3:吾輩はツルハシである


「じゃーさ、お前の名前は?」


 あの後、オレは大泣きしてしまった。人生初の大号泣だ。

 いろんな感情や情動がごっちゃになって、処理できなかったとも言う。

 人前? で泣くのは恥ずかしかったけど、ツルハシはあたふたしながらオレを笑わせようとしてくれた。

 落ち着いた頃、オレはツルハシに尋ねた。

 ツルハシツルハシ呼んでるけど、オレも名前を聞いてなかった。


『ワタクシは「結晶破嘴ピカクス・シャード」ですよ?』

「そうじゃなくて、オレで言うコランみたいなさ……それはなんていうか、種族名? じゃん」

『ははぁ……ワタクシ、同種族などおりませんので、そういったものはございません』

「無いの? ……じゃあ、オレがつけてやるよ!」


 ずっとツルハシって言ってるのも不便だし、相棒になってくれるなら名前があったほうがいい。奴隷のオレにだって名前があるんだ、コイツにだってあったほうがいいだろう。

 オレがそう言うと、ツルハシは大泣きしたようにトパーズをキラキラ輝かせた。


『な……な……なんという褒美! 我が王がワタクシに固有名詞を! 名前を! つけてくださるとわぁ〜!!』

「うわうるさ」

『感激! 感激でございますー!』

「わ、わかったから落ち着いてよ」


 ぐわんぐわんとヘッドを揺らすツルハシ。思わず反動でオレも倒れてしまいそうだ。

 ツルハシの名前かぁ……どうしよう?

 オレって学があるわけじゃないから、カッコいい名詞とか、神話とか知らないのだ。なんだかこう……むず痒くなるほどカッコいい名前なんて思いつかない。


「うーん……デスピカクス……アルティメットシャード……長いな」

『おっと、ワタクシ急に不安になってきましたよ』

「うーん、安直だけどマイン! お前はマインだ!」

『安定した着地で良かった〜!! ワタクシはマイン! ツルハシのマインでございます!』


 なんだかんだ三文字くらいが呼びやすいだろう。

 オレのものって意味と、掘るって意味の「マイン」だ!

 なかなか良い仕上がりなんじゃないか?

 ツルハシ──マインは、また感激の涙を流すようにトパーズをチカチカさせる。


「あと、採掘家名マイナーネームも決めないと」

『マイナーネーム?』

採掘家マイナーってのは、基本チームを組んでる。そのチーム名がマイナーネームっていうんだ!」

『なるほど! よくご存知でございますねぇ』

「へへ……採掘家の本をたくさん孤児院で読んでたからかな」


 街の一大興行である採掘家業は、たくさんの本や図録が作られていた。孤児院にもそういう本が寄贈されてて、オレは何回も読み返したものだ。

 たまたま近くを拠点にしてた採掘家のお姉さんが文字を教えてくれて、おかげで簡単な文字なら読めるようになったのだ。

 今思うと、オレの知らないことを教えてくれた人が採掘家だったからこそ、オレも採掘家に憧れたのかもしれない。


『ですが、今は我が王一人ですよ?』

「何言ってんの? お前がいるじゃん。ふたりは立派なチームだろ」

『わ、我が王〜〜!!』


 またトパーズを煌めかせるマインは置いておいて……。さて、マイナーネームはどうしよう?

 これもまた、短いほうが呼びやすい気がする。それにオレのネーミングセンスの無さがバレなくて済むかもしれない。

 登録名は10文字までだから、ええと……。


「最強の採掘家……違うな、超絶怒涛団……言いにくいな」

『なぜ我が王は一回不安なシーンを経由するのです?』

「“結晶角クリスタル”とかどう?」

『とても宜しいと思います! 素晴らしいです!』

「へへ……お前の『結晶破嘴ピカクス・シャード』とオレの『鉱角人こうかくじん』を混ぜてみたんだ」

『正に我々のためにあるような名前でございます!!』


 マインって、なんでも肯定してくれるから不安になるな……本当にこれで良いか。

 オレ以外に意見を言ってくれるのがマインしかいないから、客観的意見? がわかんないや。


「なんか……色々ありすぎてお腹空いてきたかも」

『鉱石ならこの「不死の鉱床シナバー・メア」にいくらでもありますから、お食べになるのが宜しいかと』

「でも、鉱石って噛み砕けなくない?」

『鉱角人の唾液は特殊で、鉱石を溶かすのですよ』

「そうなの!?」


 試しに、ひょいとそこら辺にあった小さな鉄鉱を口の中に含んでみた。若干土の味がするけど、こう……美味しい渋み? なんだろ、オレの舌と語彙が貧弱すぎて上手い言葉が出てこないや。

