第2話 おかしいな

「……おかしいな」

 小学生たちを救ってから、数日が経つ。

 クラスメイトが続々と登校してくる朝の時間、俺は自分の席で足を組み、考え事をしていた。

 あんなに命を張ったのに。

 あの時のことを思い出す。

 一歩間違えば、小学生たちは確実に死んでいた。しかし俺の咄嗟の機転で、小さな命を救っている。しかも、複数の命だ。にもかかわらずこの国は……なにもなし?  感謝状とか、表彰とか、新聞記事とか、そういうのが来てもいいのではないだろうか。

 それなのに、警察からの連絡が一向にない。

 現実は静かすぎる。

「はぁ。社会から正当な評価を受けない可哀想な俺」

 隣の席で、次郎が苦笑いしている。

「いつまでメソメソしてんだよ」

「だって!」

 勢いよく振り向くと、少しだけ涙が飛び散った。次郎が爆笑する。

「泣いてんの?!」

「でも結詩、実質なにもしてないからね」

 次郎の前の席に紅が座り、太ももを晒して足を組みながら言った。

「結局、トラックの運ちゃんがハンドル切ってキミたちを回避したんだよ。その前に急に小学生を抱えて投げ飛ばしたヤバい奴が結詩」

「酷い世の中だ」

 はぁ……と項垂れて外を見る。

 窓の手前の席にいる里衣と目があった。紅とは違って大人しめの女の子で、スカート丈も長く、まだまだ中学生のようだ。その里衣は、少し笑ったような表情で俺を見ていた。そして目が合うと焦って下を向く。頭からアニメーションで汗が飛ぶ演出が出ている可能ような、隠せない仕草。こいつもおれを心の中で笑っていたんだろうな。別にいいけどさ。


 そして、放課後。

 校舎裏で俺は深くため息をつく。感謝されないヒーローって、この世界はそれでいいのかよ。せっかく命からがら人を助けたっていうのに。怖かったのに。

 ちっぽけな小石を蹴って八つ当たりする。

 警察からの感謝状。

 欲しかった。

 よく新聞とかで、街の人を助けた学生に送られているあれだ。あの日以降、どうやって写真に撮ってもらおうかずっと考えていた。高い美容室にもいった。ストパーかけて登校したら次郎が腹抱えて笑っていた。次の日にはそのストパーも溶けた。高かったのに。

 はぁ。

 だれか救わせろよ。

 俺をヒーローにさせてくれ。

 そしてしばらく考えて、ふと頭に妙案が浮かんだ。

 ……また人を救えばいいんだ。

『度重なるお手柄高校生!』

 そんな見出しが躍る未来しか見えない。

 感謝状を受け取りながらカッコいいおれの写真付きだ。


 よし、第二の救出劇を計画する。

 あの時みたいな派手な事故を待つのは難しいけど、なんか小さい子が困ってたら助けてやればいい。対象は小学生だ。あいつらは一番わかりやすい。ちょうど下校時間なので、街には下校中の小学生がわんさかいる。

 そうと決まればさっそく下校だ。校門を出る足取りが急く。

「おい、そこの子どもたち!」

 ランドセルの方が大きいような、小さな小学生がぽつぽつ帰っている。俺は満面の笑みでちびっ子たちに近づいた。

「なにか困ってることはないか? お兄さんが助けてあげるぜ」

 俺はできるだけ優しそうな声で手を振って、小学生たちに話しかけた。彼らは目をぱちくりさせて俺を見上げている。そりゃそうだろう。突然こんな風に話しかけられたらだれでもびっくりする。それは想定内。だから俺は、周りに聞こえないようヒソヒソ声で教えてやる。

「実はな。俺、ヒーローなんだ」

「ヒーロー!?」

 男の子数人が反応する。こういう話題、男児はやっぱりノリがいい。作戦通り。小学生なんてちょろいものだ。

「そう。明日には警察から感謝状を貰う俺の写真が新聞とかに載ったりするぜ」

「ホント!?」

「マジで!?」

「すごッ!」

「ただし、それには条件がある」

 盛り上がりかける小学生のテンションをぴしゃりと手で制止する仕草で、俺は言った。小学生の興奮にも動じず制する俺の所作だ。子どもたちは羨望の眼差しを俺に向けつつ「条件?」と首を傾げてみせる。

「ヒーローがヒーローであり続けるためには、人助けをしなきゃいけない。わかるな?」

「うん、わかる」

「わかる」

「だから、俺はお前たちを助けたい」

「……ぼくたちを?」

「そうだ」

 ゆっくり深く頷いて、俺の存在感をより際立たせる。順調だった。明日の紙面が脳裏に浮かぶ。――と、そこに、ちょうど下校中の次郎と紅が通りかかった。

「結詩。なにしてんの、こんなとこで」

 家はあっちだろと指さす次郎。

「っていうか小学生に馴染みすぎ」紅が笑う。

「同レベルだもんな」

 次郎も笑うので「うるせー」と返す。

「みんな気を付けてね。このお兄さんバカだから」

「余計なこと言うなって。いま大事な話してるんだから。な」

 俺が小学生たちに同意を求めると、ランドセルを背負ったちびっ子たちがみなビクッとして後ずさりした。……なに急に。やめてそういう反応。

 少しだけ計画の歯車が狂いだしたのを感じる。俺の脳内では、この辺りで小学生たちが友達の虐めとか親や先生に嫌なことをされてるとか怪しい家が通学路にあるとかそういう話が出てくるはずだった。けれど、それを次郎と紅に台無しにされた。

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