ツルハシダイブ!

@tukihiha_kakaku

1:奴隷少年は採掘家の夢を見たい


「オラッ! さっさと掘れ!」


 腹を思いっきり蹴られ、オレは肺から一気に酸素が抜けるのを感じた。

 昼に食べたパンを吐きそうだったけど、吐いたら夜までもたない。喉を締めてなんとか堪えると、オレは鈍い光を放つツルハシを持ち直して立ち上がった。

 ツルハシはどこにも傷がついていなかったから、安心する。これはオレの所有物ではなく雇い主が貸す備品なので、壊したら弁償しなきゃいけない。


「早く行けッ!」


 太った、脂ぎった肌をした男が鞭を振り翳したのを見て、慌てて坑道の奥に走る。

 鞭の傷は痛いんだ。ヒリヒリして、体を動かすたびに引き攣れて痛む。

 カンテラに照らされた坑道、カナリヤの鳴き声が聞こえる。

 オレは黙って、その行き止まりを掘り始めた。


 オレはコラン。“ツノ付き”の、亜人だ。たしか今年で10歳になる。

 今は商人の奴隷として、採掘人として坑道で働かされている。

 他の大人の奴隷は、オレのことを可哀想だと、哀れだと悲しんだ。これもオレがツノ付きで、そのクセ王族みたいな薄荷はっか色の瞳をしているからだって。

 だから、人間の怒りを買って奴隷に落とされたんだって。


 でも、オレにとってここは天国みたいな場所なんだ!!


 なんせ、どこを見渡しても鉱石、鉱石、鉱石!

 憧れの採掘家マイナーみたいに、採掘に関わる仕事に就けたんだ!

 ツルハシの重さも、作業着の汚れも気にならない。オレにとっては理想の作業と言えた。


 オレが憧れている採掘家マイナーは、オレが今掘っているダンジョン、「不死の鉱床シナバー・メア」を攻略する人のことだ。

 俗称は“冒険者”だけど、オレは正式名称で呼びたくて採掘家と呼んでいる。

 不死の鉱床は、その名の通り永遠に鉱石が湧き出す夢の鉱山だ。

 地上から上を商人が所有する坑道、地下が採掘家が降りるダンジョンになっている。

 オレのいる街「モース」は、不死の鉱床を中心に盛えていて、採掘家のための街といっても過言じゃない。

 大通りには有名採掘家御用達の店がズラッと並んでいるらしい。オレは行ったことないけど。


 いつか、採掘家になるためにオレは今日もツルハシを振るう。

 銅や鉄を掘り、トロッコにそれぞれ積んで、また掘って。

 この単調な作業に、精神がやられる人もいるみたいだけど、オレは黙々と石に向き合えるから好きだった。


「コラ坊、掘る場所変えっぞ」

「はい!」


 オレと同じ採掘奴隷のおじさん達と、ポイントを変えてまた掘り始める。

 

