明日、その花はどんな彩で咲くのだろう ——幼馴染が浮気してNTRしてくれたおかげで、幸せになりました(なので、私のことは放っておいてください)
中村 青
第一章「欠陥レッテル」
第1話 クソ幼馴染の股間を踏み躙れ
明日花side……★
それまで当たり前だと思っていたことが、実は他の人にとって普通じゃないことだと気付いた時、酷いショックを覚えたことは昨日のことのように覚えている。
優しいは特別で、意外と回りの人達は自分勝手に生きていて。自分がした善意に見返りを求めているわけではないけれど、何の反応もない空回りに虚しさを抱えながら、私は歩き続けた。
『
遠回しに貼られた出来損ないのレッテル。
人と比べられるたびに、胸が苦しくなっていった。
『何度言ったら分かるんだ。これで何十回目だと思っているんだ?』
色んな呆れた顔を見てきた。傷付く言葉も何度も投げつけられてきた。
その時は分かっているつもりなんだ。
でも、出来ない。私は他の子達のように、器用に生きることができない。
頑張って、頑張って、人の何倍も努力をして、それでやっと人並になる。だけどすぐにメッキが剥がれて、自他共に失望させてしまうのだ。
何かを成し遂げた時、振り返ると大量のゴミが散らかっているような面倒な生き方しか出来なかった。
『どうしてこんな簡単なことが出来ないんだ?』って言葉が一番嫌い。
きっと神様は、普通の人には真っ直ぐな定規を与えたのに、私にはクネクネと歪んだ定規しかくれなかったに違いない。そんな定規で真っ直ぐで綺麗な線なんて描けるわけがないんだ。
私、
人との距離感がバグっていたり、ソワソワと好奇心が抑えられなくて大人しく出来なかったり、外出先で走り回って迷子になったことも少なくなかったらしい。
そんな私に酷い偏見を強いた人や、心無い言葉で傷付けた人もいたけれど、いつも優しく守ってくれていた存在も近くに感じていた。「愛してる。世界で一番可愛い明日花」と、抱き締めてくれたお母さん。
私はもう十九歳だし、いつまでも母親が恋しい年頃ではないけれど、たまに抱き締めてもらいたくなる。
お母さんに会いたい、会いたいよ……。
———……★
いつも目を覚ました時、冷たい涙が目尻を濡らしている気がしていた。
「起きたくない……何もしたくない」
早く薬を飲まないと、悪い思考が透明の水の中に落とされた墨汁のように、じわりじわりと広がって濁していく。
色んな意味で重たい頭を両手で押さえて、嘆くように固く目を瞑った。
今日も目を覚ましてしまった。そもそも私が、この社会にいる必要はあるのだろうか?
異物のように不純物な私は弾かれるだけなのに、それでも生きないといけない理由が見つからない。
「誰か私を抱き締めて——……。ただただ、ギュッとしてくれるだけでいいのに」
今、感じている目尻の感触は涙で間違いない。溢れて止まらない感情を、私は委ねるように泣き続けた。
しばらくして私はベッドから降りて、散乱した服の隙間を見つけて歩き続けた。たまに蹴り上げて、他所にやって。少し立ち止まって片付ければいいのかもしれないけれど、どうせ散らかるのだから気にする必要もない。
それに私の部屋なんて、誰も訪ねやしないのだから。
「……あれ、スマホ。通知が来てる」
画面に表示されたメッセージ。
そこには幼馴染である
『先輩が女の子を呼べって言ってるから、すぐにGISTに来い』
「来いって、何で命令口調……?」
幼少期に近所に住んでいた幼馴染の城山くんは、自己中心的でワガママな性格をした男の子だった。落ち着きがなくて、よく先生に注意されていた私は、彼にとって恰好の獲物だったのだろう。揶揄われたり嫌がらせをされたり、宿題をさせられたり……思い返すと嫌な思い出ばかり蘇る。
頭も足りなくて、気遣いもできないダメ人間の烙印を押されている私だけれども、見た目だけは気に入られていて、勝手に城山の彼女——……いや、セフレのようなポジションとして扱われていた。
実際は城山くんのお母さんが私を毛嫌いしていたせいで、そんな関係になったことすらなかったけれど。
それでも社会の弾かれものとして扱われていた私は、城山くんに縋るように繋がっていた。必要とされているのなら、それでもいいと必死になっていた気がする。
脱ぎ捨てていた服を拾い上げ、クンクンと顔を埋めて匂いを嗅いだ。うん、まだ大丈夫。
ソファーに置いていたストッキングを履いて、メイクを済ませて、お気に入りのネイルが禿げていないことを確認して。私は街中へと溶け込んでいった。
———……★
「遅っせーよ! 俺が呼んだらすぐに来いって言ってるだろ⁉︎」
「……ごめんなさい。寝てて、城山くんの通知に気付かなかった」
大学生である城山達が溜まり場にしている店「GIST」で、早々から罵声を浴びせられていた。
「お前は愚図でノロマなんだから、ちゃんとしねぇとダメだろうが! 俺が言うことは絶対だって言ってんだろう? あー、シラける。お前のせいで楽しい気分が台無しだよ」
そもそも城山達が飲んでいるなんて私は知らなかったし、呼び出される意味も分からない。
むしろ、せっかくの休みを台無しにされたのは私の方だ。
「もういいや。明日花、お前は先輩のところに行って酒の相手をしてやれ」
クイっと顎を動かし、奥に行けと指図をされた。ゴリラのような大柄な男性が不機嫌そうにビールを飲んでいたが、まさか彼の相手をしろと言っているのだろうか?
