レグネッセス大国物語

クマガラス

第1話暗黒時代の幕開け

聖歴990年、春の兆しがようやく訪れようとしていたが、風はまだ冷たく肌を刺すようだった。


大国グランデルニアの堅牢な城門は、攻城槌の一撃によって無惨に崩れ落ち、白竜騎士団は一斉に敵城へ雪崩れ込んだ。




「全ての城門を開けろ! 一気に制圧するんだ!」




アルフレッドは、吹き荒れる戦場の喧騒の中、剣を握る手に力を込めていた。若干二十歳、初陣を迎えたばかりの彼にとって、ここは試練の場であり、その胸は高揚と緊張に満ちていた。




城内は、敵兵の士気が既に崩壊していたため、抵抗らしい抵抗もなく制圧が進んだ。長らく補給路を断たれていた城は、まるで冬の落葉のように干からびており、死臭すら漂っていた。




しかし、アルフレッドは戦闘の最中、無数の曲がりくねった廊下の中で仲間とはぐれてしまった。




「ここは……どこだ?」




アーチ型の古い石造りの廊下を彷徨う中、遠くから微かな泣き声が聞こえた。




――誰かが泣いている。




その声は、薄暗い城内の静寂に溶け込みながらも、鋭くアルフレッドの耳に届いた。




「誰だ……?」




声のする方へ進むと、扉の近くで膝を抱えて震える小さな影を見つけた。




「大丈夫かい?」




彼が優しく声をかけると、影――それは少女だった――がびくりと肩を震わせた。金色の髪は薄汚れ、青い瞳は涙で赤く腫れていた。その姿は儚く、どこか夢の中の幻のようだった。




「僕はアルフレッド。君の名前は?」




しばらくの沈黙の後、少女はか細い声で答えた。


「……サラ」




「よろしく、サラ。ここは危ない。さぁ、一緒に――」




アルフレッドが手を差し伸べた瞬間、彼は足元に広がる赤い液体に気が付いた。隣の扉の下からじわりと血が流れている。




扉を押し開けると、そこは礼拝所だった。だが、その神聖な空間は無残にも荒らされ、床にはシスターたちが倒れていた。彼女たちの姿には、激しい暴行の痕跡が残されていた。




「……酷い」




アルフレッドの声は震えていた。




だが、その時、荒々しい足音と共に別の騎士団が部屋に入ってきた。




「おや、白竜騎士団のヒヨッコじゃないか?」




白虎騎士団の男たちだった。彼らの一人が興奮気味に指を差す。




「あの子だ! 探していたのは!」




指の先には、サラが震えながら身を縮めていた。




「嫌……嫌!」




サラは彼らの視線に怯え、逃げようとしたが足がすくんで動けない。




「待ってください!」




アルフレッドは男の腕を掴んだ。




「……これをやったのは、あなたたちですか?」




「そうだと言ったら、どうするつもりだい?」




睨み合いの末、白虎騎士団は舌打ちを残して立ち去った。アルフレッドは、震えるサラに膝をつき、穏やかに語りかけた。




「辛いと思うけど、よく聞いて。このままだと君は奴隷にされてしまうかもしれない。でも、僕が守る道もある。どうする?」




サラは恐る恐るアルフレッドの手を握りしめた。




「助けて……」




その小さな声にアルフレッドは頷き、羽織っていたマントをそっとサラの肩にかけた。




「君の安全は、僕が必ず守る」




そう誓った彼の心には、まだ戦場の罪悪感が重くのしかかっていた。しかし、サラの微笑みに、その重さが少しだけ軽くなったような気がした。

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