第2話願いの代償
冬の寒さが未だ肌を刺す頃、七大国の一つ、レグネッセス大国の騎士団は隣国グランデルニアの砦「パレディア城」を陥落させた。その城は、ただの防衛拠点ではなかった。古い伝説によれば「願いを叶える巫女」が住む神秘の地とされていたからだ。
その知らせがグランデルニアの王宮に届いた時、重厚な大理石の広間はざわついた。高い天井に響く声の応酬は、ついに王の一声で沈黙する。
「余に良案がある」と王は低く語った。陰影の深い顔には冷たい笑みが浮かび、その背後には古びた十字架が影を落としていた。
白竜騎士団の駐屯地:嵐の中の牙城
レグネッセス大国の北部に位置する白竜騎士団の駐屯地は、戦略的にも重要な山岳地帯に築かれていた。その石造りの要塞は険しい岩山を背景にそびえ立ち、雪解け水を引いた堀が侵入者を拒む。要塞内には厩舎や鍛冶場、教会が整然と配置され、中央には騎士たちが集う大広間がある。壁には白竜を象った紋章が刻まれ、団員たちの誇りを象徴している。
白竜騎士団は、レグネッセスの四大騎士団の中でも最も武勇を誇り、その指揮を執るのはフォーグ団長。彼は威風堂々たる巨躯と冷静沈着な判断力で知られ、騎士たちから絶対的な信頼を寄せられている。白髪交じりの短髪と深い皺が刻まれた顔からは長年の戦場経験が滲み出ていた。
「グランデルニアの使者からだ」とフォーグは重々しい声で言った。その手には、使者が持参した封蝋付きの書簡が握られている。
「交渉だそうだ。名をサラという、金髪に青い瞳、歳は十五――彼女を差し出すならば、グランデルニアは占拠した一城を放棄するという」
その言葉に騎士たちはざわめき立った。「城一つ」とは尋常な取引ではない。それだけの価値がある少女とは何者なのか。
その場にいた若き騎士、アルフレッドは硬直していた。彼の胸中には、ある確信があった。
「その少女は、今ここにいる…」
アルフレッドが白竜騎士団の宿舎として割り当てられた部屋に戻ると、そこにはサラが座っていた。石造りの簡素な部屋には暖炉の火が揺らめき、彼女の金色の髪を輝かせている。サラは戦場で保護された孤児だとされていたが、その瞳にはただの娘にはない深い憂いが宿っていた。
「サラ、グランデルニアからの要求の話を聞いてくれるか?」
アルフレッドが慎重に事情を説明すると、サラは目を伏せたまま言った。
「私は帰りたくないの。母国に戻れば、私の人生は道具として終わるだけだから」
「道具?」
アルフレッドが驚き問い返すと、サラは自嘲気味に笑った。
「信じられないと思うけれど、私は奇跡の力を持っているの。人々の願いを叶える力――それが私の呪い」
「奇跡の力?」
サラは意を決したように顔を上げ、その澄んだ青い瞳がアルフレッドを見つめた。
「証明してみせるわ。あなたの剣を貸して」
「レディに剣を向けるなんて冗談じゃない!」
彼が断る間もなく、手が勝手に動き始めた。剣を抜き、彼女の首筋へ向ける。
「これが私の力よ」とサラは静かに言った。その首からは一筋の血が滴り落ちたが、瞬く間に傷が消えていた。
アルフレッドは膝をつき、震えながら問いかけた。
「本当に……奇跡の力を?」
「ええ。でも、その力は人を狂わせるだけ。だから私は、普通に生きたいの。ただそれだけ…」
アルフレッドは騎士団長フォーグの執務室を訪れていた。部屋には堅苦しい沈黙が漂い、壁に掲げられた剣や盾が重々しい雰囲気をさらに際立たせている。アルフレッドの手は汗ばんでいたが、顔にはそれを隠す冷静さを装っていた。フォーグ団長は壮年の男で、威厳ある姿勢を崩さない。その視線は部下を一目で萎縮させる力を持つ。だが、今その目は疑念と興味でアルフレッドを見つめていた。
「アルフレッド、聞いている話がある。白竜騎士団の若き騎士が少女を匿っていると」
フォーグは低い声で言った。その一言に、アルフレッドの心臓はひと際大きく跳ねた。
「……事実です。ですが、事情を説明させてください」
アルフレッドは深く息を吸い、サラの存在と彼女の持つ力について話し始めた。話すたびに、口調は慎重になり、言葉を選ぶような間が増えた。
フォーグは顎に手を当て、長く深い考えの沈黙の後に言葉を返した。
「お前はよくやった。その少女が敵国家にとって重要であることは明白だ。だが、彼女の存在を公にすれば、我が国に利用される危険が増す」
フォーグは立ち上がり、窓辺に立って夜空を見上げた。
「騎士道とはただ剣を振るうことではない。守るべきもののために、時に秘密を抱え、時に正義を歪める覚悟を持つことだ。私がこのことを隠す。だが、お前は覚悟を持て」
その言葉を聞き、アルフレッドは深々と頭を下げた。
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