第8話
「あの………起きてください。」
俺の意識を覚醒させたのは頭上から聞こえてくるその声だった。
体育座りをして寝ていた俺はそのまま顔を上にあげ、誰が話しかけてきたのかを確認する。
そこには先ほどバトンを落として泣きそうになっていた女の子だった。
前髪で目元が隠れていて、初見の印象は暗いと言う感じだ。
「どうしたの?」
何か言いたげに目線も合わないまま矢継ぎ早に言葉を投げる。
「その…あの…えと、さっき助けてくれたお礼が言いたいのと、もうすぐ閉会式があるので一度集まらないといけなくて…探してたら偶々人気のないところに池水君が入っていくのを見てそれで…って大丈夫ですか!?」
やっと目線がこっちに向いたと思えば、今度は彼女は驚愕をあらわにしていた。
「え……大丈夫って……なにが?」
「……だって…泣いてるから」
彼女は心配した様子でこっちをみてるもんだから、慌てて顔を手で覆って確認してみる
確かに、目頭が少し熱く濡れて、ほおに涙が伝っている感覚がある。
はぁ……絶対さっき見た夢のせいだ
メンタル弱すぎだろ、俺。
「あぁ、これは別になんでも無いから」
「なんでも、無いって、感じではないと…思いますけど……」
優しいんだな、と素直に思った。
「それに、わざわざお礼なんていいよ、俺が勝手にマジになって走っただけだから」
目元を拭いながら、威圧感が出ないようになるべく優しい声音と表情を意識して話しかける。
「あの、で、でもあのまま最下位だったら私、みんなに迷惑かけていたかも知れなくて…」
「そうかもしれないね。でも一番取ったんだし結果オーライでしょ」
「…それに、最後に走ったの俺じゃなくて長谷川だから、どうせならアイツにいいな。ほら閉会式始まっちゃうんでしょ?行こ」
「…うん」
ちょっと無理のある言葉を投げかけながら強引に話を切り、自分の腰を起こす。
背中からついてくる気配を感じながらクラスのみんなが集まっている場所に向かう。
…なんでこうも拒絶しちゃうかねぇ…素直にお礼受け取っておけばいいのにと情けない自分を少し責める。
校舎裏を抜けてグラウンドに出るとすぐ向こうにクラスメイトが待っていた。
「あ、いたいた!」
「どこいってたんだよ!」
「…疲れたから人のいない校舎裏で休んでたんだ…」
押し寄せてくるクラスメイトたちに若干気圧されながらも、正直に答える。
どうやらみんなの話を聞くうちに、クラス代表リレーでの自分の走りの事について聞きたいことがあったらしい。
今まで手を抜いて走っていたのかとか、なんで陸上部入らないで帰宅部なのかとか、そんな感じの内容だった。
当然そんな事はないし、俺が速く走れたのはあくまで能力のおかげなので、自分自身の素の身体能力は中の上ってとこだろう。
その後みんなには自分の調子が良すぎただけと適当に返事に答えながら閉会式を待った。
その間モモの視線も感じ取っていたんだが、わざと気づかないふりをしてやり過ごそうと思いスルーを決め込んだ。
…やべー、モモには変に意識されないよう目立たず接触は避けてきたんだけど、自分の衝動的な行動のせいでなんか視線感じるんですけど…やべー
表面上は飄々としていたつもりだったが、内心はすごく焦っていた。
何かの間違いで、何かのズレで長谷川とモモがくっつかなかったら、今後のモモに起きるトラブルが未知になり対処に難しくなるだろう。
だから俺は何が何でも目立つ行動はしてはいけない、、いけないのになぁ、、
しばらくして閉会式が始まり、校長の長い話を立ったまま生徒が聞いていく。
みんな気怠けな様子で早く終わってくれと言わんばかりの空気を醸し出し、ようやく校長の話が終わりいよいよみんな解散へと進んだ。
俺もみんなの流れに乗り、さっさと自分の教室へと戻ろうと能力の使用で疲れ切った足を動かす。
途中、水が欲しくなり人気の少ない場所にある浄水器を求め進路方向を帰る。そこへ
「さっきの長谷川くん、すっごくかっこよかったよ!」
「そうかな?でも僕の前に走っていた池水くんの方がみんなを追い抜いて凄かったよ?」
「それは……うん、確かにそうだね…」
「でもありがとう。早紙さんにがんばれって応援くれたから僕、頑張れたよ」
「えへへ…/ / / 」
壁の向こうでそんな二人っきりのやりとりが聞こえる。
…なんて事だ、二人のイチャイチャを目撃してしまったぞえ。
しかも俺の活躍?はたいしてモモに影響を与えていなかったらしい。
それは間違いではなく、むしろ自分が望んでいた結果のはずだ。
それで、自分には響いてはくれないと実際に思い知らされるショックと、好きになる可能性がないことに安堵に感情が複雑になる。
先ほどの夢を思い出して再度思い直す。
……いや、これで良い。
これが正しいんだ。
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