛でるように撫でる。挙動一つ一つが甘やかしているようにも感じられた。

 ふわふわの羽が触れたのではないか、それほどに優しくてくすぐったくなる手付きのそれは、さらりと胸を撫でる。今までの調教によって立派な性感帯となっている乳房は貧相なもので、しかし確かに女であると分かる柔らかな感触を女へと伝える。少女は微かに体を跳ねさせた。

「ん……あ、ふ」

 ゆったりと、赤子を甘やかすかのように優しく焦らされれば情欲も膨れ上がる。ベッドの上で、膝を背もたれに寝かされた少女の桜色の蕾を指の腹で転がす。摘むことはせずころり、ころりと感覚を入力してやれば、声の漏れる頻度が少しばかり高まった。

 細めた目で少女を見つめていれば、ぴくりと動く上半身とはまた別の動きを見つける。それを見て、女は殊更に意地の悪い笑みを浮かべつつも蕾を抓ることで叱責した。

「こら」

「ひうっ……」

「勝手に気持ち良くなろうとしたらダメだって、教えてあげたでしょ? もっと頑張って堪えないと」

「う、うぅ……」

 ゆっくり、じっくりと高まりつつある官能に焦れて、少女は自ら太ももを擦り合わせていた。しっとりとした柔肌が擦れる小さな音に、粘ついた水音が微かに紛れていた。

 女は少女に実る蕾から手を離すと、脇の下に手を差し込んで一息に持ち上げた。背もたれに寝ていた体勢から持ち上げられ、持ち上られると同時に開いた女の膝の間で長座位を取らせる。そのまま女の豊満な乳房にもたれかかり、少女は先の刺激もあってかそれに逆らうことはしなかった。

 女は伸ばされた足の間に手を差し込み、太ももを撫でる。触り心地の良い艶やかな肌がきめ細かい女の手の平に吸い付くのが互いに伝わる。擦る手付きは相も変わらず優しいもので、薄ら触れられている感覚が再びこそばゆさを掻き立てた。

「んん……んあっ!?」

「ここ、もうこんなにぐっちょりしてる。まだ乳首を触ってただけなのにね」

「だ、って……うあっ、んう……」

「へえ、言い訳しちゃうんだ。もしかして、私のせいだって言いたいの?」

「んっ……してな、い……あ」


 空気が凍った、そんな錯覚に陥った。


「ふーん? ……私、嘘嫌いなんだ。知ってるよね?」

「ち、ちが……っ」

「ねえ、嘘は良くないよ。もし嘘ならそう言って? 今なら許してあげるから」

 たった一度の失言。しかし致命的なそれは、女の声から熱を奪った。先程晒された失望の込められた冷めた眼差し。それをまだ暖かみがある方だったと思えてしまう程の、それは冷たい眼差しだった。

 少女は知っていた。女が酷く嘘を嫌っていることを。知っていたはずだったのに、仕置きを免れようと思わず些細な嘘を吐いてしまった。少女は自身に向けられた眼差しに込められた感情の中に、冷たさだけではなく、嘘に対する怯えがあることを感じ取れる。自らの過ちを悔いた。

「ごめん。つい、嘘吐いちゃった……でも、わざとじゃなくって……」

「間違えたんだ。そうだよね、わざと嘘吐くわけないもんね」

「うん……騙そうとした訳じゃないの。ごめんなさい……」

「そ、っか……。ごめんね、取り乱しちゃって。怖かったよね」

「いいよ……私が悪いから。は、悪くないよ」

 それを聞けば、メイは安堵の表情を浮かべた。メイの肌に汗が浮き上がっており、肌の触れている個所からはじっとりと汗ばんでいるのを感じられる。きっと、この一瞬で酷く焦燥したのであろうと容易に想像できた。それ程までに、メイは嘘を吐かれるのが恐ろしいのだ。

「私、もう寝る」

 メイはそれだけ言うと、少女を枕代わりに抱えて毛布に包まった。メイはずっとそうなのだ。人肌を感じていないと眠ることが出来ない程に、不安に苛まれている。特に、夜の時間帯は。少女はここ数日で得たメイの情報を思い返しながら、抱き枕として素直に腕の中に収まることを選択した。

「おやすみ……メイ、大好きだよ」

 正直、少女は妙に煽られた情欲を燻ぶらせたままではあるが、メイの気紛れに振り回されるのは、恋人をしていたらよくあることだ。後でメイが寝たら抜け出して一人で処理をしよう。それだけ考えると、少女はメイに包まれる心地良さに身を任せた。

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