Ep.9 魂が覚えていたもの

 この胸の奥で、ざわついているものは、何だ。


 どうにも拭い切れない、妙な違和感。

 心に突き刺さってはずっと残り続ける、冷たい蟠り。

 それは、ただの不安が、姿を変えて存在し続けている訳ではなく。


 もっと、根深い何かが……俺の中に棲みついている、感じさえして。


 言ってしまえば。

 ぼんやりとした、不穏な気配が、背後から忍び寄り、今にも俺に、襲いかかってきそうな、謎の感覚。


 しかし。

 そんな謎の感覚に、苛まれている時――


「……どうしたんですか? 勇翔くん」


 ふと、パンドラの声がして……。


 彼女は、静かに。

 俺の意識を、そっと現実へと引き戻していた。


「あっ……!? え、いや……」

 

 さらに、そう問うパンドラの声は、どこまでも柔らかくて。

 なんというか……


 彼女は、さっきまでの。

 仄暗い雰囲気を纏った……妙な、冷徹さを。


 どこかにしまいこんだような、よそ行きの声とも言える、ふんわりとした響きを孕んだ声で、そう言うばかりで。


 さらに俺は、そんな彼女の変化を、真正面から受け止めきれずにいたため。

 そんなパンドラが急に振り撒き始めた、取ってつけたような優しい態度に、困惑しながら……


 そして、ゆっくりと拳を握りしめ、少しだけ目を伏せながら、こう言った。


「……いや、なんでもないです」


 と。


 しかし……

 そう、答えた瞬間。


 いきなり、胸の奥に、ズキリと鋭い痛みが走った。


「っ!?」


 そこで息が詰まり、俺は思わず、胸部を押さえたんだけど。

 加えて、俺の視界に――

 翡翠色に、眩く輝く……“鎖”の影が、ほんの一瞬だけ閃いた。


「はあっ……はあ……!」


 何だ、今のは……?


 突然の痛みに息を切らしながら、目を瞬かせる。

 一方でそんな俺のことを、パンドラは目を細めて、じっと見つめている。


 何も言わずに、にこやかな笑みを浮かべながら。


 けれど――その背後からは。

 なんというか、まるで。


 ふと、黒い液体が滴り落ちるような……不気味な影が差していた。


 だから俺は、ギョッとして、急いで目を擦るのだが。

 その時にはもう、妙な影はもう、視界から消えていた。


 それが見間違いか、幻覚か、本物なのかまでは、よく分からなかったけど。

 そのせいで、胸のざわめきはますます強まっていく。


「……勇翔くん。本当に、大丈夫ですか?」


 しかしそこで、どの面下げてか、パンドラは俺のことをそう心配してきやがった。

 が、俺は……


「……大丈夫ですって。ただ――パンドラさん。一つ、気になったことがあります。それは……さっきも言ったけど、面会禁止が解除されるってことは……やっぱり、母さんも来るわけでしょ? そうなった場合……母さんもその、敵の死神に、狙われたり――」 


 これ以上、奴に妙な真似をされないためにも。

 真っ当な質問を投げかけ、パンドラの動きを一度封じようとする。


 のだが。


 ふと、俺がそう言いかけた瞬間。


「――ゆうとぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 けたたましい叫び声とともに、病室のドアが思いっきり開かれた。


