第3話 召使いじゃない ~side:摩耶~
押してダメなら引いてみろ。
クラスメイトの斗眞からそんなアドバイスを貰った摩耶は、この日の夜から早速片想い中の幼なじみに対してその助言通りの行動を起こした。
家が隣の修次は、両親が共に長期出張に出ているので実家で1人暮らしの状態だ。
そんな修次に対して摩耶は夕飯を作ってあげるというアピールを昔から欠かさずにしているのだが、今日はその夕飯作りを行わないことにした。
いつもなら岩永家のキッチンに立っている時間帯になっても、自室で今日の宿題をこなしている。
(距離を置くことで、私のありがたみを分かってもらいたいものね)
そう考える摩耶をよそに、修次はまだ帰宅していない様子だった。窓から見えるすぐ向かいの部屋に明かりが付いていない。
これは大体いつもそうで、修次は帰りが遅い。昔からだが、修次の周りには女子に起因するトラブルが集まりやすい。そして修次はそれに巻き込まれやすい体質で、帰りが遅いときはその手の何かに奔走中だったりするのだ。
恐らく今日もそうなのだろう。
摩耶にしてみれば、それはもちろん面白いことではない。
修次は言うなれば八方美人。
誰に対しても良い顔をする。
流されやすい。
摩耶がそんな修次に惚れているのは、摩耶も昔助けてもらったことがあるからだ。
命を救われたとかそんな大袈裟な話ではないが、小さい頃、迷子になっているところを迎えに来てくれた。
降りしきる雨の中、ずぶ濡れで駆け付けてくれた幼き日の修次が、摩耶にとってはヒーローだった。
そんなヒーローは、しかし摩耶だけのヒーローではない。
年々あちこちにヒロインが増えて、修次の時間を取り合っている。
そんな状態だ。
だからこそ、古参ヒロインの自分は修次に飽きられているのかもしれない。
距離を置くことで、日常的なお世話をする摩耶のありがたみを再認識してもらえたら嬉しい限りだが、果たしてどうなるだろうか。
そう考えていると――
「――あれ? 今日はご飯作ってないのか?」
窓の向こうで明かりが灯り、修次がこちらに顔を覗かせてきたことに気付く。
どうやら帰ってきたようだ。
取り立てるところのない平凡な黒髪男子の修次。
それなのにやたらと女子に縁がある幼なじみ。
そんな彼に対して、摩耶は一旦宿題から顔を上げて応じることにした。
「いつまでも私を頼らないで、ということよ。もう高校生なんだし、ご飯くらい自分で作れるでしょう?」
「そりゃそうだけど、いきなりやめなくてもいいだろうに。こっちはご飯が出来てるもんだと思って帰ってきてんのにさ、がっかりさせんなよ。使えないなぁ」
その言葉は字面ほどキツい言い方ではなく、あくまで嘆くような言い方だった。
しかし摩耶はその言い方に少しカチンと来てしまう。
「使えないって……」
告白をまともに聞きもしないことに対する苛立ちも混じる形で、言い返し始めてしまうのは無理もないことだった。
「……何よその言い方。私はあなたの母親じゃないわ。夕飯作りは私にとって義務でもなんでもないのは分かっているわよね?」
「それをせっせとずっとやってきたくせに急にやめるのがおかしいって話だろ?」
「私の善意があって当たり前に思っている方がおかしいんじゃないかしら。負担の掛かることをずっとやってきてあげたのに、ねぎらうひと言すらないわけ?」
「サンキューベリーマッチ。これでいいか?」
皮肉げな言い方だった。
摩耶は腹立たしさが加速してしまう。
「信じられない。そういう言い方しちゃうわけ?」
「恩着せがましいお前が悪いんだよ」
「何よそれ」
「ああいいさ。夕飯をもう作らないって言うなら作らなくていい。お前ほどじゃないにせよ、俺だって夕飯くらい自分で作れるからな。大体お前の味付け薄くて物足りなかったし」
「はあ? それは健康のためであって――」
「へいへい、もういいって。俺は味の素ドバーの男メシで腹満たしますんで。これからは病院メシを食わなくていいんだと思うとせいせいするな」
もう一度皮肉げな言葉を呟きつつ、修次は部屋から出て行ってしまった。
「なんなのよ……」
夕飯を作らないだけのことでここまでこじれるとは思いもしなかった。
それだけ、修次にとって摩耶の夕飯はタダで享受出来る当たり前のモノだったのかもしれない。その分、彼も苛立ちが湧き上がったのだろう。
「私は……召使いじゃないわ」
当たり前だったことへの感謝なんてする必要がないと思われるくらい、修次の中で摩耶の価値は下がっているのだろうか。
瞳の端にうっすらと滲む涙。
それをぬぐい、鼻を啜りながら、摩耶は宿題を進める他ないのであった。
クラスに難聴主人公っぽいヤツが居るので、そいつに迫っているヒロインの愚痴を聞いていたら図らずも軽いNTRが進行してる気がする 新原(あらばら) @siratakioisii
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