第3話夜の来訪者

斬童丸が頼光四天王の一角、碓井貞光を討ったとの噂が広がるのは時間の問題だった。事実、追っ手が迫る気配を感じていた彼は、避けられぬ戦いに備え、成房殿の館を訪れることにした。


成房殿は延暦寺で共に修行した悟真殿の息子であり、今は藤原家の支配下にある武家の主だった。関係を考えると頼るのは憚られたが、負傷した体では他に道が無い。館に到着した斬童丸は深々と頭を下げた。


「急な訪問、無礼をお許し願いたい。成房殿」


「き、斬童丸殿!その怪我はどうされたのだ!まずは中へ!」


肩から滴る血に目を留めた成房殿は、青ざめた顔で彼を迎え入れる。白絹の袖を血で染めた斬童丸が館に招かれる姿は、闇夜の月に照らされて一層物々しい雰囲気を醸し出していた。


治療を受けた後、成房は静かに問うた。


「その傷、何があったのだ?」


斬童丸は迷ったが、恩を受けた相手に真実を隠すことはできなかった。淡々と語る中にも、貞光を討った一瞬の情景が蘇り、胸を苦しめた。語り終えた後、彼は頭を下げる。


「この館に害が及ばぬよう、すぐに立ち去るつもりだ」


「急ぐのも分かりますが、その傷では遠くへは行けぬ。せめて一晩お泊りなさい」


成房の言葉は、悟真の面影を宿しており、斬童丸の胸に小さな灯りをともした。館の中、彼は深い溜息をつきながら寝床に横たわる。肩の痛みはまだ残り、睡魔が遠ざかる夜だった。


(このままでは俺も孤独に果てるか……)


握りしめた太刀の冷たさが、わずかに彼の不安を鎮めた。


静寂を破る殺気が走ったのは、夜も深まった頃だった。目を覚ました斬童丸の瞳に映ったのは、小太刀を振りかざした黒装束の影。その瞬間、彼の本能が動く。太刀を抜きざまに振ると、狙いは外れたものの襲撃者は距離を取る。


「忍か……それにしては随分な人数だな」


闇の中、五人の忍が部屋を囲み、静かに間合いを詰めてくる。懐に手を入れる動きに、投擲武器の気配を感じ取った斬童丸は、咄嗟に畳の端を踏み上げた。浮き上がった畳が投擲物を防ぎ、彼はそのまま畳ごと一人を切り伏せた。


「小癪な!だが、こちらを舐めるなよ!」


声を発したのは、群れの中で最も冷静な気配を漂わせる一人。鎖の音が響き、部屋の中に一層の緊張感が広がる。暗闇の中で視界が利かない斬童丸は布団を鎖使いの方向へ投げつけ、続けざまに太刀を突き立てた。


「二人目……残りは三人」


赤く染まる布団の下で息絶える忍の姿を確認し、彼は一瞬息を整える。しかし、冷静さを保つ敵が声を放つ。


「貞光を討ったというのは事実らしいな」


「ふん、知りたいことがあるならその命をかけて聞け」


その言葉を最後に、忍たちは一斉に攻勢をかけてきた。斬童丸は太刀を振り上げ、流れるような動きで次々と敵を倒していくが、肩の傷口が開いたことを感じた。


最後の一人となったのは、背が低く俊敏な少女のような忍だった。月明かりが差し込み、その素顔が浮かび上がる。丸い瞳に薄紅色の唇、幼さを残す容姿に斬童丸は困惑した。


「女か……」


「違う!」


低く響いた声には、反発と憎悪が滲む。斬童丸は深い溜息をつき、太刀を収めた。


「俺は女子を斬らぬ。去れ。他の道を選べ」


だが、少女は動かない。鋭い殺気と共に間合いを詰め、斬童丸に迫る。その瞬間、彼は体を反転させ、掌底を突き出した。少女は吹き飛ばされ、庭の砂利に倒れ込む。


傷口から流れる血が止まらない。斬童丸の視界は歪み、膝をつく。


(こんな所で果てるのか……)


かすむ視界の中、成房が駆け寄る姿が見えた気がした。彼は最後の力を振り絞り、太刀を握りしめたまま倒れ込む。月が冷たく、彼の傷ついた体を照らしていた。

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