第3話

 作戦を託されたカリッツアーは退役の身であったので、カルヴァルが文官を通じて王女付の特別職提督として軍籍に即日復帰させた。

 誰しもが災害対応に追われ救助に頭を捻っている最中であったため、退役した潜水艦のことなど気にも留めていないことも好都合だった。作戦立案を三時間で仕上げるほどにカリッツアーは切れ者であり、それを何処にどのように持っていけば実行できるかを判断できる優秀な提督でもあった。退役した副官や懐かしの部下に連絡を取ると全員を第三王女の武官として雇い、直ちに王都軍港に参集するように指示まで飛ばしていた。

 王都軍港に係留されていた「900-1」潜の最後の艦長エドワーズは軍艦旗を失った艦の引き渡しに向けて手続きを進めている最中であり艦内で数多くの書類の処理をしていた。乗組員は最小限が残るのみだが原子力機関の火は落とされておらず、最後の最後、解体泊地までの航行までは艦内各部は整備されて快調そのものであった。

 そんな寂しくも愛おしい時間を過ごしていた最中、命令書を携えた老提督が尋ねてきたと副官から聞いた時は耳を疑った。


「この艦で向かうのでありますか?」

「そうだ、第三王女が思いついて私が立案した作戦だ、これが作戦書になる」


 差し出された作戦書を手渡されエドワーズは内容を手早く理解しながら熟読してゆく。数か所ほど修正しなければならないだろうが、難しい作戦ではない。潜水艦乗りでない提督が作戦を遂行するための運用知識を有している事にも驚きを隠せなかった。

 現在のところ空母艦隊は遠洋訓練中であり駆けつけるにしても時間が必要で、駆逐艦や輸送艦は石などの流出物で寄ることすらできずにいる。突入しようとした駆逐艦がスクリューと機関をやられてサンゴ礁に座礁したとの緊急電を無線士が記録に記していたのも知っていた。


「お役に立てるのなら、最後の御奉公くらいできるでしょう」

「ああ、まぁ、最後になるかはわからんが……この艦は軍籍から抜けている、なので、第三王女の城艦として指定されることとなる。海軍は関与しない、だから、できる限りやりたいことを自由にやれ、王女は救助をお望みだ、それを成せ」

「了解しました。直ちに準備に掛かります」

「うむ、私も補助艦艇を見つけてくる。支援物資は陸軍が手配したものをこちらに回してもらうように話を付けた。積み込みには陸軍が協力してくれる」

「至れり尽くせりですな」

「七十二時間の壁がある。なんとしても早急に出航できるように整えよ」

「はい」


 ノックをも忘れドアが開かれると真っ青な顔をした副官が飛び込んできた。

 陸軍の車列と人員が物資をとっとと載せろと喚き散らしていた。数十台の輸送トラックの列が基地の入口から延々と伸び続いていると、艦橋の監視員から報告が上がっているとも知らされる。


「副官、積み込み開始だ。計算しながら徹底的に積み込め」


 エドワーズが指示を飛ばし副官と共に駆け出してゆく、カリッツアーも出されていた珈琲を飲み干してから足早に部屋を後にした。陸軍の指揮官と話をつけねばらならない。

 ミサイルセルのない船倉が救援物資で一杯になると、次は艦内各所の空いた空間へ徹底的に積み込まれた。本来なら殺戮兵器を打ち出す魚雷発射管にさえ、防水袋に包んで押し込み、四十本の魚雷が悠然と並んでいた魚雷台の上には医療器具、オムツ、生理用品、毛布や食料品などが一ミリの隙間を惜しむように押し込まれた。艦橋では適時報告される積み込み重量と浮力計算を行いつつ、最大限まで詰めるだけ詰めるように幾度も計算がなされていった。

 最期の積み込み点検がなされた頃、第三王女の紋章を付けた自動車が軍港に停泊している潜水艦の岸壁に停車する。式典で着用した幼い軍装を纏うカルヴァルが降り立つと誰もがその小さい背に敬礼を向ける。微笑みを絶やさず彼らの前を悠然と歩いたカルヴァルは、艦橋へと掛けられたラッタルの前で敬礼をする老提督の元へと駆け寄った。


「すべて完了であります」

「提督、子供の戯言で済まさないでくれて本当にありがとう」

「姫様の好き勝手は今に始まったことではありませんからな、海軍にも根回しはしておきました。それから消防、警察、陸軍からなる救助隊員と医療班も載せております」

「うん、いいわね、じゃ、行きましょ」

「見送りに来たのではないのですか?」

「言い出しっぺは私、そして城艦にしたのも私、身の回りの世話はアレハンドラがしてくれるから気を使わなくて大丈夫。あと、これをみんなに配ってほしいわ」

 

 車の後部から運転手が重量のある鞄を引いて持ってきて、カリッツアーの前で蓋を開く。中には綺麗な金貨が山のように入っていた。第三王女が生まれた年に発行された記念金貨でカルヴァルの名前が刻まれている。


「アレハンドラが潜水艦乗りは艦名を記したコインを持つと教えてくれたわ、教会で清められた物ではなく、私が心を込めて祈っただけの物だけど、配ってくれたら嬉しいわ」


 カルヴァルのすべての指には絆創膏が巻かれており、それを視線で指摘したカリッツアーにアレハンドラが深く深く頷いた。

 提督が作戦を立案し行動している間に数件ほどカルヴァルがカリッツアーの作戦に関与しているのかと問い合わせがあった。その度にそうであると答えて王にも連絡を取る、王は王子や王女が自発的に何かを成すことを期待していたようであり、カルヴァルが報告した作戦の裁可を下した。もちろん、カルヴァルは王宮で留守番する約束であったが、それを甘んじて守るこつもりなどさらさらにない。初代の国王であるラスタリア女王が常に前線指揮所で指揮を取った逸話を学んでからはジャガック(チェスのようなもの)の指し手のように後ろで控えているのは性に合わない。


[程よい前へ、邪魔をせず、邪魔にならず、威厳を示せ]


 ラスタリアの金言のとおりに行動することにしたのだ。

 アレハンドラより艦名コインの話を聞き、王の宝物庫に娘としては恥ずかしくなるほどの量の生誕記念硬貨が保管されていることを思いだし、盗み出すようにしてこっそりと王宮内の自室へと運び込んだ。

 

 そして、一枚、一枚を手に取っては心を込める。


 持つものがしっかりと任務を果たし、決して怪我をすることなく、無事に艦へと帰ってきてくれるようにと願い、念を込めるように祈れるだけの数百枚のコインをしっかりと両手で握った。


「必ず渡します」

「これは特別なコイン、提督だけの、最初の一枚目よ」

「心より感謝を申し上げます。頂戴いたします」

 ポケットからハンカチに包んだ大切な一枚目をカリッツアーに直に手渡した。彼はそれをじっと見つめてからしっかりと握りしめる。

「ご案内いたします」


 エドワーズにも金貨を授けてラッタルを昇って行く。

 式典の時には老齢の古い潜水艦だと感じていたが、今は違う、数多の戦場を駆け抜ける老兵のような力強さを宿していた、この艦に任せれば大丈夫なのだと根拠のない自信さえ抱かせてくれる。

 艦橋へと乗り込み鉄製の梯子を下りてゆく。

エドワーズ、アレハンドラ、そしてカルヴァル、万が一、落ちたとしても下の2人がクッションになるよう配慮されていた。梯子の最後の一段で緊張のために足を滑らせたカルヴァルの軍靴がカツンと床を叩いて甲高い音を鳴らした。

 それは艦内のすべてに響き渡るほどの音であり、潜水艦乗りなら誰しもが眉を顰めるものであった、だが、エドワーズがそれを打ち消すように大声で告げる。


「王女殿下乗艦!」


 これ以降、王女の乗艦は甲高い音を立てる伝統が始まったのだった。

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