第2話 男子中学生カヲル。愛猫と共に剣と魔法の世界に異世界転移を果たす

「ん~……寒い。まだ眠い……布団剥がないでよ……。」

 体中に感じた、毎朝同じ時間帯に感じる薄ら寒さに身を震わせ、しかし仕方なく体を起こした少年は、寝ぼけた顔のまま、胡坐を組み、まだ開きそうにない目が明るさになれるのを待っていた。

 いつもなら、そろそろ聞き飽きた母親の声が聞こえ、ちいさくて重たい飼い猫の体重が、胡坐を組んだ足に掛かってくる頃なのだがそれはない。

「あれ? 母さん……仕事行った? ヒナは……?」

 ぼりぼりと頭を掻きながら、寝ぼけて半開きのままの目であたりをきょろきょろと見渡す。

 周りは緑だ。

 彼の尻の下も、その周囲も、全部が全部、綺麗な緑。

 それに少年は首を傾げた。

「あれ? ……シーツの色、変えたっけ?」

 確か昨日までは、母親の趣味である北欧テイスト? とかいう奴だったのにと思い、周囲を見渡す。

 見渡す限りの、澄み切った青い空と、水平線まで伸びる草原。

「〇ザー牧場……? あれ? キャンプに来てた?」

 来月は憧れのグランピングよ~。 と母は確かに言っていた気するが、今日だったかと首をひねり、いやいや、おかしいおかしいと目を閉じて頭を思い切り振る。

「寝ぼけてんのかな?」

 そう言ってから、もう一度目を開ける。

 それはもう、めいいっぱい大きく、しっかりと。

「え……。」

 そして、そのままつんのめるように四つん這いになった彼は、大きな声で叫んだ。




「どこだ、ここーーーっ!」




 大きく見開いた目を通して彼の視界に飛び込んできたのは、ベージュ色の床、白と青の壁紙に大好きなものだけを埋め尽くした壁と本棚があるのではなく、四つん這いになっている自分の目線と同じ高さのあるツンツンとした青臭い匂いがする草が波打つ広い広い草原と青い空だけの大自然。

「いや、いや……どこ、ここ。まじでどこ?」

 テレビでしか見たことの無いような、まじりっけのない大草原。

 地平線まで何もない。あぁ、これが本当に何にもない地平線。

「え? まだ夢?」

『なに言ってるの? 夢じゃないわよ』

 聞こえてきた可愛らしい声に、少年は首を振る。

「いや、いやいやいやいや! 夢だろ。だって、だってさ! こんなの非現実的すぎる。なんだよ、目が覚めたら草っぱらなんて……どこだよ、ここ」

 顔色は真っ青、目には若干涙を浮かべながら、うわごとの様にそう言って地面に頭をつけた少年に、声は慌てたように、力づけるように話しかける。

『あのね、あのね! ここはドーフト・スアフっていう世界で、ユニメ国ドイサ地方のはずれだよ。 カヲル君はね、異世界転生したの! ほら、憧れてたでしょ? 異世界魔王様とか、魔法少女転生! とかのお話、いいなぁって言ってたでしょ? わーい、やったね! カヲル君、今から夢の異世界転生者だよ!』

 その言葉と底抜けに明るい声に、少年は顔をあげて首を傾げる。

「異世界転生? え? トーフ・・・・・・すあま? ゆにめ地方のなに?」

『ドーフ・スアフ世界、ユニメ国のドイサ地方ね。カヲル君の異世界転生の出発点!』

「え? ちょと言ってる意味わかんない。」

『だよね、わかるわかるっ! だってアタシがカヲル君とこうして話してること自体、おかしいもん。でも、ずっとちゃんとお話ししたかったから、アタシは嬉しいよ!』

 その言葉と、カヲル君、と名前を呼ばれたことで、少年はここでようやく「あれ? この状況おかしくね? 俺、誰と話してんの?」と首を傾げ、周囲を見渡す。

 が、先程も見たとおり、見渡す限りただっぴろい草原に青い空で、ここにいるのは自分だけだ。

 なのに。

『カヲル君! ファイト! 頑張ろう! アタシと夢の異世界生活だよ!』

 ちょっと無責任に励ますだけのはしゃいだその声と、ありえない馬鹿馬鹿しいばかりの状況に、少年の頭はすぅっと冷静になり、涙は引っ込んだ。

「いや俺、いったい誰と喋ってんの? つーか、誰!?」

『はい、はーい! アタシ、アタシ!』

 自問自答それに、可愛い返答が帰って来るが、声の主は見当たらない。

「いねぇじゃん。幻聴? あ、夢!? 俺、まだ夢見てんのか。そうか、夢、夢だな! よし、寝よう、寝たら強敵モンスターのオフトーンの中にいるはずだからな!」

 ゴロン、と腕を頭の後ろに回して横になると、ダメ―! と焦るような声が聞こえる。

『まってまって! 寝ちゃダメ、寝ちゃダメ! ここで寝てたら魔物が出るから! 初心者のスタート地点だけど、群れで出たら今のカヲル君じゃ勝てないからっ! 全滅しちゃうから! とにかく一回立って歩こう~! ほら、東の方向に街が見えるよ!』

