1-2
数十分
だがアデルは自分から出て行っており、置き手紙は子爵の手に
そんな噓をつけばベーイズリー男爵家に報復を受けそうな気もするが……と考えながら、朝早くから働き通しのマグリットは、うとうととしながら
ふと視線を感じて顔を上げると、何故かネファーシャル子爵たちに見つめられていることに気づく。
マグリットは後ろを振り向いてみるが当たり前ではあるが背後には壁しかない。
何か
「仕方ない、我々にはもうこの方法しかないんだ。とりあえずはネファーシャル子爵家の令嬢ならばいいだろう!」
「もしアデルが見つからなかったら……それしかないのね」
ネファーシャル子爵の言葉に
「――マグリットをアデルの代わりに嫁がせるぞ!」
マグリットはその言葉に大きく目を見開いた。
(わっ、わたしがアデルお姉様の代わりに嫁ぐですって)
そしてマグリットが身代わりに嫁ぐことが決まってから、一週間が経とうとしていた。
アデルたちの捜索は行われたが、彼女が見つかることはなかった。
その間にベーイズリー男爵家にも説明を求めたが、我々は
つまりベーイズリー男爵もアデルたちの行き先を知らない。
ネファーシャル子爵家から光が失われて、子爵たちの食欲はなくなり
一方、マグリットはガノングルフ
ずっと働いてガサガサな指先に手入れのしていない
アデルを一目でも見たことがある令息ならば、すぐにバレてしまいそうではあるが意外にもそうはならないらしい。
侍女のレイの話によればアデルが嫁ぐのは王弟……つまり国王の弟だ。
両親の悲願だったアデルを王族に嫁がせることができる。
それだけ聞けば、何故アデルがここまで
年は二十八歳。アデルは十八歳なので貴族社会では珍しくない
彼は早々に王位
今ではガノングルフ辺境伯の地位を
ガノングルフ辺境伯領は海や
彼が辺境の地に住み始めてから
と言うのもガノングルフ辺境伯が使うこの国で
それが〝
何もかも腐らせてしまい骨すら残らない。
他の国からもガノングルフの名は恐れられているらしいが、そんな事情など魔法をまったく使えないマグリットが知るはずもない。
(そんなすごい魔法があるなんて。全然知らなかったわ……)
だがネファーシャル子爵家にとっては、またとないチャンスと言えた。
両親はアデルの気持ちよりも、子爵家の
そして腐敗魔法を
レイがマグリットの
「どうやらアデルお
「相性がいい? 腐敗させる魔法と防壁魔法が?」
「何もかもを腐敗させてしまうというガノングルフ辺境伯は、アデルお嬢様の魔法があれば、万が一のことも防げると考えたんじゃない?」「ああ、防壁魔法で身を守れるってことね」
「それに二人に子ができれば珍しい魔法を
レイは
「チッ……なんで私がこんなことをしなくちゃいけないのよ」
マグリットの絡まってゴワゴワになった髪をレイは舌打ちしながらとかしている。
アデルの魔法は珍しくはあるが決して大きな力ではない。
国全体や周囲に
「
「へぇ、そうなの」
「チッ……精々、気に入られて殺されないように気をつけることね」
そんなレイの話を聞いても実感がないからかまったく
ネファーシャル子爵家以外の貴族と会ったことがないマグリットは、ほとんど魔法を目にしたことがない。
(つまり色々と腐らせることができるのよね? ガノングルフ辺境伯は一体どんな方なのかしら)
そんな時、タイミングよくマグリットのお腹(なか) が鳴った。 マグリットはお腹が空くのと同時に、いつも日本食の味を思い出す。
(腐敗魔法……腐敗、腐敗って、つまりは?)
マグリットが腐敗魔法について考えているとレイの顔はどんどんと険しくなっていき、泣きそうになっている。
「アデルお嬢様、どうして私を裏切ったのですか……!あんな男についていっても幸せになれるはずがないと何度も言ったのに。もう少しでこんな生活から抜け出せると思ったのになんでよっ、クソッ」
心の声が
いつもマグリットのことを見下していて、このように世話をすることも彼女にとっては
レイは
まったく魔法を使えないマグリットを下に見るのも無理はない。
それにレイにはずっと馬鹿にされていたのに
いつの間にかマグリットのオレンジブラウンの髪は整えられてオイルでサラサラになっていた。
日焼けした肌やガサガサの指先は一週間でどうにもならないが、何だかんだレイも優しいところがあると思ってしまう。
少しでもマシになるようにとクリームを塗り込みながらレイの話に耳を
「私はアンタについていくつもりはないからね!」
「別に構わないけど、あなたはこれからどうするの?」
「新しい就職先を探すに決まってんでしょう?アデルお嬢様に人生
彼女はネファーシャル子爵たち同様にアデルを妹のように
アデルの侍女として嫁ぎ先についていけば自分の地位が保証されるからだろう。
それにここの労働環境はお世辞にもいいとは言えない。
レイはアデルがいなくなったことでネファーシャル子爵家から出て行くつもりのようだ。
どうやらアデルが勝手な行動を取ったことでネファーシャル子爵家には波乱が起きそうだ。
マグリットは慣れないコルセットに内臓が飛び出してしまいそうになっていた。侍女もいないため自分で脱げるセパレートタイプのドレスを着用しているのだが、あまりの動きづらさに
これでニコニコ笑ってパーティーに出たり、食事をしたりするなんてマグリットには考えられなかった。
(苦しい……やっぱり貴族の令嬢になんてなりたくないわ)
マグリットはネファーシャル子爵たちに呼ばれてため息を吐(つ) きながら馬車に向かった。
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