Ep.1 路地裏のパントマイム

 組木勇翔くみきゆうとは、いつの間にか路地裏に倒れていた。


 直後、少女の小さな掌が勇翔の顔に触れる。


「お前…………本当に生きてんのか!?」


 おおよそ人間の体温とは思えないほど冷たい手が頬に触れたことで、勇翔は思わず少女を問い詰めた。


「――どうかな?」


「いや、お前……っ、どうかなって……答えになってねえだろ!」


 しかし少女は、はぐらかすように儚い笑みを浮かべるばかりだった。

 勇翔はその笑顔に心を痛めつつも、曖昧に答える少女を咎めたが、しかしそれ以上何かを追及する気にはなれなかった。


 ……しばらくの間、気まずい沈黙が続いた。


 その沈黙を強調するように、路地裏の外から喧噪が流れこんでくる。

 そこで勇翔はようやく、少女が勇翔に覆い被さるような姿勢で手をつき、倒れないように踏み留まっていたことに気づく。


「…………っ! おい、近ぇよ! っていうか臭ぇし! 離れろ!」


 状況を理解した瞬間、勇翔はすぐさま少女から距離をとった。


「わっ。……酷いなぁ、女の子に向かってそんなこと言うなんて。そこまで慌てなくても――」


「慌てるだろ! 臭ぇのは事実だし! ……ったく、なんなんだよお前! なんだってゴミ箱なんかに……」


 そして勇翔は、少女にどうしてああなったのか問いかける。


「――酷いなぁ。……野良犬に追いかけられてたら、躓いちゃっただけなのに」

 だが、少女の要領を得ない返答を聞いて、勇翔は困惑していた。


「はあ……? だからって普通、頭からゴミ箱に突っ込まねーだろ? っていうかお前、何者なの? なんかやけに軽いし冷たいし……。本当に生きてる? マジで人間?」


「うーん…………」

「えっ、なんでそこで悩むの!? マジで人外パターンやめてね!? ただの恐怖体験だっての!」


「えっと、それがさ……。正直、私……キミの言う、“生きてる“って感覚がよく分からないんだよね……たぶん、その人外ってやつで間違いはないんだけど……」


 そして少女は、自分が人外であると暴露した。


「嘘だそんな事ーーーーッ!!?」


 勇翔はそんな少女の返答に恐怖した。


「くすっ」

「あぁ!?」


 突然のカミングアウトに頭を抱える勇翔を見て、少女は小さく笑った。


「嘘じゃないんだって。ねえ、キミ……面白いね。口は悪いけど」

「面白くねえよ!? っていうか一言余計だ! だいたいこっちはな――」


 勇翔はそんな少女に再び反論しようとしたが、思わず口をつぐんだ。 

 かすかに『カシャッ』というシャッター音が聞こえたからだ。


「おい、まさか――」


 シャッター音は後方から鳴っていた。


「――――――っ!」


 慌てて後ろを振り返ると、路地裏の入口には大勢の人だかりができていた。

 そして勇翔はようやく、路地裏へ流れこんでいた喧噪の正体に気づいた。


 勇翔は戦慄した。


 案の定、自分の元に何台ものスマホが向けられていたからだ。

 勇翔が人だかりの方を向くと、シャッターが焚かれるスピードが一層速まった。


「マジかよ……」


 絶え間なく焚かれ続けるシャッターのフラッシュに目を細めながら、勇翔は絶望した。

 それは、先ほど勇翔が披露した、あたかも実体のある透明な何かを引っこ抜くパントマイムに心を奪われた観衆だった。


 彼らは勇翔のことを、周囲から見れば高校生ながらに巧みな表現で観衆を楽しませる、期待の若手パントマイマーだと思っているようだった。