 オレが奴隷になって二年。ずっと変わらない場所で、ずっと石を掘っている。

 鞭や殴られるのは辛いし、パン一個の食事じゃ腹も減るけど、それでも鉱石に関われる仕事に就けたのは運が良かったと思う。

 女だったらきっと娼館にでも行ってたし、男でも闘技奴隷や他の労働奴隷にされていたら、オレはきっと身体より先に精神が死んでたと思う。

 パンはカビてないし、夜は寝かせてもらえる。なにより好きな仕事だ。

 だからオレは、運が良いのだ。


 でも、オレの運の良さはそこまでだったのだろう。


「地盤沈下だーッ!!」

「逃げろ! ここはダンジョンの真下だ!」

「死にたくない! 死にたくないぃ〜っ!」


 轟音と共に、行動が揺れた。

 ガラガラと地面が瓦礫のように崩れて、真っ逆さまに大穴に落ちていく。

 トロッコも、線路も、カンテラも。

 崩れ落ちると共に、さらに地面を揺らして坑道を壊していく。


 オレは、その災害に巻き込まれた。


「コラ坊ぅ!?」

「───あっ」


 オレが逃げようと踏み込んだ場所。そこが、ちょうど、抜けた。

 一気に下がる視界と、先をいくおじさんの叫びがやけにスローに思えた。

 大穴に落下していく、オレ。おじさんの手は届かなかった。

 案外、死ぬ時って叫ばないんだなぁと、オレはどこで使うかわからない知識を得た。と同時に、意識が途切れる。

 でももう、目覚めることもない気がした。


 *


「ぐ、うう……」


 ざり、と頬に砂利の感覚がする。細かい粒が頬に食い込んで痛い。

 もう感じないと思っていた痛覚が戻っていた事で、オレは目が覚める。

 瓦礫の山に、壊れたトロッコ。放り出された鉱石達。カラコロともう光を灯していないカンテラが転がっている。


「う、あ……い、生きてる……!?」


 オレは自分が生きている事に驚いた。なんせ、すぐ上を見上げれば天井が見えないほどの大穴が広がっているのだから。

 下にはクッションも何もないし、一体どうやって生き延びたのだろう。

 わからないまま、オレは辺りを見回した。


「……ツルハシ……」


 目の前に、ツルハシが刺さっている。

 オレが持っていた、備品のツルハシより遥かに大きい。オレの身長を超すほどの巨大なツルハシが、地面に突き立てられていた。

 どこかから溢れる光を一身に受けて、キラキラと輝く様は美しい。

 

 思わず、オレはそのツルハシを観察する。

 柄の部分は銀かミスリル、ヘッドはおそらくヒヒイロカネ……!?

 ヘッドの中央にはトパーズが嵌め込まれ、ほのかに魔力を感じる。

 昔はお伽話と言われていた鉱石がふんだんに使われたツルハシは、きっとダンジョンのお宝だ。今でもヒヒイロカネなんかの虹色鉱はとんでもなく貴重で、1gでも売れば家が建てれる程の金が手に入る。

 採掘ポイントも相応の深さで、魔力のあるダンジョンにしか無いため、採掘家垂涎の鉱石でもある。

 モースが定めた硬度ランクではヒヒイロカネは13、ミスリルは11だ。この間にオリハルコンが入るとされる。

 まぁつまり、このツルハシはとんでもない代物ってことだ!


「うわわ……ほ、ほんもの……?」


 本来は手袋をするべきなんだろうけど、今のオレは薄いツナギにタンクトップ一枚という格好だ。奴隷に手袋なんてもの支給されない。

 それでも、その輝きに惹かれて、オレは手を伸ばしてしまった。


『おお、おおお! ついにワタクシにも王が!!』

「うわっ!?」


 突然、知らない人の声がして手を離してしまった。


『おや、どうしたのですか我が王! 早くワタクシを引き抜いてくださいませ』

「え、え、だれ……?」


 我が王、というのはオレのことだろうか。

 まるで頭に響くような独特な聞こえ方に、オレは頭を押さえて辺りを見回す。

 しかし、声の主らしき人は見当たらない。


『ここです! ここですよ我が王! ワタクシを引き抜いてくださいませ』

「引き、ぬ……? も、もしかしてツルハシが喋ってる!?」


 まさか、とツルハシに視線を向ければ、どこか喜んだような雰囲気がツルハシから伝わってくる。


『如何にも! ワタクシ、ツルハシでございます』

「つ、ツルハシに自我があるー!?」


 落ちてきてから驚きの連続だ。

 喋る道具なんて見たことない!

 ダンジョンの宝箱に収められた武器は確かに良いものが多いし人智を超えた力を持ってることがあるらしいけど、まさか喋るなんて!


「ひ、引き抜けば良いの?」

『ああ、我が王! そんなに畏まらないで。ワタクシ、ここで何百年と王を待っていたのです!』

「よ、よくわかんないけど、フンっ!」


 重さを覚悟してツルハシを引っ張ると、思ったよりも軽くて勢い余って転んでしまった。

 頭打った、いてて……。


『ああ……ああ! ワタクシはついに主人あるじを、王を得たのですね! 感激でございます……!!』

「そ、そのさ、『我が王』って……オレのこと?」

『他に誰がおりますか!』


 聞けば、ツルハシはプンスコと怒り出した。

 表情豊かなツルハシだなぁ……。

 オレはハイテンションな声が響く頭を押さえつつ、その手にギラギラと輝くツルハシを見つめた。


 これが、オレと、その相棒となる伝説のツルハシ──「結晶破嘴ピカクス・シャード」との出会いだった。

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