 でも、普通に食べれる味。美味しいまである。

 パンの時より満足感を感じるから、本当にあれはオレの食べ物じゃなかったんだな。


「あー、確かに、なんか飴みたい」

『なんなら唾液で柔らかくすれば噛み砕けますよ。歯が人間より丈夫ですので』

「なんか、勿体無くて噛み砕けない」


 美味しいし、ずっと舐めてたい。

 飢えた経験からか、さっさと噛み砕いて食べるような効率重視の食べ方ができない。大事に大事に溶かして食べてしまう。

 マインは「時間はありますから、ゆっくり食べるのも良いでしょう。喉に詰まらせないように」と言ってくれたので、満足するまでゆっくり食べるぞ。


「なー、ここってダンジョンの何階くらい?」

『食べながら喋るとはお行儀が悪いですよ。おおよそ200階層目ですね』

「……にひゃく?」

『ワタクシたち四秘宝は50階層ずつ設置されているはずなので。ワタクシが最後なので200ですね』

「じ、人類が到達してるのってどこまでだっけ……」

『鉱石たちの噂でしか聞いたことありませんが、たしか150ですね』


 つまりオレは、人類最高到達点と言われている採掘家すら苦戦している150階を遥かに超えた距離を落ちていたと。

 ふむ…………。


「オレってこのまま死ぬのかな」

『なにを仰います!? そんなこと、ワタクシが許しませんよ!!』


 だってダンジョンって魔物がいるんだよ!?

 しかも階層を下るごとに強くなってるんだ、人類最強が150階の魔物に苦戦してるのに、オレが急に200階の魔物を倒せるわけないじゃん!


「オレって今まで奴隷で、戦闘訓練なんてこれっぽっちもした事ないんだ! マインがいるからって厳しいよ」

『では強くなりましょう! 多少この大穴から上がって、そこで鉱石を食べながら修行するのです』

「でも、数階上がったって変わんないよ」

『それに、我が王は蘇生ができます! 鉱石さえあれば、ワタクシの魔石の力でパーっと再生が可能! 実質不死ですよ』

「でもすごい時間かかるじゃん……」

『それはあの時の我が王は損傷が激しく、栄養も摂れていなかったので……。頭を吹き飛ばされる程度なら、一日で復活できます』

「だとしても死にたくないよ!!」


 オレだってメンタル無敵じゃないんだからな!!

 このツルハシ、人の心をイマイチ理解してないところがあるな。人ってのはそう何回も死ぬはずないから、死んで生き返るなんてアンデットのする事だ。

 オレが生き返った時に狂わなかったから良いものを、最悪発狂してまた死んでたぞ!


『我が王はお強い方。知っておりますよ』

「気のいい事言って……。まぁでも、強くなるってのは賛成。どうせダンジョンで生きていくしかないんだし」


 差別されて、まともなご飯も食べれない地上になんて戻りたくない。

 いい人もいるし、別れが惜しい人もいるけど、彼らにとってオレはもう死んだ存在だ。

 急に会いに行っても、困らせるだけだ。それにアンデットだと神官を呼ばれても傷つく。


「うーん、せめて一桁の階に上がりたい」

『ワタクシがいますし、200階だろうがやっていけると思いますよ?』

「その自信はどこから来るの?」


 マインの自己肯定感はどこから来るんだ、ほんと。

 大穴は塞がれてないけど、流石に素手で登るのは無謀だ。どうにかして上階に上がりたい。

 

 キョロキョロと周りを観察していると……良さげなものを見つけた。

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