 かなり必死な物言いに、夢ならもう少し付き合ってやるか、と少年は少し反動をつけて起き上がると、地面に座り込みながら、溜息と一緒に左の方を見た。

「……東ってどっち?」

 じ~っと、目を細めてみても、その先には何にもない。ただの原っぱで、彼はもう一つ、溜息を一緒に吐き出した。

「やっぱり何にもない。」

『逆逆! そっちは西。東は反対。カヲル君の右手の方!』

 再びごろんとしようとする少年に、必死に訂正を入れてくれる声。面倒くさいなぁと思いながら右手の方を見れば、確かに草原の向こう側には、緑色と茶色の屋根並みがキラッキラッと光って見えた。

「あ、本当だ。屋根がある。」

『ね、ね! よし、歩こう! 立って歩こう! 頑張ろう―!』

「う、うん。」

 声の勢いにつられるようにして、しゃがみこんだ地面からよいしょっと立ち上がれば、やっぱり周囲は波打つ草原で、自分はその真ん中に立っていた。

『さ、出発しんこーう! あ、カヲル君、抱っこして~』

「抱っこって何だよ……ん? そう言えばさっきも思ったけど、俺、誰と喋ってんの?」

『もうっ! 殺気からお話ししてるのにまだ気づいてなかったの!? アタシ、アタシッ! さぁ! 足元をご覧くださ~い!』

「足元?」

 そう言われ、自分の足元を見れば、一匹の小さな猫が嬉しそうににゃ~んと笑った。

「ヒナッ!」

『わ~い! やっと気づいてくれた!』

 その猫に見覚えのある彼は、慌ててしゃがみ込むと両手で大切に抱き上げる。

 幼い頃からずっと一緒に暮らしていたのと同じ大きさ、同じ姿で、タンポポの花の様に鮮やかな金色の瞳にふわふわで柔らかな長い毛並みの三毛の成人猫は、いつもの様ににゃ~んと鳴く顔で、彼の名前を呼んだ。

「ヒナ! なんでここに、いやそれより、なんで喋ってるのさっ!」

『それはもちろん!』

 腰を浮かしそうになりながらも、猫を抱っこする少年の頬にすりすりと顔をこすりつけた後、大きな目を弧に細め、猫は嬉しそうにと話しだす。

『カヲル君とずっとおしゃべりしたかったからに決まってるじゃない! だから、アキラ君のナビゲーション・モンスターになって、こっちの世界に一緒に異世界転生したんだよ!』

「ナビゲーション・モンスター? 一緒に異世界転生?」

 首を傾げた少年と同じように首を傾げて、ヒナと呼ばれた三毛猫は歌うように話をする。

『そう! アタシがカヲル君がこの世界でちゃんと暮らしていけるようにお手伝いをするお仕事を請け負ったのよ。ほら、カヲル君の好きでよく見てたアニメや映画に出てる、異世界転生した主人公に着くお供みたいな……そう、使い魔! 使い魔ねっ!』

 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、少年の頬に顔を首をこすりつけた三毛猫・ヒナは、尻尾を小刻みに震わせる。

「使い魔? ヒナが?」

 少年がぷはっと噴き出した。

「運動音痴でお馬鹿なのに?」

『まっ! 運動音痴でもお馬鹿じゃないわよっ! 失礼ねっ!』

 ぺちっとピンク色の肉球でカヲルの鼻を押しつぶしたヒナは、その腕の中からすり抜けると、顎や頬に自分の首をこすりつけながら両肩に体を乗せるように座り込んだ。

『ほら、とりあえずあの町まで行くよ! そしたらいろいろ説明できるから! 早く行こう~!』

「……う、うん? まあ、よくわからないけど、じゃあ行こうか。」


 目の前の良く喋る愛猫に似た使い魔に、異世界転生に別世界。

 ぜんぶ夢だし、その間なら楽しんでもいいか。

 そんな気持ちで、少年――カヲルは肩に愛猫そっくりの使い魔ナビゲーション・モンスターをのせ、街に向かって歩き出した。

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チートスキルは『お母さん』?! ~異世界転移した中学生、一緒に異世界転移した母親(人外)の加護を受けながら冒険者になる~ 猫石 @nekoishi_nekoishi

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