5:石博士


「あ、集まるもんだなぁ……」


 オレの目の前には、色とりどり大小様々な鉱石が並べられている。

 どれも、オレがこの数時間で掘り出した石たちだ。


「ルビー、サファイア、エメラルド……シトリンにアメジスト……」

『お詳しいですね、採掘家の知識ですか?』

「こ、こっちは趣味みたいなものかな。石が好きで、石図鑑とかよく読んでたんだ」


 それこそ、採掘家に憧れるよりも前に。

 採った石たちは、魔石化しているものが多い。流石に200階層となると、その純度も一等級だ。これだけ売れば、ひと財産になるだろうけど……これはオレの食事となるのだ。


『我が王のために、鉱石も脚を伸ばしたのかもしれませんね。それか、本能的に石の場所がわかるのか』

「どれから食べよっかなぁ! ええと、じゃあお前だ!」


 オレは魔石のサファイアを手に取り、頬張った。

 爽やかな甘みと、スーッと口の中に風が通るみたいな味がする。結構酸っぱさもあるかも?

 今まで食べてきたものの中で一番好きかも。


「んまんま」

『サファイアの魔石が齎すのは“魔力上昇”。これで我が王の魔力量が上がったことでしょう』

「こんな簡単に上がっていいものなのかな」

『なんせダンジョン200階層ですので』


 そういえばここに来るまでが本来大変なんだった。

 次はアメジストだ。

 すごくフルーティーっていうの? 食べたことないけど果物ってこんな味なのかな。みずみずしさを感じる。水分無いはずなのに。

 ほんのり渋さもあって、それがまたアクセントになってていいね。


『アメジストの魔石が齎すのは“精神保護”。我が王は洗脳や魅了といった力が効かなくなるでしょう』

「また早々にゲットするには強い能力じゃんか!」

『200階層ですので……』


 噛み砕けないから時間がかかるな。お腹にはまだ入るからどんどんいこう。

 次はルビー!

 あ、甘〜い! すごい、孤児院で食べたお菓子より美味しい、甘い! 脳に染みる味がする。ちょっと酸味もあって、味が重くない。美味しい! 美味しい!


『ルビーの魔石が齎すのは“身体向上”。我が王は大人顔負けの身体能力を得ましたよ!』

「これすごく美味しかった! マインも食べる?」

『我が王っ!! なんとお優しい……っ! 食べれなくとも、ワタクシ胸いっぱいでございますー!』

「声デカ」


 そっか、マインは食べれないのか。この美味しさを誰かと共有したかったんだけど……。

 ルビーが好物なんて、オレってすごい贅沢をしてないか?

 次はシトリン食べよう。


「っ……!? っ……!?」


 すっぱーい!!

 なんだ、なんだこの強烈な酸味! ほんのり苦味もあって、目が覚める味!

