Ep.8-2 狂気と白衣の観察者

熟考必至!

前々回の7話に続き、今回も大ボリュームでお送りします!


―――――――――――――――――――――


 それから、最終的に、俺は。

 

「はい、検査の結果、あなたの身体に、特に異常はありませんでした。……まあ当然ですね。この私による治療、調整に狂いはありませんから。これで異常があろうものなら今頃、あなたは虚界に逆戻りですよ。そうなったら、ヌルティスから大目玉を喰らいますからね。この作戦における大切な要であるあなたは、丁重にもてなしてさしあげねば」

 

 そう長く講釈を垂らすパンドラのことを、修羅のような目つきで睨みつけながら。

 また、いつの間にか病室に戻ってきては、顔を真っ赤にして、手を膝の上に組み、椅子に座り込んでいるナナシのことも睨みながら、力果てていた。

 

「……さい、ですか…………」

 

「はい。……さてさて、まあ、そうふざけてばかりもいられませんね」


 しかし、当のパンドラはといえば。

 彼女は、わざとらしく咳払いをしてから、白衣の内ポケットから、おもむろにカルテらしき紙束を取り出した。


「では、組木勇翔くん。……まず私がここへ来た理由は、触診だけではありません。この状況の説明に、私にできる最大限の支援……。それらを遂行するために、まずは検診を始めさせてもらった、とでも言っておきましょうか」


「あぇえ……」

 

 だが俺は、そこで力なく、そう呻くことしかできなかった。

 何もふざけている訳ではない。

 パンドラの言ってることは分かるし、脳内には返答用のセリフも浮かんできている。

 

 じゃあ、なんでそう呻くことしかできないかって?

 

 どっかの触診大好き変態お医者様のせいで、身体がめちゃくちゃ痛くて強張って、口が痙攣して上手く喋れないんだよ!

 

「おやおや、検診の効果がここまで出てきているとは。意想外のデータですが、まあいいでしょう。……さて、まずは。あなたがここに運ばれてきた時のことを、少し説明しておきましょうか」

 

 が、パンドラは、意想外とか言ってはいるが、恐らく根底は、この俺の惨劇すらも想定に組み込んでいそうで、本当にムカついた。

 

 けど、まあそれはどうでもいいとして。

 とりあえず、話だけは聞いてやるか。

 

「――こほん。では、まずは状況のおさらいから。組木勇翔くん。ナナシ君から事情は聞いていますよ。どうやら君は、ナナシ君と同じ“創命魂そうめいこん”を宿している希少な人間のため、マルスに命を狙われたようですね。……しかし、あなたは一度、その手下に襲撃されて命を落とすも、最終的には奴らの施した、身体を蘇生させる応急処置により、かえって命を助けられたのです」

 

「奴らは、本当に妙なことをしましたよね。君を完全に死なせはせず、それどころか、何故か肉体を蘇生させ、命を繋ぎ留めた。……あれは、魂を虚界に逃さないため。――つまり奴らは、自身の親玉であるマルスが、あなたの創命魂を丸ごと喰らうため、肉体という名の “檻”に閉じ込めた訳です」

 

 まあ。

 とはいえこれは、そんな軽い気持ちで聞ける話でもなかった訳だけど。

 

「肉体という名の檻、ね……」

 

 さらに、ようやく口の痙攣が回復した俺は、パンドラの言った言葉を、小さな声で、呟くように反芻した。

 

「ええ。ですが、そこにヌルティスの命を受けた、死神部隊が駆けつけた。彼らは奴の手下と、奴らが生み出した怪物どもの攻撃を食い止めつつ、君の肉体と魂を再び切り離す班、肉体を病院へ搬送する班、奴らを退ける班……。それぞれに分かれ、見事な連携によって、君を救出した。その結果、君の魂は虚界に、肉体は私の元に届けられ――。そして、今に至るのです」

 

「……なるほどね。つまり俺は、赤城アイツらに一度は殺されて、けど肉体は蘇生させられて、魂ごとマルスに献上されかけたところを、ボスの命を受けて、俺を助けに来てくれた死神たちに救われたと。その結果、俺は死んで、虚界あのせかいに辿り着いた……」

