第3話荒野の先に輝く誓い
その夜、アルフレッドの部屋には静寂が戻っていた。サラはベッドに腰掛け、外の月明かりを見つめていた。彼女の表情はどこか寂しげで、アルフレッドはその横顔に胸を締め付けられる思いを抱いた。
「私、ここにいていいのかな」
サラがポツリと呟いた言葉に、アルフレッドは答えようとしたが、扉をノックする音がその言葉を遮った。
間を置かず部屋の扉が荒々しく開かれる。
「よう、アルフレッド」
その騎士の声が響いた瞬間、アルフレッドは硬直した。
現れたのは白虎騎士団のロレインだった。彼は長い白髪をなびかせ、血のように赤い瞳をギラつかせながら室内を見渡した。その瞳は獲物を見定める捕食者そのものだった。
白虎騎士団は四大騎士団の中でも「最も冷酷」と恐れられ、ロレインはその中でもとりわけ残忍なことで知られている。「どうやら大事な客人がいるらしいな」
ロレインは部屋の中に目を走らせると、怯えた様子で立ち上がったサラに視線を止めた。その瞳が獲物を狙う獣のように鋭く光る。
「ロレイン、ここは部外者が来るべき場所ではない」
アルフレッドは冷静に言葉を選んだが、その声には微かな焦りが滲んでいた。
「部外者ね。グランデルニアが最近、交渉でしつこく言及していた『願いを叶える力』についてはどう思う?そしてその力を持つ者がどこにいるか、俺が知らないとでも?」
ロレインは扉を閉め、部屋の中へ一歩踏み込んだ。その気配にサラが一歩後退する。
「俺はあの会議室で確信したんだよ。お前とフォーグが何かを隠しているってな。それがこの女か?」
アルフレッドはロレインを睨み返し、背中でサラを守るように立った。
「彼女は危険な存在ではない。彼女を利用するつもりなら、俺が許さない」
ロレインは鼻で笑った。
「安心しろ。俺が手を出すのは戦場だけだ。ただ、お前が守りたいと思うのなら、その覚悟を見せろよ、アルフレッド」
そう言い残すと、ロレインは踵を返し部屋を後にした。
アルフレッドは深く息を吐き、振り返ってサラに優しく声をかけた。
「怖がらなくていい。君を誰にも渡さない」
その言葉に、サラは涙ぐみながら小さく頷いた。
アルフレッドの胸の内には、不安と決意が渦巻いていた。この秘密がいつまで守られるのか。だが、その瞬間、彼の心にはただ一つの誓いが灯っていた――彼女を守るためなら、何者をも敵に回す覚悟を。
ミケア大帝国の侵攻を受け、レグネッセス王国の首都ティタンジェルでは、急を告げる王の命によって白竜騎士団と白虎騎士団の精鋭たちが招集されていた。ティタンジェルは華やかで騒がしい大都市。その中心にそびえる王宮は、壮麗な外観と贅を尽くした内装で知られる。
金箔の装飾が壁を彩り、細工が施された柱が高い天井を支える。その豪奢さに、アルフレッドはふと身の程を考え、胸の内で苦笑する。
「よう、アルフレッド。女も一緒か」
低く冷ややかな声が聞こえた。振り返ると、そこには白虎騎士団のロレインが立っていた。彼は長い白髪を無造作に背に垂らし、鋭い赤い瞳でアルフレッドを見据えている。その姿は見る者すべてに冷酷な印象を与えるが、彼の鎧はどこか薄汚れており、戦場帰りであることを物語っていた。
「君も呼び出されていたのか。それと、『女』なんて呼び方はやめろ。彼女の名はサラだ」
アルフレッドが少しばかり語気を荒げると、ロレインは鼻で笑った。
隣のサラは、悪戯っぽく下瞼を下げて舌を出す。その仕草にロレインは眉をしかめたが、特に言い返すこともなく話を続けた。
「交渉どころの話じゃなくなったな。俺は隊を任された。お前も呑気にしてんなよ」
「さすがだな、努力するよ」
アルフレッドが軽く肩をすくめると、ロレインは鋭い視線をサラに向けた。
「それと、女。俺は嘘を見抜くのが得意だ。力があるって話、マジか?」
ロレインはガシッとサラの後頭部を掴み、その赤い瞳で彼女をじっと見据える。
「ちょ、ロレイン!」
アルフレッドが声を上げ、周囲の騎士たちもざわつく。しかし、ロレインは動じない。
一方、サラは驚きに震え、目が泳いでいた。
「フフッ…面白くなってきやがった」
ロレインはふいに手を離すと、何も告げず部下を連れて去って行った。
「大丈夫かい、サラ?」
アルフレッドが心配そうに声をかけると、サラはふんす、と鼻を鳴らして怒った様子を見せた。
「私、あの人嫌い!」
会議室では、フォーグ団長が王との謁見を終え、騎士たちを集めて事の次第を語っていた。
「ミケア大帝国が、我が国に巫女を引き渡せと要求している。『アフマ教の神聖なる存在を捕らえている』と彼らは主張しているが、それは言いがかりだ。我らが応じぬ限り、侵攻を続けると宣言してきた」
「戦争を仕掛ける口実に過ぎないでしょう」
白竜騎士団の副団長、オスカーが冷静に言った。彼は整った顔立ちと端正な動作で知られる男であり、幾度もの戦場で武功を上げた実力者だ。
「戦場はどこです?」
フォーグは重々しく応じた。
「パレディアだ。まだ拠点化して間もないが、奴らに城を奪われれば我が国の北部が危うい。ここでしっかり武功を上げ、国土を守れ」
若い騎士たちが士気高く応じる中、アルフレッドは顔を曇らせていた。
開戦前夜、アルフレッドは紅茶の入ったティーポットとカップを手にサラの部屋を訪れた。サラは元々アルフレッドの部屋をあてがわれており、奇妙な同居のような状況が続いている。
「夜分にすまないね。話があるんだ」
「どうしたの?」
部屋の中に紅茶の香りが漂い、どこか安らぎを感じる。
アルフレッドはテーブルにカップを置き、一息ついて口を開いた。
「明日、戦場に向かう。君には…怖がらせたくないんだけど、少し話を聞いて欲しい」
サラは真剣な表情で頷いた。アルフレッドは彼女の力を信じていたが、それを頼ることへの罪悪感が心を苛んでいた。
「サラ、僕は君の力を使わないと誓うよ。だけど、もし敵が君を無理やり利用しようとしたら…」
「それは絶対に許さない。私も戦うわ」
サラの言葉にアルフレッドは驚きつつも、彼女の意志の強さを感じた。
「君を守るのは僕の役目だ。だから、安心してくれ」
サラは少し赤くなった顔を隠すように俯いたが、優しく微笑んだ。
「ありがとう、アルフレッド。私もあなたの無事を祈るわ」
戦乱の夜に響く二人の言葉は、命を賭けた戦いの中で光となるだろう。
この誓いが運命をどう変えていくのか、それはまだ誰にも分からない。
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