「私、未成年だから、お酒は飲めないんだけど?」
「お前、そんなツマんねぇーことを抜かしてんのか? 明日花の都合なんて聞いてねぇんだよ! ほら、さっさと行けよ!」
強引に腕を引かれ、不本意のままゴリラ先輩の隣に座らされた。強く握られた腕が痛ィ……。顔を顰めながら腕を摩っていると、ゴリラ先輩の口元がニンマリと笑みを浮かべ始めた。
「おぉ、お前が勝のセフレちゃんか? 可愛いじゃねぇーか」
セフレ……。ううん、実際は城山とはキスすらしていないから、アイツが見栄を張るために吐いた嘘だ。
私と付き合っている噂を流していると、声を掛けた女子達が私から寝取った気分を味わえるから好都合なのだと、嬉しそうに語っていた気がする。
(実際は、私のような出来損ないに触れたくないって、毛嫌いしているくせに……)
「はぁー……あんな見境のない変態野郎の何処がいいのか、俺には理解できねぇなぁ。やっぱ下半身がいいのか? エッチが上手いのか?」
「そうですね。どうしたら女の子が悦ぶかを知り尽くしてるって、自慢そうに話していましたよ」
私は知らないし、知りたいとも思わないけれど。
友達の
休みの日は空が明るいうちから気持ちいいことをして、頭が真っ白になるまで果てるのが一番好き。
(………あ、今日はまだシてなかった。ヤってからきたら良かった)
頼んでいた烏龍茶をストローで飲みながら、私は違うことを考えていた。
あの子の服、可愛いな。あー……お腹空いた。ご飯注文してもいいのかな? もしかしてここって自腹? ヤダな、城山くんが出してくれたらいいのに。むしろ逆に「俺の分まで出せ」とか言ってきそうだな。来なきゃ良かった。でも、無視すると城山くん面倒だしな……。
「——なぁ、お前さ……。なんでココに呼び出されたか分かってるのか?」
隣で飲んでいたゴリラ先輩が、歪に口角を歪ませながら顔を近付けてきた。何でって、城山くんに来いと呼ばれたから……。
「城山の新しい彼女……
「………はぁ」
トラウマ……。
「今から俺様がお前を辱めて、恥ずかしい写真を撮ってやるからな。くくっ、楽しみだなぁー! このエロい身体を好き放題にしていいんだからよォ」
あぁ、そっか。やっぱり私は誰にも必要とされていないんだ。
唯一だった城山も私のことを疎ましく思って切ろうとしているようだけど、こんな遠回しなことをする必要なんてないのに。
込み上がる絶望。押し寄せる恐怖。これからのことを考えると身体が竦み上がってガタガタ震える。でも、それ以上に腹が立ってムカついてきた。せめて一矢だけでも報いたい。
「先輩、ごめんなさい。城山くんに一言だけ言いに行きたいので、席を離れてもいいですか?」
「ん、何だ? 今更媚びたところで手遅れだぞ? もう芽衣子と城山はデキてるから、アンタの入る隙間なんてねぇぞ?」
下世話なことを想像してニヤニヤしているところを申し訳ないけれど、そんなつもりは毛頭ない。ベタベタと太ももを触っていた先輩の手をやんわりと避けて、私は入り口の個室で飲んでいた城山のところへ向かった。
薄いカーテン越しに乳を弄りながらエッチなことをしている城山と芽衣子さん。既に大きく膨張した下半身を蔑みながら、私は下唇を噛み締めた。
「お、おい! 何だよ、お前! 勝手に入ってくるなよ!」
「そうよ、アナタ! 今更勝とヨリを戻したいって言っても遅いのよ! 彼はもう私の彼氏なんだから、アンタは黙って他の男に股を開いていなさいよ!」
ムカつく、ムカつく……。
ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく!
散々人のことを見下しておきながら、勝手に気持ちいい事をしている二人が許せない!
「……大っ嫌い! 城山なんて、大っ嫌い‼︎」
私は思いっきり足を振り上げ城山の下半身に蹴りをかましたが、一寸違いでソファーにめり込んだ
未遂だけれども十分な天誅を下すことができた私は、満足した気分で踵を返し、烏龍茶代の千円をレジに置いて店内を後にしようとした。
「っ……、きゃぁぁぁぁぁ! 勝ぅ、まさるぅー! 大丈夫⁉︎ 誰か、誰かァ!」
「うがぁぁ……っ、痛ェ、痛ェよー‼︎」
大袈裟だな……、少しは掠ったかもしれないけど、全然大事にも至っていないくせに。
遠く聞こえる喚き声に心の中でツッコミを入れながら、私は全力で街を駆け抜けた。
「——はぁ。これで私も一人ぼっちか……」
追いかけてくる素振りもないことを確認してから、私は速度を緩めて澄み切った空を見上げた。真っ白い入道雲に灰色の影が掛かって幻想的。私がいなくても世界は回る。
スッキリしたのは僅か。終わりを実感した私は悪縁ですら愛しく感じてしまい、悲しくなってしまった。
「惨めだな、私って……。誰からも必要とされなくて、馬鹿みたい」
込み上がる涙、感情、惨め、怒り……。届かない叫びを胸に抱きしめながら、私は一人、嘆き涙を流した。
———……★
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明日、その花はどんな彩で咲くのだろう ——幼馴染が浮気してNTRしてくれたおかげで、幸せになりました(なので、私のことは放っておいてください) 中村 青 @nakamu-1224
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