第4話肉を裂き、骨を断つ――その果てに見たもの

碓井貞光との死闘。斬童丸は刀を握り締め、敵を斬り伏せた感触を思い返す。その一瞬一瞬が刃の間合いの中で交わされる命のやり取りだった。貞光の剛剣に太刀を合わせる度、胸の奥底で燻る炎が燃え盛り、心は高揚していた。


戦の最中、己の腕に確信を持てた。何人来ようと、技でねじ伏せてみせる。だが、その後に押し寄せたのは、黒装束を纏う窺見たち。彼らの攻撃をかろうじて切り抜け、血まみれの床に立っていたとき、ふと心が叫んだ。


「俺は、強い!」


その言葉が胸中で響く。しかし同時に、冷ややかな声が脳裏を刺すように聞こえた。


「引き取り手は……いない」


――振り返れば、地に伏すはずの碓井貞光が、虚ろな目でこちらを見ている。


「来るな……!」


斬童丸は絶叫したが、その幻影は鎖のように彼を絡め取り、やがて暗闇に飲み込まれていった。


息を切らしながら瞼を開けた。見知らぬ天井が視界に入る。冷や汗で着物はぐっしょり濡れ、布団もひどく湿っていた。


「随分とうなされていたな。おかげでこちらも退屈せずに済んだぞ」


皮肉めいた声に振り返ると、柱に縛り付けられた黒装束の女――昨夜襲撃してきた忍が涼しげな目で見下ろしていた。


「お前か……」


くのいちは、余裕を見せる笑みを浮かべている。

その目をじっと見つめる斬童丸の中に、微かな迷いが生じた。


長い黒髪を後ろで結び、しなやかだが鍛え抜かれた体躯。その整った顔立ちがかすかに妖艶さを漂わせていた。自らが斬るべき相手に心を乱されるなど、この状況において愚かだと思い直す。


「名を聞いていなかったな。俺は斬童丸と言う」


「私は忍葉。そうだな、呼び方は『鬼童丸殿』で良いか?」


忍葉は小馬鹿にしたような笑みを浮かべて応じる。


「ふん、勝手に言うがいい」


この場所が、まだ成房の館であることに気づいた斬童丸は、屋敷の外の動きを確認しに行った。階下には、武装した追手たちの姿がある。藤原氏に追われる運命だと、改めて自覚せざるを得なかった。


成房が二階に上がってくると、彼は一刻の猶予もないことを伝えた。


「斬童丸殿、追手を引き止められるのも時間の問題です。この館からお逃げください」


「恩に着る、成房殿」


忍葉が嘲笑気味に口を挟む。


「裏切り者の庇護も限界か」


成房の言葉に忍葉が剣呑な視線を送り、成房がすごすごと部屋を出ていく。その場に残された斬童丸は改めて忍葉に向き合った。


柱に縛られた忍葉を見つめながら、斬童丸は一つの決断をする。


「忍葉、これから俺と来い。一先ず延暦寺を目指す」


「何……?」


「貴殿も道を見失ったのだろう。ならば俺が示す。これは俺の第二の父の教えだからな」


忍葉の顔に動揺が浮かぶ。その一方で、斬童丸の胸中には静かな覚悟が芽生えていた。


復讐という業火に囚われながらも、彼は人を導く者であろうとする道を選ぶ。刀を持つ手は未だ震えていたが、瞳には確かな光が宿っていた。


(帰りたい、あの場所に――)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る