IDEAL

丸山弌

第1話 俺、いつか

「俺、いつか街中のだれもが振り返るくらいデカい存在になるんだよなー」

 放課後の帰り道。

 茜色に染まる空、筆で描いたような雲を眺めながら歩いている時、つい独り言が漏れた。

 とても過ごしやすく、気分がいい日のことだった。こんなに気分がいい日は、不思議とダウナーな気持ちになる。

「お前、またそんなこと言ってんのか」

 隣で歩いてた次郎がため息交じりに言う。

 保育園の頃から気の合う奴だ。

 細身なのに筋肉質な体つき。同級生の中でも運動神経抜群で、なにをやっても器用にこなす。おまけに頭がよくて、直毛ストレート。

「でも、全然近づいてる気がしねぇ」

 そう零すと「当たり前じゃん」と、反対の隣を歩くくれないが、制服の短いスカートを揺らして歩きながら、冷めた口調で言った。

「音楽するとか格闘技するとか芸能事務所入るとか部活で目立つとか、色々あるじゃん。で、結詩ゆうたはなにかしてるの?」

「……なーんもしてない」

「なーんかしなきゃ」

 正直、刺さる。

 確かに紅の言う通りだ。

 っていうか今日も紅は可愛いな。

 すらっとした体躯。

 黒い髪に濃いめの化粧。

 正直、好きだ。

 紅の方を見ていると邪念が邪魔すると思い、俺はまた空を見上げた。


 そりゃ、そうだ。

 なにも成さずして、デカい存在になれるわけがない。

 それはわかってる。

 わかってるけど……違う。

 なんか違う。

 そういうのじゃない。

 俺がなりたい〝特別〟は、ちょっと違う。

 バンドマンとか格闘家とか芸能人とかスポーツとか、そういうのじゃないんだ。でも、それがなんなのか自分でもよくわからない。

 俺、バカだからな――


 そう思った矢先のことだ。


 ブオンとものすごいエンジン音が響く。後ろから、トラックが猛スピードで道路を走ってくる。俺たちの目の前には、ちょうど横断歩道を渡りはじめた小学生たち。おそらく低学年、一~二年生ってところだ。

「え、ヤバくない?」

 紅が言う。

 俺も次郎もわかっている。

 ヤバい。

 けど、身体が動かない。

 不意のできごとは、往々にして身体を硬直させる。

 ――なんて思ってる場合か! と、俺は走り出した。そして横断歩道を歩く小学生たちを一人二人三人と抱え、歩道側に投げ飛ばす。みなランドセルがうまくクッションになる。よかった。間に合った。

 音がする方を見る。

 トラックが迫る。

「うわ、マジか」

 思わず声が出た。

 俺、もうここで死ぬらしい。

 怖いしせつないことだったが、どうしてだろう、なぜか心がみなぎっている。アドレナリンが噴出して、自然と笑ってしまう。そうだこの感じ――これが俺の求めていたもの。俺は、もしかしたら死の間際になってようやく悟ったのかもしれない。

 俺はだれかを助けたい。

 命を張って。

 そして派手に死に散らかしたい。

 敵が味方に放った魔法を身体を呈して防ぎきり、周囲の地面がえぐれる中、仲間が立つ場所だけ無事、そして俺は力果てるみたいな――

 そうだったのか。

 いま気づいた。

 俺は、人を救いたかった。

 自分の命と引き換えに。

 そういう特別な存在になりたかった。

 激しい音が鳴り、ハンドルが切られ、トラックが俺をすれすれで躱し、牽引していた荷物が暴れ、すぐ横のコイン精米機に突っ込む。そして、爆発。

 けどそんなことよりも、俺は確信していた。

 そうだ。

 俺は、派手に死にたかったんだ。

 これで死んだら異世界転生とかできるだろうか。派手に死んで第二の人生があるんだったら、今度は思いっきり敵とバトルして倒してヒーローになりたい。


 ……いいね、最高だ。


 背後から爆風を受けながら。

 俺は握りしめた拳を持ち上げた。


「ってあれ」

 振り向くと、その場が大惨事になっている。小学生たちは無事。トラック運転手も、運転席と牽引荷物がくの字になって後者だけ突っ込んだので無事。そして死を覚悟した俺すらも無事だった。

「……無傷?」

 ガキどもを守りきった俺。

 運転手が運転席から転がり落ち、膝をついて状況に絶望している。

「おい! 大丈夫か結詩!」

「もしもし、事故です! 爆発してて!」

 次郎が駆け寄り、紅がどこかに通報している。

「……ねなかった」

 でも、これだと思っていた。

 ついに俺は見つけたんだ。

「寝なかった?」

「死ねなかったぜ!」

「良かったじゃん!」

 俺が叫ぶと、次郎が俺を真似て叫ぶ。

 バシンと背中を叩かれる。

 けれど次の瞬間、俺は駆け出していた。


 うおおおおおお!

 ヤバかった。

 今のはヤバかった。

 マジで死んだと思った!

 生きてる。

 生きてる。

 生きてる。

 生きてる。

 うおおおおおお!


「セーーーーーーフ!!」


 河川敷にたどり着き、大河を一望しながら両手を広げる。

 そして、ついに見つけたぜ。

 俺の特別。

 完全にこれは儲けもんだった。

 どうやら、俺は死ぬために生まれてきたようだ。

 だれかを救って、感謝され、崇められ、公開葬儀に全国から駆け付けた人々の葬列は、この川の上流から下流まで延々と続くんだ。

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