 口がきゅうっとしぼむ。

 美味しいけど、何個も食べてると涙が出てきそうだ。


『シトリンの魔石が齎すのは“幸運”。我が王は人より運が良くなりましたよ』

「なんか……すごい比較しにくい効果だね……」


 人より運がいいってどうやって確かめるんだ。

 じゃあラスト、エメラルド食べてみよう。

 ここまでずーっと舐めてきたから、舌が疲れ始めてる。味にいちいち感動しているから時間かかってるし。

 掘ってる途中、会うモンスターは鉄土鼠アイアン・モールくらいだったから対処できたけど……。それでもダンジョンの中だから、落ち着かない。

 今のお前がダンジョンに入ったらすぐ死ぬぞって、採掘家のお姉さんも言っていた。


 エメラルドは……あ、すごい優しい味がする。こう……体が和らぐような、ほんのりと感じる甘みと旨み。

 上手く喩えられないけど、ホッとする味だ。


『エメラルドの魔石が齎すのは“回復”。これなら、大量の石を消費しなくても腕一本くらいは簡単に再生できますよ』

「あ、すごい今食べちゃダメなものだった気がする」


 なんせ今の僕は無傷だ。鉄土鼠はマインで潰したら簡単に対処できたし。

 いまだにあの感触には慣れないんだけどね……うえぇ……。

 さて、これで全部食べ終わったぞ。大きさはオレの手のひらほどだったけど、すごいオレの力になってくれた! って感じがする。

 どこか守られてるような感覚もある。


『我が王は鉱石たちの愛し子のようですね。石は普通人を避けるのですが……我が王には自分から位置を知らせている』

「石って、人を避けるの?」

『人は欲に溺れやすく、鉱石の輝きだけに目を奪われがちですから。鉱角人こうかくじんだけが鉱石と正しく向き合える……そう言われています』


 エルフが森と心を通わせるとか、そういう話なんだろうか。鉱角人は石と心を通わせる……あんまり意識してないかも。

 でも、石たちがオレを守ってくれてると思うと、なんだか勇気が湧いてくる。


「もう少し魔石を掘ったら、ここを出よう。とりあえず上の階層に上りたい」

『では、もう一踏ん張りですね』


 オレはマインを握り締め、岩の壁に向かって歩き出した。


 *


「ダンジョンって、転送魔法陣があるんだよな」

『はい。それによって上下の階へ渡るのです』


 動きの邪魔にならない程度に魔石を掘り、エメラルド以外を食べた。すごく体が軽くなったし、エネルギーが満ち溢れてるって感じがする。

 エメラルドは緊急時用にとっておく。

 200階層は普通より鉱石が多いらしくて、あの大穴から出ても壁表面にたくさんの鉱石が見える。

 石畳みたいな壁や天井から、鉱石の柱が突き出ているのだ。

 オレはそんな200階層をマインを担いで歩いていた。


「じゃあ、その転送魔法陣の位置は知ってる?」

『ワタクシがある程度わかるのは鉱石の位置のみでして……』

「じゃあ地道に探そっか」


 ダンジョンは広い。地下に広がる巨大な遺跡みたいなものなので、どこもかしこも古びている。

 でも、魔法陣や宝箱なんかは劣化していないという不思議な空間だ。魔法陣は光っているらしいから、薄暗いダンジョン内では目立つだろう。

 よしよし、頑張るぞー!


『──! 我が王、止まってください!』

「!?」


 十字路の左、ちょうどオレがいこうとしていた場所に、思いっきり爪が突き立てられた。石畳にめり込むそれは、凶悪な鋭さと殺意を持っている。

 マインが止めてくれなかったら、今頃オレはあれの餌食になっていた。

 つまり──魔物てきだ!


『「洞窟爪大狼ダンジョン・ワーウルフ」!! 危険度A+の大型魔物です、爪に気をつけて!』

「危険度A+って……聞いたことないよ!」


 人類が到達していないエリアの魔物……それと戦わないといけないなんて!

 オレは素早くマインを構えて、相手を観察する。

 大きな二足歩行の狼だ。上腕がとんでもなく発達していて、筋肉が盛り上がっている。その爪は長く鋭く、金属みたいな音を出して石壁にぶつかっていた。

 色は灰色と赤色。見るからに強そうで、すこし逃げたい気持ちが湧く。

 でも、ここで逃げても逃げ切れるかわからない。きっと追いかけてくるから、どっちにしろ博打だ。


「や、やってやるよ!」

『さぁダンジョン内での初陣、気張って参りましょう!!』


 飛びかかり爪で切り裂こうとしてきた洞窟爪大狼を避ける。少し振っただけで石壁が切れるなんて、どんな鋭さだよっ……!?

 隙を見つけてマインを叩き込みたいけど、この魔物、下手に突っ込んだら即死だ。

 尻尾まで硬質なのか、後ろから一撃をかまそうとしても叩き落とされそう。


『狙うは脚です! 洞窟爪大狼は脚元が弱点です!』

「脚って、言ったってぇ!」


 それを攻撃できる隙があったらやってるって!

 ルビーの魔石のおかげで避けれる程度には動けてるけど、当たるのも時間の問題だ。かなりギリギリで避けられてる。

 マインはその大きさのせいで、振るのにかなり大振りになってしまう。だから大きな隙が必要なのだ。


「うわっ!」

『我が王、二撃目が来ます!』


 石畳を転がって、なんとか避け……れなかった。頬が大きく切れている。掠ったか。

 ジンジンと痛む頬から垂れる血を拭って、オレはなんとか活路を見出そうとする。

 この魔物……どう倒す?

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