第5話 Re:Re……
何度も何度も読み返して、粗相がないように考えた文章。普段の私は、入力してすぐに送信してしまうから、夏目さんのアドバイスを忠実に受け止めて推敲を重ねていた。
『この前はありがとうございました。以前、幸山さんに助けて頂いた鈴木という者ですが、覚えていらっしゃいますか? もし幸山さんさえよろしければ、お礼に食事でもと思ったのですが……』
消して書いてを繰り返していくうちに、どんどん『これじゃない』感が否めなくなる。文章が硬すぎるのだろうか? それとも更に丁寧な言葉を選ぶべきなのだろうか?
私は項垂れるようにテーブルに伏せて、渡された名刺を眺めていた。あの日から三日が経とうとしていた。今更連絡したところで、私のことなんて忘れているかもしれない。そもそも彼にとって私との出来事は、日常の中の一瞬でしかないのだから。
キラキラに輝いていた宝石が、実はガラスでしたと落胆する感覚に近いかもしれない。私にとっての特別も、他の人からしたら当たり前なのかもしれない。
最後の一押しが出来なくて、ずっとグダグダと画面を眺めていた。その瞬間、着信音と共にスマホが大きく振動したので落としてしまった。
「だ、誰? もしかして城山くん?」
真っ黒になった画面に示されていたのは【夏目】の文字だった。お約束というか、見ていたようなタイミングというか。怒る気すら失せてしまった私は、下がったテンションで通話のボタンを押した。
「もしもし? 何の用ですか?」
『明日花ちゃん? 元気ー? 彼から連絡はきたー?』
来たも何も、まだ行動していないので現状は何も変わっていない。募る苛立ちを発散するように、電話先の彼に喧嘩口調でぶつけてしまった。
「今から更なる推敲を重ねるので、不要な電話は切らせて頂きます」
『いやいや、そんなメール一本に何時間無駄な時間を過ごしてん! え、俺との電話も無駄な時間? それはうまいこと言われ——(ぶつッ)』
この人は何をしたかったのだろう?
不機嫌な感情を隠しきれなくて、おもむろに顔を歪めてしまった。
気を取り直して幸山さんへの文章を考えようとメールアプリを開くと、一件の新着メーっセージが届いていた。知らないアドレスだったが、開いてみると幸山さんの名前と連絡先、そして私のことを気遣う文章が記載されていた。
「はわわわわわっ! な、何で? え、送信されてた? 嘘でしょ⁉︎」
おそらく夏目さんの電話を取った際に、誤って送信ボタンを押したのだと思われる。幸山さんらしい、堅苦しい文面に思わず笑みが溢れた。
彼は気遣いは不要だと断っていたけれど、そんなの口実に過ぎない。私はまた幸山さんに会いたかったのだ。
熱を帯びて桃色に染まる頬。キュッと心臓の辺りを鷲掴みされているかのような苦しみを覚えたけれど、不思議と不快な気はしなかった。
その後、無事に約束を取り付けることができた私達は、今週末に食事に出かけることとなった。行き先は勿論、私がお勧めするハンバーガーショップだ。
「良かった……また会える」
幸山さんとの約束だけで頑張れる気がする。白黒だった自分の世界が少しずつ春を迎えたように、彩を取り戻し温かみが増していくのを実感していた。
———……★
そしてデート当日。普段よりもスキンケアに力を入れて準備を施した。好きな動画でチェックしていたメイクに気合い入れてしたネイル。緩く髪を巻いて、大きめのサイド編み込みで仕上げてみた。過去一、可愛く仕上げられた自信がある。
「えっと、待ち合わせの時間は十一時……あ、どうしよう」
夢中になり過ぎて時計を確認し忘れていたのだ。もう既に十二時を回って、一時間以上経過したことになる。それでも行かないわけにはいかないと慌てて家を出てバスに乗り込んだ。
結局、着いた時には一時間半も遅れた形になってしまい、私は絶望しながらトボトボと店の前に立っていたが、彼の姿は何処にも見当たらなかった。
——流石に愛想尽かしたよね……。
フッと、城山くんの言葉を思い出した。「お前のだらしない性格のせいで、回りがどれだけ振り回されているのか気づいてるのか?」って。
あの時は彼の意地悪だと思っていたが、今回みたいなルーズなところが迷惑を掛けていたのだろう。
学校に行く準備も、どこかに出かける時も、何かと危機感がなくて家族に怒られていた記憶も蘇った。こうして私は大事な人を失くしていくのだろう。
「楽しみに……してたんだけどな」
俯いて、必死に唇を噛み締めて涙を堪えていると、ハスキーな心地よい声が「明日花さん?」と呼び掛けた。
信じられないと思いつつ、少しでも早く声の主を確認したくて涙を拭いて顔を上げると、そこには黒縁メガネを掛けた幸山さんが、心配そうに私の様子を伺っていた。
「良かった。連絡がつかないから、事故にでもあったんじゃないかって心配したよ」
怒った様子もなく、前に見せてくれた時のように穏やかな雰囲気を纏ったまま、寄り添ってくれていた。あまりの優しさに、流石の私でも疑ってしまうほどだ。
「何で……、どうして?」
「え、何でって?」
「何で、怒らないんですか? 私、こんなに遅刻してきたのに」
今まで罵声を浴びせられてきたのが普通だった。当たり前のことが出来なくて、いつも回りの人を苛つかせて不機嫌にさせる。だから、理不尽に怒鳴られても仕方ないはずなのに、どうして目の前の彼は、私を待ってくれていたのだろう?
「あんなに張り切ってご馳走様すると言っていたから、すっぽかすような人じゃないと思ったからかな? あとは、その……単純に俺も楽しみだったから」
彼は気まずそうに頭を撫でながら、少し視線を逸らした。耳の辺りまで赤くして、そんな幸山さんを見ているだけで愛しさが増してきた。
「あの、私も……幸山さんとのご飯、とても楽しみにしていました」
そのせいで気合い入れ過ぎて、大遅刻してさしまいましたが……。
「そうなんだ。俺みたいな奴に、わざわざありがとう。それにさても本当だ、明日花さんもこの間より元気そうで安心したよ」
服装も髪型も、全部ダサくて格好つかない幸山さんだったんだけど、誰よりも優しい雰囲気が漂ってくる。やっぱり私、幸山さんが好き。
またしても私は彼の腕を掴んで、その場所で抱きついた。
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