 

「はい、その通りです」

 

「いやおかしいだろ!? ジェットコースターかよ! 緩急エグすぎて風邪ひくわ! しかも乗りたくて乗ったわけでもねえのに……」

 

「あははははっ! ジェットコースターですか、確かに言い得て妙ですねぇ! しかし勇翔くん。今はそう言わず、生き返ることのできた喜びを噛み締めてはいかがですか?」

 

 しかし、当のパンドラは、そんな俺のツッコミを聞いても、楽しげに笑うばかりで。

 

「いやそんな簡単には噛み締められねえし笑えねえからな!? こっちは腹も魂もズタズタなんですけど!?」

 

「ええ、ええ、確かに。そうでしたね。では、あなたの身体のどこがどれだけズタズタだったか、次回の検診時に詳しく……」

 

「やめろおおおおおお!」

 

「ふふふ、冗談ですよ。――けれど、身体の状態については本当に興味深い。あなたのような複雑な過程を踏んだ蘇生例は、記録上でもほとんど存在していませんから」

 

 と、相変わらずパンドラは、俺のことをからかってばかりいたのだが。

 

「うわ……マジで実験動物扱いされてんじゃん、俺……」

 

「そんなことはありません。……私、あなたのことは大切にするつもりでいますよ? だって、あなたは――」

 

 ふとした、瞬間に。

 それだけ言って、パンドラは、そこで言葉を切った。

 

「……え? 何?」

 

「いえ、なんでもありません。今はまだ……ね」

 

「な、なんだよそれ……! 怖っ!」

 

「ふふっ。さあ、検診の次は説明タイム。質問があれば、どんどん訊いてくださいね?」

 

 そして、一瞬だけ、不穏な空気が流れるのだが。

 最終的に、パンドラはそんな質問を受け付ける形で話題を切った。

 

 けど、俺はまだ、頭の中がごちゃごちゃで……

 

「……いや、まだ、あんまり質問って言えるほど、まともな質問ができる気もしないし。……にしても、ほんとに色々ありすぎだろ。死んで、蘇って、また死んで、訳の分からん案内人と話したり、万物のボスに生き返らせてもらったり……今はこうして、わけのわかんねえ死神の病院で、変態女医に身体をずっといじくり回されて……」

 

 とか、軽口を叩くことしかできずにいた。

 

「“変態女医”は余計ですねえ。私は極めて真面目に、医療に従事しているつもりですが?」

 

「いやいやいやどこが!? 触診のテンションおかしかったし、絶対なんか楽しんでたでしょ!?」

 

「それは当然です。だって、あなたのような“生き返りたての契約者”なんて、めったに拝めませんから。……ねえ、組木勇翔くん。そういう存在を目の前にして、ワクワクしない方が、どうかしていますよ」

 

「なっ……」

 

 しかしパンドラは、 相も変わらずそんなイカれたことを言うばかりで。

 さらに、そんな彼女の瞳は、どこまでも冷たく、暗く研ぎ澄まされているようにも見えて。

 

 その眼差しはまるで、俺が心の内に隠し秘めている全ての思考を見透かしてくるかのような、そんな威圧感をたたえていた。

 

「……なんて、冗談ですよ。ふふ、脅かしてしまいましたか?」

 

 が。


 結局パンドラは、それらの発言や態度を冗談だと言って。

 また軽く笑いながら、再びカルテをひらひらとはためかせるのだけど。

 

 俺は、もう。

 その笑顔が、とても恐ろしく感じられて、ならなかった。

 

「……あっ、あのっ! それなら……勇翔が質問しないのなら、私が質問してもいい?」

 

 と、その時。

 

 唐突に、隣から軽快な声が響く。

 

 それはまるで、パンドラが作り出した、緊迫した空気を打ち破るように。

 

 まるで授業中、問題の答えを発表したがる小学生みたいに。

 元気に片手を上げて、ナナシがそう言ったのだ。

 

「ほう? いいですよ、もちろん。……どうしたんですか、ナナシ君?」

 

 だからパンドラは、ナナシに質問を許可するのだが。


 その上で、ナナシは。

 