 しかし、勇翔にそんなつもりは毛頭なかった。

 彼はゴミ箱に頭を突っ込んで出られなくなった少女を救い出そうとして、真っ先に行動を起こしただけなのだ。


 大衆がパントマイムに見えていた動きは、勇翔にとっては決死の救出劇だった。

 勇翔はただ、ゴミ箱の中にハマって抜けられなかった少女を助け、そのはずみで転んでしまっただけなのだ。


 だが、勇翔が助けた少女は、周囲の人間には見えなかった。

 そんなことも露知らず、勇翔は周囲がざわつきだした事に絶望していた。


「……っ! おい、お前……ふざけんなよ! めちゃくちゃ撮られてんじゃねえか!」


 勇翔は思わず髪を乱暴にかき上げ、少女に対して怒鳴っていた。


「え?」


 対して少女は、素っ頓狂な返事をこぼすばかりで、勇翔の言葉の意味をいまいち理解していないようだった。


「……撮られてるって。別にいいんじゃないの? どういうこと?」

 少女はきょとんとした表情を浮かべ、首を傾げながらそう言った。

「いいワケねーだろ! だってさ、ほら……、お前……俺と…………っ」


 勇翔にも何かしら撮られたくない理由があるのだろうが、しかし彼はそれを言えずにいた。


 少女は最初こそきょとんとしていたが、しばらくして

「…………あぁ!」 

 と、何かを察した様子で声を上げた。


「やっと分かったか! お前……」

「大丈夫だよ! この人たちに私は見えないから!」

 慌てる勇翔に対し、少女は衝撃の事実を口にした。


「……は? そ、そうなの?」


 勇翔は度肝を抜かれた様子で、間の抜けた声を漏らした。


「うん! だからこの人たちには、一人で喋って変な挙動ばっかりしてるキミしか見えてない――」


「どのみち大問題じゃねえかあああああぁぁぁぁ!!」


 観衆に少女は見えないため、彼女はさも何の弊害も生じていないような口ぶりで話していたが、勇翔はその発言を遮り、思わず絶叫していた。


 ――カシャッ! カシャカシャッ!


 勇翔が叫んだことで、シャッターが焚かれるペースがさらに早まった。

 観衆は、彼がパントマイムを披露した後にとり始めた奇行を、写真や動画に収めようと躍起になっていたのだ。


「クソッ! どうすんだよ、これ…………」


 そんな状況を目の当たりにして、勇翔はしばらく途方に暮れていた。

 だが。


 ――キーン、コーン、カーン、コーン…………


 鳴り止まないシャッター音と混じって、ふと、遠方からチャイムの音がした。


「…………………!」


 勇翔はそんなチャイムの音で我に返った。

 そして、スマホを取り出して時間を確認するも、時刻は始業の5分前を指しており、絶望で勇翔は固まった。


 そう。

 組木勇翔は今、絶賛登校中だったのだ。


「――やっべぇ!」


 勇翔はすぐさま人だかりを見渡した。

 彼はこの大勢の人だかりを掻き分け、路地に戻って学校に行くために、人の密集が少なく、通り抜けやすい場所を探していた。


 観衆の中には、動画を撮る手を止め、怪訝そうな顔をする者もいた。

 だが、今の勇翔にそんな視線を気にする余裕などなかった。


「どけどけどけどけーッ!!」


 勇翔はいきなり走り出した。


 かと思えば、彼は観衆の間を掻き分けるようにして、路地裏を飛び出していた。


「えぇっ!? ね、ねえ! ちょっと待ってよ!」


 そんな勇翔の行動に驚いた少女は、たちまち声を上げた。


「ごめん、俺行くから! マジで急いでるんだ! 撮った動画はネットに上げないでね! 頼むから!!」

 

