宇宙服猫

「ちょっと、見てよ、あれ……」


月が湖面を淡く照らす深夜の湖畔、由美が私のシャツの裾を引く。

その視線の先には、宇宙服を纏った猫がちょこんと座っていた。

湖に映る月を丸いヘルメット越しに見つめるその姿は、あまりにも場違いで、私は息を呑む。



「猫が宇宙服なんて、冗談でしょ?」


私が小声で囁くと、由美は首を振って、困惑気味に笑う。


「でも見て、ちゃんとヘルメットまで付けてるわよ」


風が湿った草の香りを運び、足元で小さな波が砂を噛んだ。

静寂の中、世界から切り離されたような不思議な空気が漂っている。



「ねえ、声をかけてみようか……」


由美が恐る恐る提案する。

私がそっと「おいで」と呼ぶと、猫はくぐもった音で「ンルル…」と鳴いた気がした。


その仕草は、まるで宙(そら)を見上げて誰かを待っているような不安げなもの。

けれど、猫は逃げもしないし、私たちを拒む様子もない。

私は思い切って足を踏み出し、やがて膝を折って猫に手を伸ばした。



宇宙服越しに抱き上げた猫は、意外と軽く、ヘルメットの中で金色の瞳がきょとんとしている。


「このまま放っておけないよな」私が言うと、由美は小さく頷く。


湖面の月はゆらめき、夜風は優しく私たちの背中を押した。

猫は嫌がることなく、私たちに身を預けている。

こうして、不可思議な出会いを胸に、私たちは宇宙服猫を抱いて、闇の中を家へと戻った。


(了)

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