「……あの。パンドラさんって、契約者がいないのに、なんで現世にずっといられるの? 現世に長く留まると、死神の肉体って、消滅しちゃうでしょ? 私も……前に、少しだけ消滅しかけちゃった経験があるから、分かるんだけど……どうして? 怖くないの?」

 

 と、訊いた。

 

 その問いかけは、まるで、疑問というよりも――

 なんというか、ナナシなりに、確信めいた念押しをしているようにも聞こえた。

 

 瞬間。

 

「おやおや。ナナシ君は相変わらず鋭いですね。そこに気づくとは、さすがヌルティスの愛弟子。……ご名答。基本的に、死神が現世へ留まるには、一度死した人間と契約を結び、その瞬間に溢れ出る“奇跡の光”を介して、世界の理を偽り続けなければいけません。そう、いうなれば、“契約者”との存在が必要不可欠。……そうでなければ、徐々に我ら死神の魂は、この現世の法則から乖離していき、最終的には消滅してしまいますよね」

 

 パンドラは、ナナシの問いを受けて、いきなり早口でそう説明を始めるのだが。

 

 それらの長いセリフを、淡々と告げるその様は、まるで論文を朗読する教授のようで。

 

 そんな彼女の振る舞いに対しても、ナナシは熱心に「うんうん」と頷いてばかりいたのだが。

 

 直後、パンドラは――

 ふと口元に、ぞっとするほど妖艶な笑みを浮かべた。

 

「――けれど。例外というものは、どんな世界にも存在するものです。例えば、ある一定の成果を収めた者だけに与えられる、“特別な滞在資格”とか」

 

 その歪んだ笑みに、俺は恐怖するのだが。

 

「成果……資格……?」

 

 一方でナナシは、依然として興味津々に、パンドラへそう問うた。

 

「はい。具体的には、“契約者の魂を正しく導いた数”と、“導かれた魂たちから下された評価”。……この二つの条件を、高い閾値で、同時に満たした者だけが、現世へ単独で滞在することを許されるのです。その場合のみ、契約とはまた違った奇跡の力を使い、自らの姿を肉体としてそのまま実体化させ、消滅することなく、現世に留まれる。 ……まあ、そんな夢のような資格を手にすることができたのは、現存する死神の中では、わずか四人だけ、ですが」

 

 そんな、ナナシの問いを受けて。

 それからパンドラは、さらにそんな説明を続け……

 

「もちろん、私もそのうちの一人です。……ですから、ここ30年は、その資格を活かし、こうして堂々と現世に出向いて、白衣を纏い、医者として活動しているという訳ですよ。いやはや、功績というのは、実に便利ですよね。……私はね、生まれてこの方7000年。うち6970年は虚界でずっと働き続けておりまして……死神たちの中では“古参”なのですよ。その上で、私は導いた魂の皆様方から、大変好ましい評価を頂き、ヌルティスから現世への長期滞在許可を受け、こちらに滞在しているのですよ。……なんと言いますか。こちらの世界で例えるならば、顧客満足度や売上などの高い評価を受けた営業マンが取れる、長期休暇という感じですかね」

 

 最終的にそう締め括って、彼女はくすりと笑った。


「なるほどね……」


 それを聞いて、俺は。


 ヌルティスも、そうだったけど。

 長寿の死神が急に出してくる、俗っぽい例えが、あまりにもしっくり来すぎるせいで。

 

 俺は思わず、ベッドの上で苦笑しながら、呻くようにそう返すことしかできなかった。

 

 が。

 

 そんな話に、表向きは、笑うことができていたとしても。

 

 俺の胸の奥には、依然として。

 鋭く、ひんやりとした……蟠りとも言える妙な感覚が、突き刺さるように残っていた。


 なんというか。

 パンドラの語る“功績”も、“信頼”も、まるで嘘には聞こえなかったのだけど。

 

 同時に――

 

 それが。

 何故かはわからないけど、どこか、恐ろしくも感じた、というか。


「つっても、顧客満足度って……あんた、死神の仕事をなんだと思ってるんだよ……」

 