 が、当の勇翔は彼女の声など気にすることなく、後方でポカンとしている観衆へ声をかけると、再び前を向いて駆け出していた。


「え――っ!? 私よりそっち心配するの――ーっ!? ねえ待ってよ! まだお礼できてないじゃん! ねえ!!」


「くっそ……! なんでこんなことになるんだよ……! 新学期が始まって早々遅刻とか、マジで洒落になんねえだろ……っ!」


「待ってってばーーっ!」


 そして勇翔は、そんな愚痴をこぼしながらも、路地裏から響く少女の声は無視して、全力疾走で学校まで向かっていた。


 *


「はあ…………」


 結論から言うと、勇翔は普通に遅刻した。

 しかし当の勇翔は、納得が行かないと担任に直談判した。


 だが、恐らくそれが問題だったのだろう。


「――俺はチャイムが鳴ったのとほっっとんど同時に教室に入りました! これは滑り込みセーフじゃないんでしょうか!?」


 勇翔はそんな主張を繰り返し、担任に自身の正当性を訴えかけたのだが、しかしその奮闘も虚しく、容赦なく遅刻判定を下され、完全に意気消沈していた。


 ――そして。

 放課後の教室にて、勇翔は学食で買ったパンを片手に、机に突っ伏しながら不貞腐れていた。


「結局、遅刻かよ……。クソッ、先生アイツ……なんなんだよ! おかしいって! あそこまで無視することないだろ…………!」


 教室の窓から覗く桜の木が、まるで両手を大きく広げるように、満開の花々を枝の先々に咲かせている。


「母さんのためにも、もう遅刻しないって決めたのに……」


 そんな桜の木からは花弁が一枚ずつ散り、開いた窓の隙間から教室に入ってくることもあった。

 その木は、夕日に照らされて静かにこの学舎まなびやを見守るように佇んでいた。


「2年になって早々これとか、マジでツイてねぇ……」


「ま、それはそうだな。……けど勇翔、朝から全力疾走なんて無茶しすぎだぞ。あれは危ないし、やめた方がいい」


「えっ……?」


 しかし、そんな詩的な光景を目の当たりにしてもなお落ち込む勇翔に向けてか、誰もいないはずの教室から声がした。

 驚いて声がした方を振り向くと、そこには勇翔の最大の理解者が立っていた。


あゆむ……!」


 勇翔の表情は分かりやすく明るくなった。


 彼の名前は前村歩まえむらあゆむ


 彼は勇翔の幼馴染であり、最高の親友だった。

 それは勇翔が一方的にそう思っているだけでなく、彼自身にもその自負はあった。


「でもよ…………! あの時は全力疾走しねえとヤバかったんだって! 俺は本当にチャイムが鳴ったのとほっっっっとんど同時に教室に入ったのに、あれが遅刻判定って、ふざけてんだろ!? しかも課題まで増やされて……っ! あーもう、どこ行っちまったんだよ俺のパラダイスは!」


「はは……。お前、いつもそれ言ってるよな。中学校の時、給食にプリンついてた日とかも叫んでし……そのパラダイスって、結局なんなんだ?」


 歩は軽く苦笑しながら、ふんわりとしたショートヘアを揺らし、絶叫してばかりいる勇翔の隣に座っていた。


 どことなく女性的でありながらも、生まれながらに茶髪であることを生かし、その甘いルックスを際立たせるためにゆるいパーマをかけた彼の姿は、学校中の女子が放つ黄色い声援を全て我がものにせんと言わんばかりのオーラを醸していた。