「うわああああああああっ!?」


 そして、音速で病室まで駆け込んできた何者かに驚いて、俺は身体の痛みさえ忘れて、勢いよくベッドの上で仰け反った。


 さらに、次の瞬間。


 真っ先に病室へ飛び込んできた――俺の友達、陽菜は。

 母さんや歩たちから、俺が病院に運ばれたことを聞いたのであろう、彼女は。

 息を切らしながら、一直線にこちらへ駆け寄ると……


「バカバカバカ! 生きてて良かったよ! 本当に死んじゃったかと思ったんだから!!」


 そう叫びながら、なんと俺の頬をぱしんと叩いてきやがった。


「いってぇっ!? お、おい……! なんだよ急に!」


 その攻撃に、俺は思わず仰け反るのだが。


 一方で、陽菜は……

 必死に、俺を睨みつけるように顔を上げた。


 それでいて、彼女は目を潤ませ、嗚咽を堪えながら、小さく震え――


「……っ、ほんどに……よかっだぁ……!」


 そう言って、勢いよく、なんと俺の元へ抱きついてきたのだ。


「うごえぇっ!? おい待て……! く、苦しいって……」


 あまりの力強さに、息が詰まりそうになりながらも、俺は必死に声を絞り出す。


 ……けれど。

 それでも。


 彼女の、震える身体越しに。

 その細い腕からは、考えられないほどの力強さに。


 そんな、陽菜の身体の温もりに、当てられて。

 俺は、自然と。


「……っ、分かったよ。……分かったから、泣くなって。心配かけて、ごめん」


 そんな言葉をこぼしていた。


 が。

 そんな、しんみりとした空気の中。


「んなっ……! なっ、ななな……っ!?」


 ふと、声がした。


 だから、俺は驚いて、声がした方を向くのだが。


 そこには。

 病室の入口には。

 俺と、陽菜が交わす……熱い抱擁を。


 その光景を、思いっきり見てしまっていた夏芽が、顔を真っ赤にして固まっていた。


「……あ」


 だから俺も、思わず固まった。


 流れるのは、気まずい沈黙。

 しかし、そんな中でも。

 夏芽は、鬼気迫る表情を浮かべ、じりじりと病室へ足を踏み入れると――


「ちょ、ちょっと!? センパイ! この人、誰なんすか!? なんでそんな……センパイに馴れ馴れしく……!」


 そう言って、顔を真っ赤にしたまま、思いきり指を突きつけてくる。

 

「あ、あぁ……こいつな。ごめん、夏芽と会うのは初めてだったか。その、こいつは……」


 一方で、俺は抱きついてきたままの陽菜を引き剥がそうとして……

 ……けれど、身体が痛くて、うまく引き剥がせないまま。


 しかし、陽菜の方は、依然として俺にくっついたまま。

 かと思えば、今度は誇らしげに、鼻を鳴らして。


「ふふんっ、羨ましいかいメガネちゃん? えー、こほんっ! ……私は天野陽菜あまのひな! 勇翔とは幼稚園からの友達なんだから! 歩と同じで、ずっと一緒だったんだから! ……まっ、勇翔はこれくらい、慣れてるもんねー?」


 と、夏芽を挑発した。


「は、はあああああぁぁ!?」


「ふっふーん!」


 かたや夏芽は目を剥いて叫び、俺は俺で、どう言い訳していいか分からないまま。

 陽菜はさらに、俺の腕にしがみついて離れようとしない。


 のだが。


「おいおい……やめろって、お前ら。ここをどこだと思ってるんだよ。病院だぞ?」


 不意に、夏芽の後ろから、また人影が現れる。

 ……それは俺の親友、前村歩まえむらあゆむの姿で。


「あっ、歩……!」

「あーっ、前村センパイ! 聞いてくださいよー、この女が……」

「この女とはなんだいメガネくん! 私にはれっきとした名前が……」


「見れば分かるし、一旦静かにしよう」


 そして、夏芽らと共に現れた歩は、スマートに、ふわりと場を落ち着かせる。

 こいつは無理に声を張り上げる訳でもなく、むしろ……いつも通りの落ち着いた声音で、場のトーンを一定に保たせたのだ。


 ――けど。


 俺には分かる。

 歩は、ほんの一瞬、俺の姿を見て……ぐっと息を詰まらせていたことも。

 けれど、次の瞬間には、目尻をわずかに緩めて……肩の力を抜いたことも。


 だから。

 俺は……


 なんだかんだ、こいつなりに、安心してくれたんだろう、と。

 なんか、悪いな……とも。


 そう、思った。


「あ……うん。ごめんね、歩……」

「……っ、す。すみません、前村センパイ。あたしも、熱くなっちゃって……」


「そこまで謝らなくてもいいよ。……まあ、もし謝るなら、そこにいる先生に、かな」


 が、その一方で。

 歩は、露骨にしゅんとする夏芽と陽菜の謝罪を受けて、さらにパンドラの方へと話を振っていた。


「……ええ、大丈夫ですよ。けれどここは病院。彼以外にも、辛い思いをされている方はたくさんいらっしゃいますのでね。そうやって声の調子を落としてくれた方が、私としても助かります」