 しかし、俺はその違和感を無視して、あえて彼女へそう語りかける。

 

「ふふふ、仕事は仕事ですよ。けれど私は、そう言った仕事をも、楽しんでやる主義ですから。虚界に迷い込んだ魂を居住エリアへ導くことも、生身の人間が患った病を診ることも――そして、あなたのような被検体を観察することも。全てにおいて興味が尽きず、自然と楽しんでしまうのです」

 

 かたやパンドラは、崩れた白衣を着直しながら、愉快そうにそんなことを言った。

 その際に彼女は、虚界の居住エリアだとか、俺にとっては聞き慣れない、新たな単語を呟いたんだけど。


「……いや、被検体に、観察って。……普通、んな物騒なこと、堂々と患者に言うか?」

 

 俺はその単語をも無視して、さらにパンドラへそう問うた。

 

「いいではないですか。私は決して、あなたのことを実験動物だとか、そういった野暮な認識で捉えている訳ではありませんよ? ……あくまで、あなたは最高の被検体。私は、自身の元に運良く転がり込んで来た被検体を……。もっと、じっくり……解剖することまではできずとも、隅々まで……入念に観察したいと思っているだけです」


 すると、こいつは。

 そんな俺への返答として、普通に最悪なことばかり言ってきたため。


「はぁ!? いやいや、ふざけんな! そっちの方が明らかにタチ悪いだろ!! とにかく、あんたが俺のこと患者扱いしてないことだけは分かったわ!」


俺は思わず、そう叫んでしまった。


 かたや、そんな俺のツッコミに、ナナシは「ぷっ」と吹き出したんだけど。


 その後。


「……でも、正直、すごいと思うよ。あの……パンドラさん、ありがとう。私、パンドラさんが、現世にずっと残り続けていられる理由を、今日、初めてちゃんと知ったから。それを聞けて、なんか……すごく、納得したっていうか。……あんまり、うまくは言えないけど。とにかく、教えてくれてありがとう。……やっぱりパンドラさんって、それだけすごい死神なんだね」


 ナナシは、そう言ったのだけど。


「……ありがとう、ナナシ君。……まあ、そんな君の言う “すごい”という評価の中には、“しぶとい”だとか“諦めが悪い”という評価も、きっと含まれているのでしょうけれど」


「え……?」


 そんなナナシの称賛を受けて、パンドラは、どこか寂しげにそう笑った。


 一方でナナシは、パンドラにそう言われても、首を傾げるばかりで。

 それだけで、恐らくナナシは、彼女パンドラが考えているほど、言葉の裏に何らかの意図を乗せていたわけではないと、すぐ分かったのだけど。


 俺は。

 ほんの一瞬だけパンドラが見せた、隙を見せたような笑みを見て。


 その時、ばかりは。

 彼女が見せたその表情に、嘘偽りはなく。


 今回ばかりは、俺はそれに恐怖を感じることはなかったし。


 それどころか、さらに俺は少しだけパンドラの見せた笑みに、共感さえしてしまっていた。

 何故だかは分からない。


 が。


「まあ、それはいいでしょう……。さて、次の説明に移る前に、ですが。――組木勇翔くん。……あなたからも、何か訊きたいことがあれば、どうぞ。……先ほどは少し混乱していたようですが、今ならきっと、何か質問が出てくるのでは?」


 と、当のパンドラは、いつの間にかそう話題を切り替え。

 再び、胡散臭い笑みを浮かべながら、そう促してきた。


 だから、俺は。


「……ああ、そうですね。ちょうど、気になってたこともありましたし」


そんな彼女の提案に乗っかって。

そう、口を開いた。


「虚界にいたとき、思ったんですよ。……あの時、俺は。なんで、死んでるのに息ができたのかなって。しかも、あの世界にいた時は……ずっと、かなり歩くのが遅かったし、でもボスのいる塔に向かった時は、なんか知らないけど、すごい身体が軽くなったし……。しかも、その塔に辿り着いた後、紆余曲折あって腹パンされた時だって、普通にクソ痛かったし。……ああいうのが、ちょっと、俺たちの世界から見た尺度じゃ、よく分からなくて。あれって、なんで死んでるはずなのに、そんな痛覚とか、息苦しさを感じたんですかね?」


