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 ネファーシャル子爵たちとこんな風に関わり会話をしたのはこの一週間が初めてかもしれない。


「どうかそうだけはしないでちょうだい。お前はただだまって笑っているだけでいいの!」

「お前が魔力なしの役立たずで、アデルではないとバレてしまえば我々の立場が……! それだけはかくとおせ。もしくは腐敗魔法で死んだことにしろ!」


 どうようしている二人は、焦りながら、とにかくうまくやれとかえし言っている。

 とても家族とは思えない発言だが、前世の記憶があるおかげで精神状態は良好だ。

 マグリットは、この二人を両親だと思ったことはない。

 今でも記憶の中にある祖母と祖父が育ての親である。

 しかしこの子爵邸で十六年間、タダ働きではあったがお世話になったのは事実だ。

 もう一度言おう。今までタダ働きしていた。

 マグリットは言いたくないと抵抗するくちびるをなんとか動かしながら二人にお礼を言うために頭を下げた。


「今までありがとうございました。お世話になりました。さようなら」


 せめて挨拶あいさつだけはせねばと言葉をしぼしたマグリットに、両親が放った言葉は予想もしないものだった。


「そうだ 今まで世話をしてやった恩を返す時だぞ よく覚えておけっ」

「ガノングルフ辺境伯にアデルではないとバレたら、全部魔法を使えない自分が悪いと言いなさい いいわね」

「…………」


 言い返したところで無駄なことを知っているのでマグリットは黙っていた。

 マグリットはモヤモヤした気持ちのまま迎えに来た馬車に乗り込んだ。

 とびらは閉まっても苛立ちは消えず、高速のびんぼうすりが止まらない。窓から見える空はにくらしいくらいに晴れ渡っていた。

 マグリットだってある程度の知識はあるし、いつでもネファーシャル子爵家から逃げ出して平民になることだってできた。

 何故、使用人として他の屋敷に雇ってもらうことをしなかったのか。

 それはマグリットの親権を持つネファーシャル子爵の許可がなければいけなかったのと、食材の研究にいそがしかったからだ。

 好きな材料を買って、料理方法をためす。

 日本食に近い味を探しながら調味料を造る実験をしていた。

 ネファーシャル子爵たちに強請ねだったレシピ本と大量のノートは今ではぎっしりと文字が書き込まれている。

 賃金はもらっていないが、食材の仕入れをマグリットが行っていたので自由だった。

 唯一、キッチンの権限はすべてマグリットが握れていた。それだけでマグリットがここにいる理由としては十分だった。

 その代わりマグリットがいなくなり、ネファーシャル子爵家は困り果てることだろう。今まではかなり節約しながら料理を作っていた。

 すぐに料理人を雇わなければならないし、あの様子ではレイも屋敷から出て行ってしまうに違いない。

 そうなれば状況的には最悪だろう。お金もないのに屋敷の掃除や洗濯、料理を誰がやるというのか。


(きっと、悲惨ひさんな状況に泣きたくなるでしょうね)


 マグリットは子爵たちの言う通り、大人しく嫁ぐつもりはじんもなかった。

 それにガノングルフ辺境伯が腐敗魔法を使えると聞いて、あることを思いつく。

 マグリットは自分の夢をかなえるためにガノングルフ辺境伯に会ってみたいと思っていた。  噂通り恐ろしい人なのかもしれないが、それは実際に会ってみなければわからない。可能性に賭けてみる価値はあるはずだ。

 王弟ならば大層ごうな屋敷に住んでいるに違いない。

 ガノングルフ辺境伯によめりするのに金もドレスも必要ないと言われていたらしく、貴族のルールに疎いマグリットはそんなものかと思っていた。

 実際はガノングルフ辺境伯が結婚にまったく前向きではないということも知らずに、マグリットが持ってきたのは数冊のノート、レシピ本と愛用の料理道具、多少の服だけ。

 なんせガノングルフ辺境伯領までは遠い道のりとなる。

 マグリットは三日かけて辺境の地へと向かうのだ。

 とにかくコルセットがつらく苦しいため持ってきたナイフですぐにきつくしばってあるひもを切ってしまう。

 きゅうけいはさみつつ仲良くなったぎょ)|者《しゃと三日間の旅を楽しんだ。 旅路は順調で風が暖かくて気持ちいい。

 御者が「天気が崩れると思ったのですが、運がよかったですね」と言った。 マグリットが空を見上げると雲一つない青空が広がっている。

 御者はガノングルフ辺境伯に雇われているわけではなく、王家から手配された人のようだ。だいに潮のにおいがしてマグリットは興奮していた。


(海の匂いがするわ。やっと、やっと生魚が手に入るのね!)


 王都は内陸部にあり、保存もできないため生魚は売っていない。

 出回ったとしても干したカピカピな魚で、しおからくて食べられたものではなかった。

 しんせんな魚で焼き魚やさしを食べたいと思うのは、日本人としての記憶があるからだろう。

 ガノングルフ辺境伯領は海の近くということでマグリットは期待していた。

 馬車がとうちゃくしてかたくなった体を伸ばす。仲良くなった御者に大きく手を振りながら別れた。


(本当にここがガノングルフ辺境伯邸(てい) ……?)


 そこには古びた屋敷があり、柱やまどわく、扉もびていて窓もよごれている。

 周りをつたおおわれており、人が住んでいるのかすら怪しく思える。


(なんだか想像したのとは違って……まるで、お化け屋敷みたいね)


 マグリットは大きな荷物を持ちながら足を進めた。

 大きな扉の前に立ち、ひかえめに戸をたたく。

 すると扉が開き、目の前に現れた人物を見上げた。

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