 かたやパンドラも、その話題を受けて、二人へそう注意を入れる。

 しかし、そんな奴の態度はと言えば、俺に見せた、あの怪しい態度とは全くもって異なっていて……


 俺は、なおさら……

 あの女医に対する、不信感が強まっていった。


 が。


「……ありがとうございます。ほら、お前らも、お礼言いな。もう騒ぐなよ。――今は、おばさんだっているんだし」


 内心で、俺がそう語っている内に。

 歩はさらに、場を執り仕切り。


 遅れて後方から歩いてきた――俺の母さんに、道を譲る。


 それから、母さんは。

 組木、千尋は。


「あらまあ、私は別にいいのに。ごめんね、歩くん」


 そう言うなり、歩の背後からすっと現れ、病室の入口から、こちらに向かって、緩やかに歩み寄り――

 

「あ……!」


 驚いて、思わず声を漏らす、俺に微笑みかけながら。


 優しい手で、俺の頬をそっと撫で……

さらにその目尻に、薄く涙を滲ませながら。


「……ごめんね、勇翔。――そして、ありがとうね。生きていてくれて、本当に……よかった」


 と、言った。


「……母さん。ごめん、心配かけて……」


 だから。

 その、一方で。


 俺が、そんな感情を、言葉にした瞬間。


 ぐっ、と……

 不意に、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。


 かたや母さんは、俺の背をゆっくりと撫でてくれた。


 まるで幼い頃に、悪夢を見て、真夜中に目覚めてはパニックになった俺を、あやしてくれた時みたいに。


 ――そんな安心感に、包まれて。


 ふと、ほんの一瞬だけ。

 俺の中で暴れ回っていた、妙な胸の痛みが……和らいだように思えた。


 けれど。

 それは、決して痛みそのものが消えたわけじゃない。


 まだ、俺の胸の奥底には。

 ひどく冷たい影が、未だかすかに、しつこく息を潜めていた。


 しかし、そんな俺の苦悩など露知らず。


「……全く。急に病院に運ばれたって聞いて駆けつけたら、『意識不明の重体により、しばらくは会えません』って、この先生に言われて……心配したんだぞ? なのにいざ目を覚ましてみれば、女子二人に取り合われてるとか。元気そうで何よりだな、勇翔」


「なっ……!? ち、違うって……! ……っていうか、お前らさ……! ふざけんなよ……! 歩も、夏芽も……生きてたんならそう言えよ! なんで……っ、あの時は、お前らが逃げ切れてたのか、本当に心配だったのに……っ! ふざけんなよ……お前ら……無事で、よかったよ……っ!」