 と。


 最初こそ俺は、めちゃくちゃ混乱して、何の質問も考えられていなかったけど。


 今は――

 そう、言えた。


「――なるほど」


 ……すると、そんな俺の問いを受けてか。

パンドラは静かにそう呟き、少しだけ目を細めながら――


「ふふふ……そこに気づきましたか。いい質問です。では、お答えしましょう。あなたが虚界で息ができた理由や、痛みを感じた理由を……。それもまた、“虚界の理”に触れる話ですので、ね」


 ふと、そう続けた。

 それから、彼女は。


「まず――虚界であなたが、息苦しさや痛みを覚えたのは、あくまで……あなたの魂が、もっとも記憶に残っている“器”……。すなわち、肉体の情報を再現していたから、に他なりません」


「……器? ってそうだ、なんか、前も聞いたような……」


 俺の質問を、皮切りに。


「ええ。魂というのは、記憶や性質の集合体。さらにあれは、“自身の魂にとって最も記憶が強かった肉体の姿”をも反射的に模倣してしまうのです。だから、あなたは……虚界にて、“肉体を持っているつもり”で存在していたのでしょう。肺で息をしていると錯覚し、腹部を殴られた時に生じた痛みも、圧迫感も。全て“記憶された肉体”の幻影が作用していただけです。いうなれば、幻肢痛というところでしょうか」


 再び……講義中、論文を読み上げる教授のようなテンションで、そう話し始めた。


 冷静に、淡々と。

 けれど、この女医はその目を異様に輝かせ、こちらを覗き込むようにして、話すため。


 少しだけ、やりづらくはあった。

 でも、パンドラの口から聞こえたそれらが、衝撃の新事実であることに変わりはないため。


「…………! じゃあ……あの時の感覚は、全部……」


 と、あえて俺はそうリアクションを取る。


「ええ。虚界にいる以上、肉体はないので、実際には、何ひとつ動いてはいません。心臓の鼓動も、呼吸も、血流も……全て、停止したまま。ですが、魂がそうあったと思い込む限り、感覚は現実そのものとなる。だから、あなたは息をし、汗をかき、殴られれば痛みを感じたのです。それらが“ある”ように感じる、というだけで、実際には存在していない感覚も……。あなたの魂は、生前、自身が纏っていた肉体を模倣することで、大幅な変化に消耗することもなく、虚界で過ごすことができたのでしょう」


「……その証拠に。あなたが、ヌルティスの住まう塔に向かう時だけ身体が軽くなったのも、彼があなたの身体に、特別な補正を与えていたから、なのだと思いますよ。魂が虚界に適応できていない状態では、歩くことすら難しい。けれど……あの時だけは、彼はあなたに試練を課すために、彼が“舞台装置”を整えた。あなたは、その上で演じていただけにすぎません」


 しかし、それでいて、彼女はさらに、悠然と語り続けるため。


「舞台装置……って、んな大袈裟な……」


 俺は、少し当惑する。


「大袈裟? いえいえ。あなたの魂はもう既に、“舞台”の主役として扱われているんですよ。――だから私は、あなたを観察することをやめられない。……それ故に、あなたの肉体の奥底に灯っては、生命の炎をぎらぎらと燃やし続ける、その“創命魂”は……よもやヌルティスが用意したあの瘴気すら跳ね除けた。――彼の用意した、あの試練を克服できた者は、歴代の客人でもそう多くはいません。……自信を持ってください。組木勇翔くん」