「あー? そりゃパラダイスはパラダイスだろ! 最高の気分になったらだいたいパラダイスなんだよ! そういうクセ! なんか気づいたら言っちまうんだよ!」


 そして、よく分からない基準でパラダイスを語る勇翔に対して、歩はいつも通り優しい口調で会話を進める。


「そっかそっか、よくわからん。……けどな、勇翔。お前、さすがに遅刻一つで落ち込みすぎだって。お前はいつも、朝礼が始まる5分前くらいには席についてるだろ?」


 そんな歩の言葉を聞いて、勇翔はパンを頬張りながら顔を上げた。


「んぐっ……、わあってるよ! けど、あれはしゃーねえんだって! 不可抗力だっての!」


「そうなのか?」


「ああ……。今日はたまたま、トラブルに遭ったせいで遅刻しちまっただけなんだよ。……なのに先生アイツ、あれアウトっておかしくね!? あまりにも心狭すぎねえ!?」


 それでも歩は勇翔にフォローを入れたが、しかし勇翔は今朝のことをやけに引き摺っているせいか、なおもブツブツと文句を垂らしていた。


 だが、歩は何か言うわけでもなく、そんな勇翔の愚痴をしばらく聞いてあげた後、再び優しい言葉をかけた。


「……まあ、遅刻はもう気にするなって。トラブルがあったなら、尚更そうだろ」


「うーん……。そうかもしんねえけどさぁ……なんか、今日は変な日だったっつうかさ……」


 しかし、勇翔は歩にそう気遣われても、どこかモヤモヤした表情を浮かべていた。


「ふーん……。変な日、ねえ――」


 そんな勇翔の様子を見て、歩は小さく首を傾げていた。


「むぐっ、はあ…………」


 かたや勇翔は、食べていたパンの最後の一切れを口に放り込むと、不機嫌そうに頭を掻いた。


 と、その時だった。

 突如、ガラガラと大きな音を立てて教室の扉が勢いよく開き――


「おっ、センパ~イ! まだ帰ってなかったんすか? 今日も元気っすね~!」


 勇翔たちの後輩である榊夏芽さかきなつめが、いきなり教室に入ってくる。


「あ、夏芽なつめちゃん。どうも」

「こんちわっす!」


 彼女が乱入してきたことで、場の空気は一気に賑やかになっていた。


 目元を隠すように長く伸びた青髪に、至るところに入った金のメッシュ。

 そして、縁の赤い丸メガネが、自身を象徴づける何よりのチャームポイントだと当人は語る。

 彼女の辞典に、校則という言葉は存在しないのだろう。


 だが、むしろその自由奔放を体現した姿こそが、彼女を彼女たらしめている理由でもあるのだろう。


「……夏芽なつめ。お前は今の俺が元気に見えるのか?」

「えっ、はい」


 夏芽は何故か、やたらと勇翔のことを気に入っており、何かと理由をつけては勇翔のことをからかってきた。


 そして今日も、彼女は賑やかな声を上げながら、勇翔に駆け寄るなり、いつも通り彼をからかうように声をかけた。


「はああああああああ!? ふざけんなよオイ! マジでお前……っ。…………はあ」


 しかし、そんな彼女の言葉は、勇翔がさらに落胆する引き金となってしまっていた。


「……あちゃー…………そういう感じっすか……」


「…………そういう感じって、どういう感じだよ」

「や、何も。……センパイ。さっきのは嘘っすよ。元気出してください」


「え、やだよ」


「うわ、めんどくさっ。ねえ前村センパイ、どうしたんすかこの人」


 だから、夏芽は歩にどうしてこうなったのかを訊いた。

 彼女にとっては、勇翔がここまで落ち込むことが珍しかったからだ。


「いや、それがさ……。なんかこいつ、堂々と遅刻してきたくせに、その遅刻を取り消そうと、一丁前に先生に口論を挑んでは無視されまくって落ち込んでるんだよ。それになんか、遅刻してきたことをやけに引き摺ってるみたいで、面倒くさいっていうか……」


「あ~……。それは確かに…………」


「なに…………? お前ら……俺が面倒くさいだと……?」


 と、歩がそう答えた瞬間、勇翔は唸るように呟いた。

 あまりに夏芽と歩が「面倒くさい」と言うものだから、勇翔は二人に恨めしそうな眼差しを向けていた。


「「げっ」」

 歩と夏芽はハモりながら、勇翔から一歩退いた。


「何が『げっ』だ! っていうか引くな! 悲しくなるだろ!」


「いや、だってさ…………なぁ?」

「いやぁ、そりゃあ……ねぇ?」


「さっきから同じような反応すんな! なんかお前ら、やけに仲良くなってねえか!?」


「そうか?」

「えぇ? そりゃ気のせいっすよ」


 対する勇翔は二人のシンクロに驚いたり、ツッコんだりと、しばらくは賑やかな感情の変化を見せていた。


「あぁ、そうかよ…………。 ――ってそうじゃねえんだよクソォ! だあああああああっ、もう! やってられっか!」


 が。


「ひえっ!?」


 彼は突然、何かに憑りつかれたかのように怒りだし、勢いよく立ち上がってはカバンを持ち上げ、急に教室から出ていこうとした。


「おい、急にどうしたんだよ!」


 勇翔の豹変に夏芽は悲鳴を上げ、歩は彼を心配した。


「帰る! ……なんかもう、遅刻ごときでいちいち落ち込むのがバカらしくなってきたんだよ!」


 だが当の本人は、いつもの調子を取り戻した様子で、堂々と帰宅する旨を伝えただけだった。


「……ああ、そう」

「だから、最初からそう言ってるじゃないすか…………」


「うっ……! うるせえな! ほら、帰ろうぜ!」

「はーいっ。……相変わらず勝手っすね、センパイは」


「まあまあ、いつもの勇翔に戻ってよかったじゃん。ほら、夏芽ちゃんも帰ろうぜ」


「…………まあ、そっすね。帰りましょ!」


 そんな勇翔の言葉に夏芽は最初こそ困惑していたが、しかし歩の言葉に共感し、結局のところ彼らと共に教室を出る事となった。


「そういやお前ら、今日は部活ねえの?」

「あたしは休みっす。前村センパイは?」


「俺も今日は休みだよ。……っていうか、そうじゃないとこんな時間まで勇翔コイツの相談に乗ってやれないって。普段ならとっくに練習が始まってる頃だし」


「あー、そうなんすね。……いやはや、センパイは相変わらず前村センパイのこと好きっすね~?」


「いや、その言い方やめろよ! つーかお前もいつも俺んとこ来てるけど、部活ある時大丈夫なのか!? それで言ったら、お前こそちょっと、なんか…………」


「あたしは別に文芸部っすから、少しくらい休んだり遅れても、そこんとこゆるいから大丈夫なんすよ。っていうか、勘違いしないでくださいね。……センパイの言いたいこと、なんとなく分かりますけど、違いますから」


