第2話

「補習プリントは三澤と大塚。終わったら職員室に持ってくるように」


 私の名前は大塚つばさ。

 つまり放課後の今、居残りを課されているのは私と隣の席の三澤玲央みさわれお君だ。

 

 私はお休みの間ちゃんと病休届を出し、学校から送られてくる課題もしっかりと提出していたけど、「大事な範囲だからな」と先生はつけ加えて、四枚のプリントを渡された。


 三澤君はといえば、授業の理解が遅れているからと、私の倍はありそうな量のプリントを渡されている。


 どうやら彼は遅刻癖や欠席癖もあるらしく、数度の小テストを受けていないことも原因らしいと先生との会話から読み取れた。


 やっぱり、三澤君は不良なんだ。関わらないようにしなくちゃ。


 とはいえクラスメートは早々に出て行き、教室に残るは私たちふたりだけになってしまった。

 それもこの広い空間に、隣同士で。


 とにかく早く終わらせて教室から出てしまおう。学校からの課題意外に通信の勉強講座も受けていたから難しいと思う問題はない。


 私はプリントに集中して取り組み、小一時間ほどで仕上げた。見直したから間違いもないと思う。


 よし、と頷いて席を立つ。流れで三澤君のプリントが目に入った。


(え。全然進んでない。これ、今日中に終わるの?)


 三澤君はプリントに睨みを利かせていて、私が見ていることに気がついていない。

 気づけば「おい、答えを見せろよ」と脅してくるかもしれない。今のうちにそっと帰っちゃおう。


 でも……。


 机のフックにかけたリュックを取りながら思った。


 脅すつもりがあれば、この一時間の間にそうしただろうし、やる気がなければプリントを睨みもせず、席を立って教室から消えていたんじゃないか、と。


 おそるおそる三澤君の横顔をちゃんと見てみる。


 プリントをすごい形相で睨んで……ううん、これはもしかして、必死の形相ってやつでは。だって、シャーペンをしっかり握ってるし、なんだかブツブツ言ってる。


 私は神経を集中させて、三澤君の独り言を聴き取った。


「これは……こうか?」


 やっぱり! 三澤君はちゃんとプリントに取り組んでいるんだ。


 でも違う。違うよ、三澤君。

 そこは目的語に人称代名詞だから「~を」だよ。

 それ中学生の範囲だよ? 

 あ、間接疑問の問題も間違えてる。

 待って待って。違うってば!


「そこはheじゃなくてhimだよ!」

「――え?」

「っあっ……」


 しまった。つい口に出してしまった。


 口を塞いだ私と、顔を上げた三澤君の視線がぶつかる。


 余計な口を出すなと凄まれるかも……!


 そう思って身構えた、次の瞬間だった。


「ありがとな!」


 三澤君が満面の笑みで言った。

 それは、夜明けの暗がりを照らす、朝日みたいな笑顔だった。


 だから私……。

 つい、片づけた椅子をもう一度引いて三澤君の近くに寄せてしまった。

 つい、最後まで課題に付き合ってしまった。


 だって。

 彼の笑顔は、初めて手術をした翌日の早朝、私の目に映ったまぶしくも優しい朝日を思い起こさせたから。

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