第4話 その恋には、顔が無い

 呪いとは、祈りであり、願いであり、原初の魔法らしい。

 欲ではなく、意志ある思い。


 そうしたい、そうなりたい、そうしてやりたい。

 魔法はそれらを達成する手段でしかなく、人が手足を動かしコップを取るのと変わりはない。


 それこそが魔法の本質だと、マコは以前アルに言った。

 アル・ブレンダーはその身に呪いを宿す、姿を変容させる程の誰かの“そうしたい”を。


 ただの願い呪いのみで構成される魔法は、無秩序に周囲の呪い願いを掻き集め続ける。

 巨大魔術都市であるヘカトリオスにおいて、アルが集めるそれは竜火炉の出力に匹敵した。




 自分の足に絡みついた木の根が、急速に伸びていくのがアルには分かった。

 マコが使用した世界樹の複製体クローンは、本来の用途はゴミ処理だ。


 何でも分解し吸収する特性を活かしてゴミの最終処分場で使われている。

 海岸沿いに作られたゴミの最終処分場では世界樹の複製体クローンが、枝葉を重ねながら群生している。


「ぐぅ!」


 アルは墜落する感覚に眩暈を起こす。

 自分の魔力を糧に、本来の植生に従って異界へと根を伸ばす世界樹に、アルは引っ張られる。


 今まで自分の魔力をマコが使う事は何度かあった。

 だがこれほど持っていかれるのは始めてだと、アルは倒れないように膝に手を付き耐える。


 俯いた先にうごめく木の根と、少女の記憶が見えた。

 それは一人の少女が、ただの備品であった少女が救われる、そういう記憶だった。


 何者でもない少女が、出会い、救われ、失う記憶だった。

 世界から、都市管理精霊システムから、およそありとあらゆる物から人として扱われなかった。そんな少女がヘカトリオス吹き溜まりで救われる。


 そんな幻想ファンタジーだった。

 そうか、君はマコさんを失った俺か。


 世界樹の根が、物理的制約を超えて伸び続ける。床一面を覆った根が、空間を抜け、世界を抜けて伸び続ける。


「根は世界を繋ぐ、失ったのならばまた探せば良い。数多ある世界から、都合の良い世界を。他人が鼻で笑うような“大団円”。良いじゃない、存分に探しなさい」


 背中を押すような優しい声。

 優しい声にアルは衝動的に顔を上げる。彼女の顔が見たい。


 だが見えなかった。

 世界樹に魔力を吸い取られているせいか、自分が呪い側に引っ張られている事をアルは実感する。視界は、人の脳ではまともに見えない世界を映す。


 影の世界、アルはその世界をそう評した。

 痩躯のひょろ長い黒い影が、まつらう場所を失った黒い影を、そっと包み込む。


「探しておいで、納得できる結末なんて無いのかもしれない。それでも何もしないよりかはずっとマシよ。大丈夫、生きていてなお、これほどの思いを残せる貴方なら出来るわ」


 痩躯の影が、マコが何かを両手で掬い上げるように、椀状に合わせた手を頭上に上げる。

 彼女が笑う。どちらの影が?


「行ってらっしゃい、イイ女は諦めが悪いものよ」


 呪いに蝕まれたアルの五感が、日陰にある木肌の冷たさを感じる。

 世界樹の根を通して、繋がった少女の記憶が急速に遠のいていく。


 思わず伸ばしそうになった手が、誰かの手で優しく引き留められる。

 ヒンヤリとした感触、その奥にある温もりが、アルはただ愛おしい。

 言わなければ、アルは今にも霧散しそうになる意識を引き留めようと、歯を食いしばる。歯のあるなしなぞどうでも良い。


 諦め悪く、生霊とまでなって、失った者を探す少女の魂に。

 餞別の言葉を、諦めるなと、君と同じように何者でも無かった俺がこうして笑っているのだからと。アルは言ってやりたかった。


「たぶん、きっと、絶対に」


 断言できない自分の弱さにアルは情けなくなる、だけどまぁこれが俺だ。

 イイ男には程遠い。


「君が笑える世界があるよ」


 その言葉に笑みを浮かべたのは、どちらの彼女だったのか?

 気を失ったアルは顔面から崩れ落ちた。マスクがあるから大丈夫。


 *


「それで途中で力尽きたと?」


 アルは背中に背負ったマコにそう尋ねた。


「一階降りるまでが限界だったわ」


「なんでちょっと誇らしげなんですか」


 アルは呆れながらマコを背負って階段を下りていく。

 気絶したアルを運んでいたマコが、体力の限界だと“階段の途中で”諦めたおかげで体の至る所が痛い。


 体は丈夫な方だと自認するアルだが、流石に踊り場まで転げ落ちるのは勘弁して貰いたい。


「美女をおんぶ出来るんだから役得でしょ」


「役得と言う割には背中が寂しいんですが?」


 アルは転びそうになった、マコが背中で暴れたからだ。


「ちょっと! 二回も階段から落ちるのは嫌ですよ!」


 うるさい!大人しく落ちなさい!

 今落ちたら一緒に階段を転げ落ちる事になりますよ。


 そう思いながらアルは、仮面を被っている事に感謝する。

 きっとのっぺらぼうノーフェイスでも顔は赤くなるだろうから。


 *


 ヘカトリオス、竜酊街ドランクドラゴンタウン、バンシー通り。

 そこにリュウキイン魔術研究所の事務所はある。


 巨大企業メガコーポの支配の空白地帯。

 絶妙なパワーバランスで出来た緩衝地帯。


 そのヘカトリオス吹き溜まりの中の最終到達地点吹き溜まり

 変わり者、はぐれ者、流れ者、そして顔が無い者も。


 癖のある連中が吹き溜まる場所。

 そんな吹き溜まりの中でも一等、奇妙きみょう珍奇ちんきで優しく冷たい人間。


 長い黒髪に浮世離れした美貌。

 長身痩躯を絶えず黒い衣装に包み、金に困っているワケでもないのに依頼人に吹っ掛ける。


 魔術技巧ウィズテク全盛の時代に、ありもしないようなオカルト依頼ばかりを受ける変人。

 それが彼女だ。


「おーい、アル君。お茶を煎れてくれる? 良い感じに熱いのを」


「分かりましたから、その変なポーズをやめてください」


「お茶を求める大鷲のポーズは気に入らない?」


 彼女の名前はマコ・リュウキイン。

 ヘカトリオス唯一の霊能力者。


 もし悪霊の類で困っているなら彼女を訪ねてみるがいい。


「どうぞ、お茶です。良い感じに熱いので気を付けてください」


「ありが……あら、お客さんが来たみたい。追加のお茶お願い」


 顔を隠した助手と、彼女が出迎えてくれる。


「ようこそ、リュウキイン魔術研究所へ。本日はどのようなご用件で?」


 きっと問題を解決してくれるだろう。



***あとがき***

星をくれ!

というわけで、初めましての方は初めまして。

他の作品から、もしくは作者フォローから来ていただいた読者の皆様。

いつも大変お世話になっております。

読者の皆様から貰える、イイね、フォロー、星、そしてコメント。

いつも励まされております。

本作は

ウィザードパンク!

https://kakuyomu.jp/works/16818093089540860113

と世界観を同じくする作品となっております。


もし本作を気に入って頂けたら、こちらの方も読んで頂けると嬉しいです。

それでは、最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その恋には、顔が無い たけすぃ@追放された侯爵令嬢と行く冒険者 @Metalkinjakuzi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画