 が、パンドラは、依然として、熱くそのことを語り続けるばかりで。


「えっ……うわ、そうなの!? あの瘴気もテストだったのかよ! マジで勘弁してくれ……!」


 それらの熱に当てられ、さらにパンドラの語る、その他様々なネタバラシを聞いて、俺が肩を竦めると。


「いやいや、ボスはそういう人だから! っていうか、客人はボスに試されて当然でしょ!」


 不意に、ナナシが横から、そうツッコんできたため。


「はぁ!? なんだよそのオリルール! 当然じゃねえよ! いちいち試されるこっちの身にもなれよ!」


 さらに俺は、その発言に食って掛かり。

 自分で言うのもなんだけど、ぎゃーぎゃーと喚きながら、ナナシと言い争うのだが……


 ふと。

 ここでパンドラは、わざとらしく咳払いをしてから。


「……ナナシ君。そういえば、なのですが……あなた、今年でもう100歳くらいになりますよね? となると、まあ……元気なことはいいことなのですが。いつまでも、人間の子供と同じ尺度で騒ぐのは、もう卒業してはいかがですか? それでは、せっかく積み上げた年齢が台無しですよ? 今はこうやって、晴れて人間と契約を交わし、一応は見習いを脱して、一人前の死神として扱われているのですから……そろそろ、お姉さんらしく振る舞ってみるのも、悪くないと思いますけど?」


 と、言って。

 ぽつりと、そんな爆弾発言をこの場に落とした。

 

「……は? ひゃ……ひゃくっ……!?」


 そして、あまりにも滑らかにお出しされた衝撃の事実と、100歳は果たしてお姉さんなのかという疑惑の判定に、板挟みにされて、俺は思わず素っ頓狂な声を上げたのだけど。


「えっ、なっ、なにその反応!? わ、私だって、まだまだ子どもだし!!」


「いやいやいやいや嘘つくなよ! それで子供は無理があるだろ!? 完全にロリババアじゃねえか!」


「……っ!? ばっ……ババアって言うなあああ!!」


「ババアだろ! 100歳はどう見ても子供じゃないだろ!」


 一方でナナシは不服そうに、パンドラのアドバイスは無視して、顔を真っ赤にしながらそう喚き散らかした。


 しかも、その横で……


「くすっ。まあ、我々の基準から言えば、ナナシ君の年齢なんてまだまだ“生まれたて”なんですけどね。あくまで、ニュアンスとしては……人間で例えるならば、初めて弟ができた幼い女の子に、お姉ちゃんとしてしっかりしなさいと、そう諭すイメージでしょうか。……強いてババアと言うなら、それは私の方でしょう。だって、私は……この若々しい姿で、7000年もの長い時間を、ずっと過ごしてきたのですよ? ……まあ、時に人間は、そういった“属性”とやらを好むといいますが……。ロリババアだなんて言葉をご存知だということは……なるほど、勇翔くんはそういった属性がお好きで?」


 言い出しっぺであるパンドラはといえば、ふっと口元を押さえながら、静かに、そんなえげつないことを言って笑うばかりで。


「違えよ……っていうか、属性とか言うなし……」


「おや、違いましたか。では私のようなババアは、好みではないと?」


「そう言い切ったら言い切ったで、俺のこと解剖して人体実験してきそうで嫌だから、ノーコメントね。……っていうか。俺からしたら、死神基準だと100歳ですら新生児扱いっていうのが、あまりにも……そっちの方が怖いんだけど……」


 しかし、そんな俺の冗談に対し、ナナシが再び軽く笑ってくれたため。

 この病室を取り巻く空気は、その笑い声によって、また少しだけ軽くなった。


 それでいて。


「……まあ、いいや。……とりあえず、分かったこととしては……やっぱ、死神の生態って、人間とは全くもって違うんだな」


 ……と。

 最終的に俺が、そう言って、この話題を締め括ろうとした時。


「ええ。それはもう、油と水ほどに――根本から、全く異なっておりましょう。……とはいえ。今は、そのことは置いておきましょうか」


 不意に。


「――ねえ、組木勇翔くん、……実は、もう一つだけ、あなたに伝えておかねばならない、 大切なことがあるのです。……少し、重たい話になりますが、お話してもよろしいですか?」


 パンドラは、そう言った。


「えっ……はい……」


 だから、俺は。

 彼女が自然と織り成すその威圧感に圧され、すぐに頷くのだけど。


「分かりました。……では改めて、勇翔くん。私がこれからお話するのは、あなたの今後に関わる、大切な情報です。……心して、聞いてくださいね?」


「……はい」


 さらに彼女の紡ぐ容赦ない念押しに、気付けば背筋が伸びていく。


 そして。


「よろしい。……では、お話ししましょう。――少し前の話に遡りますが、先ほどお話ししたように……。まず、マルスによって差し向けられた手下によって、あなたは殺害された。しかし、彼らの延命措置によって、一度は息を吹き返したあなたの肉体は、ヌルティスの命によって駆けつけた死神たちの連携によって切り離され、私の元へ届けられました」