「ほ、ほーーーーん!? なるほどぉ? それならなんで俺の言いたいこと分かったのかなぁ!? あれれぇ、夏芽さぁん!?」


「……ノーコメントで。さ、行きましょ、前村センパイ」


「ああああ待って! 無視しないで行かないで! ちょうど帰る前にゲーセン寄りたかっただけなのに! ちょっと今日は嫌なことがありすぎたから、少しだけ遊んで忘れたかっただけなのにー!」


「えー、またっすか…………? まあ、あたしは別にいいっすけど。……っていうかセンパイ、そんな一回遅刻しただけで、そこまで凹みます…………?」


「だからそれだけじゃねえんだって。はあ…………」

 

「まあ、ずっと能天気なコイツにも悩みの種は存在するってことだよ。俺は賛成。……けど勇翔、お前、またボコボコにされて騒ぐなよ? 今より凹むことになっても知らないからな?」


 そうして夕暮れの廊下を歩く最中、部活の話から一転し、ゲームセンターへ行こうと提案する勇翔の言葉に、夏芽はしぶしぶ頷き、歩は彼の戦績を指摘する。


 勇翔と歩の格闘ゲームにおける腕前の差は、圧倒的なものであった。

 歩の言う、“この前”にあたる日の試合総数だけで、勇翔の戦績は4勝27敗……といったように。


「うるせえ歩! 今日こそ絶っっ対リベンジしてやるからな! つーか俺、そんな能天気じゃねえし!」


 しかし、そんな実力差も顧みずに勇翔が勢いよく宣言すると、夏芽は呆れたように肩をすくめた。


「充分、能天気っすよ。それに、その調子じゃリベンジって言いつつ、どうせまたボロ負けしそうっすけどね。……まあでも、頑張ってくださいな、センパイ」


「へっ、言ってろよ夏芽! 今日こそ歩に勝ち越してやるから、楽しみにしてろ!」

「え~? そんなこと言いながらいつも負けてる気がするんすけど~?」


「そうだな! けど、今日こそ絶対に勝つから問題ねえ!」

「あははっ、そうかよ。……じゃあ手加減はしないぞ、勇翔」


「いや待って!? その言い方だと今まで手加減してたってこと!? それはちょっとご勘弁かなーって思ったり!?」


「いやいや、冗談だよ。……俺はいつもお前のことを全力で潰してる」

「それもそれでなんかちょっと嫌なんだけどぉ!?」


「ふふっ、やっぱ元気っすね。センパイたち」


「へっ、元気で結構! 今日こそ勝って、俺のパラダイスを取り戻すからな! っしゃあ! 今日から俺の天下が始まるぜ~!」


 そんな勇翔の宣言に応じ、真っ向から叩き潰すと言わんばかりに制服の袖を捲る歩に、夏芽は笑って茶々を入れる。


 彼らはそんな賑やかな会話を交わしながら、学校を後にしていた。


 ――のだが。


 この平穏な日常が終わりを迎える瞬間は、音を立てることもなく密かに、しかし確かに近づいていた。


 この時、勇翔たちはまだ知らなかった。

 この日々が、底抜けの悪意によって打ち砕かれてしまうことを。


 組木勇翔はまだ気づかなかった。

 見えざる敵意が、彼の背後へ密かに忍び寄っていることに。


 それは、勇翔だけでなく、他の誰にも気付かれる事もなく静かに牙を研ぎ、彼の背後に忍び寄っていたのだ。


 そして――


 組木勇翔はまだ、そんなことを知る由もなかった。

 彼がこの日を境に、非日常へと足を踏み入れることになるなど。


 しかし、彼にそんな非情な現実が降りかかる瞬間は、もう間近に迫っていた。


 いつもの何気ない帰り道、勇翔たちが見上げた空は、鮮やかな茜色に染まりきっていた。

 それはどこか穏やかで、まるでこの日常が永遠に続くかのように錯覚させてしまうかのような光景だった。


 だが、勇翔たちの知り得ぬ状況、知る由もない場所では確実に何かが動いていた。

 勇翔たちの立つ光の届く街とは対極に、影が蠢き、闇が跋扈する無法な地にて、それは念入りに準備されていた。


 まるで、平穏な日々が打ち砕かれる前触れであるかのように。


 運命の歯車は静かに狂い始めていた。


 しかし組木勇翔はまだ知らない。

 背後に忍び寄る黒い影が、全てを飲み込む前触れであることを――。


  ――Ep.1 【路地裏のパントマイム】



――――――――――――――――――――――


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