 歩がそう軽口を叩いたことで、俺は思わず、声を裏返らせ……


 けれど、その直後に、何故か泣いてしまった。

 それでいて。


 なんとなく。


 一瞬、だけど。

 みんなも、安堵したのか。

 張りつめていた空気が少し、和らぎ……


 病室の空気は、一気に柔らかくなったし。


 俺は……

 そこで、ようやく理解した。 


 ――みんなは。

 この、人たちは。

 こうやって、俺なんかのために、駆けつけてくれて……。


 それだけみんなは、俺の“生”を、心の底から願ってくれていたんだ、と。


 ようやく、分かった。


 ……歩、夏芽、陽菜、母さん。


 さらに、それぞれの存在を、脳内で再確認する度に。


 俺は。

 確かに自分は、今……

 “ここにいるんだ”という実感が、胸の奥からじんわりと込み上げてきた。


 それらが、俺の胸を打った。


 だから。


「……ありがとう。みんな…………っ」


 俺はようやく、そんな感謝の言葉を……

 みんなに向けて、口にしたんだけど。


 その瞬間。


 俺の魂は、今。

 こうやって、再び肉体を纏い。

 “現世に帰ってきたんだ”という事実を、ようやく受け入れられた気がした。



 それから、聞いた話によると、俺は。


 どうやらトラックに撥ねられて全身を強く打ち、頭を何針も縫う大ケガを患い、意識がずっと飛んでいたらしい。


 要はパンドラたちによって、俺は自身の死をケガに、さらにその原因すらも偽装された訳だ。


 加えて、歩たちが医師パンドラに聞いた話だと、強い打撲ではあったが、ケガがそれだけの症状で済んだのも……さらには意識を取り戻せたのも奇跡らしかったという。


 まあ、そりゃそうだろうな。


 しかし、脚色されているとはいえ、重症を負った、俺の身体を縫い合わせて……


 さらに、そんな器へ無事に魂を送り返し、蘇生まで済ませるだなんて、さすがは万物のボスと、その旧友といったところだろう。


 だから俺は、改めて……

 不満こそはあれど、とりあえずパンドラとヌルティスに感謝した。


「もうっ! 五日間もずっと起きなくて……ダメかと思ったよ!」


 しかし、そこでまた陽菜は泣きじゃくった。

 だが、今度は誰もが、そんな陽菜の行動を止める訳でもなく。


 歩は軽く笑い、また、母さんは貰い泣きしながら。

 パンドラと、そしてみんなには見えないナナシと、6人で。

 共に、俺の病床を囲んでいた。


「ごめんごめん。もう大丈夫だから。な?」


 とはいえ、女子を泣かせるなんて罪な男だぜ、俺は。

 ……おかげで夏芽からの視線が痛かったし。


 まあ、結局のところ。

 俺は、ヌルティスの差し向けた案内人ユピテルや、ヌルティス本人が提案した契約蘇生システムに、あれだけ文句を垂らしてはいたけれど。


 最終的に、ユピテルが俺の元に来なかったら。

 さらに、ヌルティスに蘇生してもらえなかったら。


 俺はずっと、未練たらたらで虚界を彷徨っていたのだろう。

 考えただけで恐ろしい。


「とはいえ……こんなことも、あるもんなんすね……」


 そこで。

 やっといつもの調子……とまでは行かずとも。

 夏芽はこの奇跡に感心し、そして嬉しそうに笑い、談笑に花を咲かせていたため。


 俺は、安心しながら。

 また、ナナシは賑やかな病室の隅っこにある、窓際の台に座りながら、静かに笑っていた。


「……よかったね、勇翔」


 と。



 それから、しばらくして皆が帰り、夜になると、今度は友達間のグループラインで、俺の意識が戻ったことで賑わった。


 まあ、最終的に……返信に追われてばかりで、好きなテレビも見逃す始末だったが。

 Wi-Fiの繋がっていない病院では、携帯で何をするにも速度が遅くなるわ、暇つぶしとなるとテレビ以外に手段がないわで、トホホって感じだ。


 ……そんな夜の病院は静かだった。


 さらに、運ばれてきた夕食は味が薄くて食べる気にはならず、結局ナナシに食べさせた。


 そこでこいつは「肉が国産の匂いじゃない」とか、贅沢な文句ばかり垂らしていたのだけど、なんというか俺にとっては、その反応がとても面白かった。


 ……そして、就寝時間を迎えた時だった。


 俺は暇つぶしにテレビを見ていたのだが、そこでナナシは急に、わざわざリモコンを取り上げるなり電源を切った。


「あ、おいっ! なんで……」


「もう寝る時間でしょ。他の患者さんの迷惑にもなるし」


 さらにそう言って、このロリは。

 ふっと、鼻をひくつかせかと思えば……急に、眉をひそめた。


「……それに。なんだか、外が焦げ臭いんだ。今日は早く寝ておこう」


「――え?」


