宇宙服猫
「ちょっと、見てよ、あれ……」
月が湖面を淡く照らす深夜の湖畔、由美が私のシャツの裾を引く。
その視線の先には、宇宙服を纏った猫がちょこんと座っていた。
湖に映る月を丸いヘルメット越しに見つめるその姿は、あまりにも場違いで、私は息を呑む。
◇
「猫が宇宙服なんて、冗談でしょ?」
私が小声で囁くと、由美は首を振って、困惑気味に笑う。
「でも見て、ちゃんとヘルメットまで付けてるわよ」
風が湿った草の香りを運び、足元で小さな波が砂を噛んだ。
静寂の中、世界から切り離されたような不思議な空気が漂っている。
◇
「ねえ、声をかけてみようか……」
由美が恐る恐る提案する。
私がそっと「おいで」と呼ぶと、猫はくぐもった音で「ンルル…」と鳴いた気がした。
その仕草は、まるで宙(そら)を見上げて誰かを待っているような不安げなもの。
けれど、猫は逃げもしないし、私たちを拒む様子もない。
私は思い切って足を踏み出し、やがて膝を折って猫に手を伸ばした。
◇
宇宙服越しに抱き上げた猫は、意外と軽く、ヘルメットの中で金色の瞳がきょとんとしている。
「このまま放っておけないよな」私が言うと、由美は小さく頷く。
湖面の月はゆらめき、夜風は優しく私たちの背中を押した。
猫は嫌がることなく、私たちに身を預けている。
こうして、不可思議な出会いを胸に、私たちは宇宙服猫を抱いて、闇の中を家へと戻った。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます