2:少年の日の憧れ


「それで……お前ってなんなワケ?」

『ワタクシは「結晶破嘴ピカクス・シャード」! ダンジョンの四秘宝のひとつでございます』

「ダンジョンの秘宝……やっぱりそうなんだ」

『我が王はワタクシの魅力に最初から気づいていた様子! 慧眼にワタクシ感激でございます!』

「そのさぁ……『我が王』ってやつ、やめない?」


 オレって奴隷の身分だったから、王とか言われても恐縮しちゃうんだよね。ただでさえ王族にしか無いらしい薄荷はっか色の目のせいで嫌われてるんだから。

 奴隷の身分で王なんて名乗ったら折檻じゃ済まないぞ。


 だというのに、ツルハシは不満そうだ。さっきから、とてもテンションが高い。興奮しているようだ。


「オレ、地上じゃ奴隷だったんだよ。王なんてもんじゃないんだ」

『何を言いますか! 我が王は我が王です! 私を引き抜いてくれた、我がツルハシ生の主人である貴方を王と言わずして、誰が私の王と呼べましょう!?』

「高い高い、テンション高いし声がデカい」


 結構うるさいなこの伝説のツルハシ!

 捲し立てるツルハシは、ガタガタと震える。コイツ、自分で動けるじゃないか!


『ワタクシは道具でございます! 使い手がいなければ、それはゴミも同然! 動けようが関係ありません』

「わかった、わかったって!」

『ならば宜しい。それでは、我が王! 貴方の野望の手助けをしましょう。貴方の夢はなんでしょう?』

「あ、えっと……」


 そもそも、オレは早く地上に戻らなくちゃいけない。

 オレは奴隷だ。物品扱いで、主人がいる。生きてるなら、働きに戻らなくちゃ。


「だから、地上に戻らないと……。残念だけど、お前の主人にはなれないんだ」

『おおお! なんと御労しい我が王! 奴隷なぞ、奴隷なぞ……』

「でっでもミスリルなんて触れると、そもそも見られるなんて思ってなかったし……。すごい経験をさせてもらったよ、ありがとう」

『なんと……なんと御優しい……。──ところで我が王』

「うん?」


 一ヶ月行方不明となっていても、地上では居場所があるのですか?


 そう、ツルハシは不思議そうに問うた。


「……は?」

『なんせ、ここに落ちてきた時の我が王はグッチャグチャの死体でございましたから! 蘇生と身体を健康な状態に戻すのに、ゆうに一ヶ月かかってしまったのでございます』

「は……はぁ!?!?」


 したい……オレが、死体。つまり一回死んで、生き返った。オレが。

 確かに、あの高さから落ちて無事なんてあり得ないと思ったけど……本当に、死んでたんだ。

 絶句する。自分が一度死を体験したという事に、そして生き返ったなんて「アンデット」のような体験をした事に。


「お、オレってゾンビになっちゃったの!?」

『はて? 我が王の種族は「鉱角人こうかくじん」の筈では?』

「こうかく……? お、オレは亜人だよ」

『地上では鉱角人のことを亜人と呼ぶのですか?』


 ……オレの種族って鉱角人なのか?

 オレの生きた環境では、人間、獣人、亜人の三種類の人種がある。

 人間はそのまま人間。

 獣人は体に獣の特徴がある人。

 亜人は、主にエルフとかドワーフとかの名称で、オレみたいな“ツノ付き”は別枠の差別対象だ。

 ツノ付きは悪魔の証。なんて言葉が常識みたいに出回っている。

 エルフみたいに耳が尖っててもなんとも思われないのに、ツノが付いてるだけで酷く嫌われるのだ。

 それがどうしてなのかは、オレは知らない。

 でも物心ついた時からそうだったから、もうそう言うものだと思う事にしている。


 いや待て、一旦整理しよう。

 オレは一度死んで、何らかの力で? 生き返った。

 そして、ツルハシはそのことを知ってて……。で、一ヶ月経ってて……。

 一ヶ月なんて、あの別れ方も相待ってきっと死亡処理をされている。実際死んでたわけだし。

 死んだ奴隷に割く資源なんて無い。きっと、戻っても居場所は無い。

 坑道の仕事も、新しい奴隷がオレの後釜に収まっているだろう。

 そこまで考えて、涙がぼろりと溢れた。

 オレの、採掘家マイナーの夢はどうなってしまうんだ。奴隷だとしても、あの仕事は好きだった。

 奴隷のおじさん達も仲良くしてくれたし、差別せず同情してくれた。

 商人も、鞭は痛いけどオレに居場所をくれた。


「オレは……オレは……どうしたら……」

『採掘家になりたいのですか?』

「うん、ずっと夢だったんだ……。本当になれるとは、思ってないけど……」

『なら、絶好のチャンスですよ!!』

「──え?」


 ツルハシの言葉に、涙がぱたりと止む。

 ツルハシは、キラキラとトパーズを輝かせた。今気づいたけど、これは魔石だ。


『ワタクシはツルハシ! 我が王は鉱角人! ここはダンジョン! これほど採掘家に向いた状況はありますまい!』

「えっえっ」

『お教えしましょう! 鉱角人は石を力に、命にする種族。我が王の蘇生のために鉄10kg、銅20kg、亜鉛5kg、水晶4kg、黄鉄鉱2kg、ルビー50gが集まり、吸収されました』

「は?」

『我が王、もしや地上でまともに鉱石を食べておりませんでしたね? なんとか接触時にエネルギーを吸収していたようですが、パンやポリッジなどでは鉱角人は生きていけませんよ』


 ……つまり、オレは本来主食が鉱石だったってこと?

 パンで生きながらえてると思ってたんだけど。


『食べ盛りの子どもが一日パン一つで坑道採掘なんてできませんよ。採掘時に触る鉄や銅から微かにエネルギーを吸収して今まで生きていたのでしょう』


 その言葉に、ストンと納得してしまう。

 確かに、大人たちはナナイモバーという高カロリーのエネルギーバーを食べさせてもらっていた。そうしないと死ぬからだ。

 でもオレは、ツノ付きなのもあってパン一個。

 商人はもしかして、オレをさっさと餓死させるつもりだったのかもしれない。でも、オレが不思議と生きているから、パン一つで坑道に行かせたんだ。

 そっか、オレってパン一個で生きられないんだ。それもそうだ。


「その……蘇生の時吸収されたって」

『その言葉通り、でございます。我が王はなんとも石に愛されている! 蘇生のために我が我がと鉱石が力を貸してくれました。私の魔石の力がなければ、できなかったでしょうが……ほら、トロッコの中身などカラですよ』


 確かに、トロッコに山ほど積んでいた鉱石はほとんどなくなっている。オレの身体なんて入っても余りある大きなトロッコだったのに。ほとんどがオレの蘇生に使われたと言うことか。


『その証にほら、我が王の角を触ってごらんなさい』

「え……? あれっ」


 枝分かれしたツノの一部に、硬い出っ張りの感触がある。なんだこれ?


『鉱角人は吸収した鉱石の一部を角に反映させます。たとえば、ルビーを食べれば食べるほどその角はルビーの輝きを放つようになり、トパーズを食べれば食べるほどトパーズの煌めきを写すようになるのです』

「これは……なんだ?」

「ルビーでしょう。希少度が高ければ高いほど、吸収した時はっきりと角に影響が出ます」


 微かな出っ張りだけど、確かにそこには鉱石の冷たさがあった。鏡が無いから見えないけど、きっとルビーの赤色をしているんだろう。


『さぁさぁ現状把握は終わりましたよ! 我が王、なりましょう採掘家! やりましょうダンジョン攻略! 今なら有能な「結晶破嘴ピカクス・シャード」が貴方の相棒に!』

「なって……いいの? 採掘家マイナーに。憧れの、採掘家ゆめに」

『拒む者などおりませぬ! 居たら、このワタクシが砕いて差し上げましょう!』


 また、涙が溢れてきた。

 今度はさっきと違う、嬉し涙だ。

 オレ、なれるんだ。憧れの採掘家に。叶わないと思ってた、憧れに!


『ささ、我が王。これから覇道を行く我が王の名前を、ワタクシにお聞かせください』

「うん……オレはコラン。採掘家マイナーの、コラン!」


 溢れた涙が、ツルハシのトパーズに落ちていった。

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