 そんな、ナナシの言葉を聞いて。

 俺が怪訝に思い、眉を寄せた時には、ナナシはもう、何事もなかったように窓際へ腰掛けていた。


「……何故だかは分からないけど。外からするの。何かが、変なものが焼けてるような、妙な臭いが……」


「はぁ? なんも臭わないだろ」


 さらにナナシへそう諭され、俺はそう返すのだけど。


 一方でナナシは『キミは人間だからね』と小さく笑った。

 正直に言って、意味不明だった。

 だから、俺はこのロリの言葉を、軽く流すことにする。


「はいはい。で、それだけ?」


「……うん。それだけ」


「はぁ?」


 さらに、続きを追及しても、それだけだと言われたので。


「……分かった。じゃ、寝るわ。その感じだと……なんか敵が外で暴れてるから、戦いに備えて、体力でも回復しとけ、とか……そう言われてるようにも感じるし」


「うん。……おやすみ。私は少し、外の風に当たってくる。何かあったら、すぐ起こすね」


「ああ……」


 俺の推論に頷き、そして窓を開け、そこから飛び降りて病院を出るナナシと、軽く挨拶を交わしながら。

 あいつの突然の奇行に言葉を失う間もなく、俺はそのまま毛布を被った。


 軽く目を瞑っていると、不意にヌルティスの言葉を思い出した。


『組木勇翔、か……。やはり、危うい人の子だな。……だからこそ、親子揃って、彼奴の糧になることだけは避けねばなるまい』


 という。

 この世に生き返る直前に聞いた、あの言葉を、思い出す度に。

 ……どうにも、嫌な予感がした。


 ユピテルと、ヌルティスと……そしてパンドラは言っていた。


「マルスは創命魂そうめいこんを取り込むために、俺を殺した」と。


 人間界と対になる場所である、虚界。

 そこに存在し、世界の全てを統べる、死神のボスでも抑えきれない、裏切り者。


 俺は、それに殺され、今こうやって生き返った。


 神様の怒りに触れるほど人を殺めたわけでもなく、自分の命を絶ったわけでもない。

 生前は特に、俺は特殊な力も、非凡な才能を持っている訳でもないと思っていた。


 けれど、俺は。

 特殊な魂を持っていた。

 他者の命を育み、生命力を増強する……創命魂。


 それを求めて、俺は殺された。


 何か引っかかる所はあった。

 詮索したかった。


 でも。


 今は無理だ。

 ……それなのに。


 理性で押さえつけても、好奇心と疑念はどんどん膨らんでいくばかりで、収まることを知らなかった。


 考えれば考えるほど嫌な感じが強くなっていった。

 だから俺は、自分を止められなかった。


「マルス……」


「……どうしたの? まだ寝てなかったの?」


 そうして、得体の知れぬ敵の名を呟いた瞬間、ふとナナシの声が返ってきた。


「えっ」


 そこで俺は驚いたが、ナナシは小さく笑っていた。

 いつ帰ってきたんだよ、こいつ。


「外を見てきたけど、変な奴はいなかったよ。……でも、明日は早いし、ちゃんと寝なきゃ」


 それからナナシは、そう言って。


「けどさ……」


「大丈夫、そんなに気にしすぎないで。次殺されかけても、いざという時は私が守るから」


 最終的に、俺の頭をそっと撫でた。


「……不安だなぁ」

「大丈夫」


 とはいえ、やっぱりこいつは、不安がっている俺のことを、気にかけてくれているのだろうか。

 さっきの奇行は気になるが、まあ。


 この言葉は、ちゃんとした気遣いとして受け取ることにした。


「……分かった」


 だから、俺は。

 ナナシの言葉を信じて。

 そして、彼女の紡ぐ穏やかな声に包まれて、目を閉じた。


 ……それでも、俺が生き返る時に、ヌルティスから言われた言葉は。


 まるで喉の奥に刺さった小骨のように、心の奥へ深くつっかえていた。


 なぜそこまで気になるのか、自分でもわからなかったが。


 また、俺は……。

 ナナシにああは言われたが、寝るつもりはなかった。


 けれど。

 そのはずだったのに、不思議な体験をしたからか、急に疲れがどっと襲ってきた。


 それでいて。

 睡魔に勝てる訳もなく、俺は静かに眠りについた。


 ……だが。

 こんな時でも、俺の胸の奥底に絡みついてきた、冷たい影だけは。

 夢の中にまでも、ついてきそうな気がしてならなかった。


 ──契約:謌千ォ


 契約者:組木勇翔

 契約死神:繝翫リ繧キ

 付与能力:辟。蝙「縺ョ骼

 代償:■■■■■■■■


  ――Ep.9 【魂が覚えていたもの】



――――――――――――――――――――――


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