「そこであなたの魂がヌルティスと会話し、その肉体に再び宿り、生き返るまでの――数日の間、私はあなたの身体を治療し、死んだ肉体に再び魂が戻り、誤作動を起こさないための調整を行いました。……けれど、私がその治療を開始したのは、それからしばらく経った後でした。私が最初に行ったのは、来訪者の遮断。すなわち、“面会の打ち切り”です」


「えっ……」


 また新たな情報に呑まれ、息を飲む俺に、パンドラはさらに言葉を継ぐ。


「あなたを殺したマルスの手下たちは、その創命魂を、すぐさまマルスに献上するつもりだった。しかし、彼らはヌルティスの命を受けた死神たちに目当ての身体と魂を奪われたことで、血眼になって失敗を取り返そうとしたでしょう。さらに、彼らの失態を知ったマルスの身内でさえも、この騒ぎに乗じて、きっとすぐに動くはず。……ですから、私は医師として、あなたへの面会を一切拒否することで、情報の漏洩と、敵の侵入を防ぎました」


「……なるほど」


「しかしながら、もちろん。あなたのお母様には……先ほど、“勇翔くんの意識が戻った”という最低限の情報だけ、伝えておきました。……そんな彼女の反応は、とても温かかったですよ。曰く、お友達にも連絡するということで……あなたの仲間たちも、きっと間もなく、ここへ駆けつけてくるでしょう」


「え……っ!」


 さらに、続けて彼女が淡々と紡ぐその言葉に、俺は胸の奥底が、じんわりと熱くなっていくのを感じた。

 けど。


 それと、同時に――


「……けど、さ。それなら、敵は? 母さんも、狙われないの?」


 という不安も、脳裏にすぐ過ぎった。


「ええ。来ましたよ」


 しかし、そんな俺の懸念に対して。

 パンドラは、あまりにもさらりと、そう返したため。


「えっ……!?」


 俺は。

 まだ身体が魂に馴染んでいないために起きる激痛さえも、我慢しながら。

 思わず、ベッドから勢いよく身体を起こす。


「……大丈夫ですよ、落ち着いて。……確かに、あなたの肉体を追って、この病院の付近まで接近してきた連中はいました。その中には、あなたを殺したあの“化け物”も、いたのですが……。けれど、同様にヌルティスの命を受けて、虚界から送り込まれた死神たちが、全力で応戦し、病院を守り抜いてくれましたよ。……あなたの命を、繋ぐために」


 が。


 パンドラは。

 ふと、今まで俺に向けて放っていた、冷たい声とは、真逆の。


 それまでの態度からは、考えられないくらいに……温かい声音を、紡いでいたため。


「…………っ!」


 それを聞いて。

俺は、思わず拳をぐっと握りしめた。


 それでいて。


 俺は確かに、生き延びた。

 死神たちみんなが、繋いでくれた行動の上に。

 生かされて、もらっている。


 という、実感は。

 胸の奥底から、強く、湧き上がってくるものなのに。


 俺は、まだ。

 何故か。


 どうしても、この胸に残る、ざわつきを……

 何らかの、違和感を。


 拭い、振り払うことができないままでいた。


 そう。


 俺の、心の中には。

 まだ……


 何をどうやっても溶かし切れない、冷たい蟠りが残っていたのだった。


 それが、何なのかは。

 何故、そこまで強い違和感として、俺の心の中に君臨しているのか……までは、分からないけど。


 俺は、確実に

 この件の裏側に潜む、強大な影の存在を、密かに感じ取っていた。


  ――Ep.8-2 【狂気と白衣の観察者】



―――――――――――――――――――――


ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます!!

さて、謎と不安がじわじわと広がって参りましたが、次回もどうぞお楽しみに!

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